神のご加護があらんことを

 俺はその声を聞いてベッドから飛び起きた。いや、転げ落ちたと表現した方がいいかもしれない。慌てながら部屋のドアを開け、バッタバッタと音を出しながら玄関へ向かう。途中リビングで目のあった母上は、息子のとんでもない奇行を見てさぞ驚いているだろう。そんな今はどうでもいい事を思いながら勢いよく玄関を開ける。


 そこには可愛らしい少女がいた。彼女の方が年上だ。金髪の肩まで伸びたセミロングに服装は白色のシャツと青いスカート。溢れんばかりの笑顔であの時と何も変わらず俺の名を呼んでいた。


「ニーサ?どおしたのぉ!?」


「ハンナ!ハンナ!」


 俺は気が付くとハンナに抱き着いていた。ぐぇっと小さくハンナは呟いたがそんな事はどうでもいい。暖かく体温がある。あの時抱き抱えた時とは違う。

 死んだ筈の人間が生きていたのだ。どうして生きているのだとか、そんな疑問は無数に出てくるが今は、ただただハンナが生きている事に嬉しさしかなかった。



 *



「ご、ごめんハンナちゃん…」


「うんうん、平気だよ?私の事心配しててくれたんでしょ?」


 今のハンナちゃんの服や髪の毛は悲惨だ。俺の涙やら鼻水やらでベトベトになっている。つくづくかっこ悪い男である。


「で、でも死んだかと思って」


 俺は口を濁しながら言った。いや正直なところハッキリと死んだと思っていた。そしてハンナちゃんはそれ聞いて不思議そうに言った。


「え?死んでたよ?」


 なるほど、確かに死んでいたらしい。これで俺の一つの疑問は無事解決した。ハンナちゃんは当然生きておらず死んでいたのだという。


 おかげで新しい疑問が生まれて来たのだが。


「じゃ、じゃあどうしてハンナちゃんは今生きてるの?」


「それはね~神様のおかげだよ!何時も私たちを見守っているんだ。」


 なるほど、これで疑問がすべて解決した。…とはならない。

 俺が頭の中にクエスチョンマークを大量に浮かべていると後ろから、カチャカチャと音が聞こえてきた。振り返ると母上が美味しそうなパフェを二つ持って此方をニッコリと見ていた。


「お勉強の時間みたいね?」


 どうやら疑問を解決してくれる救世主が来たらしい。



 *



 久しぶりに食べるパフェは美味しかった。というかこの世界でもパフェなんてあるんだな。

 そんなどうでもいい事を思いながら食べていると頃合いを見て母上が話し始めた。


「まずこの世界には神様が居るのは知ってるわね?」


「うん、知ってる」


 死んだと思っていたハンナが隣で美味しそうにパフェを食べているのだ。神様のおかげだ。何て本人が言うのだし、居るのだろう。眉唾ものだなんて言ってすいません、と心の中で謝っておいた。届くかどうかは分からないが。


「この世界にはいろんな神様が居るわ…」


 そう言いながら母上が説明してくれる。風の神様から魔法の神様、人工物である機械の神様も存在するらしい。

 そんな神様を信仰する事でその神様から様々な恩恵を頂けるとの事だ。例を挙げると風の神を信仰すると弓が上手くなるとか、魔法の神様なら魔法を扱いやすくするとか。

 そして恩恵の中の一つに蘇生再生成なる物があるらしい。これはどんな神様でも、それこそごく一部の地域で信仰されている神や、中には魔物が信仰している神もやってる恩恵らしい。当然何でもかんでもホイホイ蘇生再生成できるわけではなく幾らか条件があるらしいが。


 1.どんな神でも良いので信仰している事。

 2.魂が劣化したり完全に破壊されていない事

 3.死ぬ事を良しとせず這い上がる覚悟がある事


 ざっとこんな条件があるらしい。因みに魂を破壊する方法については禁術らしく誰にも分からない。

 ここまで聞いて賢明な人であれば気が付くかもしれないが…つまりこの世界において死とは完全な無ではなく一時的な冬眠みたいな物だ。当然死ぬ間際は痛いだろうし怖いだろうが三日も建てば大抵は自分の家や住処で目が覚める。

 

 故にここでは死が軽い。死を恐れない為にも可愛い子には死を経験させよ。何てことわざがあるらしい。ライオンですら崖から落とす程度だ。勘弁して欲しい物である。


 この世界で殺人は精々軽犯罪。信号無視程度の軽い罰だ。働けない老人や子供は殺した所で、三日間いなくなるだけ。流石に働き盛りの大人や店の店主なんかを数十人と虐殺すれば目を付けられるが、それは三日間働き手いなくなったり買い物が出来なくなるからであって殺人に直接的な罪はそこまでないらしい。罪を償うには街の住民の為に依頼を受ける、落とし物を届ける、教会で免罪符とかいうのを買うとすぐ無罪放免にもなる。


「でも不思議ね~?ニーサちゃんには前にちゃ~んと授業したと思うんだけど」


 やや怪訝な表情で母上が此方を見てくる。


「ごめんなさい。忘れてました。」


 こう答えるしかない。本当は知らなかった。何て口が裂けても言えない。


「そう、ならいいわ。しっかり覚えておきましょうね?」


 そう言って母上は何処かに行ってしまった。残されたのは話が長くなって寝ているハンナちゃんと俺だけだ。

 ハンナちゃんが蘇生した事については何となく分かった。本当はもっと複雑な事があるのだろうが母上が上手くかみ砕いて説明してくれたおかげだ。


 さて、では最後の疑問だ。神を信仰していれば死んでも三日あれば蘇生出来るらしいが俺はどうなる?別に俺は宗教家でも無いしこの世界で神に祈った事など一度もない。信仰しようにもそのやり方が分からない。母上が言うに、生まれ持った生物は皆どれか一つの神を信仰しているとは言っていた。

 しかし、残念ながら俺は何処かにいるであろう神を信仰した覚えがない。熱心な信者に対しては神自らお言葉が貰えるらしいが俺にそんな信仰心などないだろう。

 結局の所俺は実際に死んでみないと生き返れるか分からない。なんだったら異世界転生したこの身、蘇生しない方が確立が高いんじゃないか?


 横でスヤスヤと寝ているハンナちゃんを見ながら思う。周りは死んでも三日あれば復活する世界に俺は恐らく残機1、転生あるあるのチート特典も無いただの一般人。

 どうやら俺が生きるには少々厳しい世界らしい。

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