レスタの街に赤い花を
「冒険者さんが何してるか見てみたい!」
陽も落ち始めそろそろ普段なら帰るであろう時間にハンナちゃんがそんな事を言い出した。何でもハンナちゃんは大きくなったら冒険者になるのが夢らしい。俺としては冒険者については酒場の一件といい思い出が無いのだが…
冒険者とはこのミネルヴァの世界における職業の一つだ。何でもここフレント大陸は地殻変動という物が活発らしく頻回にダンジョン、迷宮、ネフィアといった物が出来ては消えていっているらしい。
一昨日まで町の外を眺めれば見えていた雲の上まで届きそうな塔が消えていたりするのだ。元々前世の常識が通用する世界だとは思っていなかったが、本当に一日で消えていたのは驚きを隠せなかった。
そんな乱立するダンジョンには凶悪な魔物や狂暴化した野生生物が住み着いているらしく街の近くに出来た物は周辺の作物や家畜を食い漁って問題になるらしい。無論国もガードを厳重に配置し街周辺は守っているのだが魔物の住処が近くにあっては人手が幾つあっても足りない。そこで冒険者の出番である。
冒険者はそういった街の近くに出来たダンジョンや街道付近にあるダンジョンにいる『ヌシ』と呼ばれるモンスターを倒し安全を確保する事を生業としている。
国からの報酬は申し訳程度の金貨や補給品であるらしいがそれとは別にダンジョン内で手に入れた物品はすべて自分の物に出来るらしい。
国はガードより安く人を雇い、冒険者はダンジョン内で一攫千金を狙う。正にwin-winである。(有名になりすぎると税金としてダンジョン内で手に入れた金貨等を取られるらしいが)
そんな冒険者は街の子供たちの憧れだ。危険なダンジョンを制覇し街の人々の生活を守ると共に一山当てれば大金持ち。吟遊詩人が歌うハラハラドキドキする冒険の歌も合わさって子供たちは将来何になりたいか聞くと冒険者と答える。その冒険の歌は投石によって中断されて最後まで聞いた事は無いのだが。
「ニ~サ~!い~こ~う~よ~!」
「いやいや、冒険者についていくなんて危ないよ?街の外だって魔物や動物が一杯なんだからさ」
俺の必死の説得にハンナちゃんはむぅと顔をしかめる。そんな顔も可愛いらしいが今回ばかりは譲れない。近くにダンジョンが無くとも外に魔物はいるし、盗賊だっているらしい。
「ほら、冒険者の話なら僕の母上が詳しいよ?一緒に話を聞きに行こうよ」
母上は元冒険者だ。食事の席で自分の父についてそれとなく聞いた時にそんな事を言っていた。何でもこの世界における俺の父は現役冒険者で昔は二人一緒に冒険をしていたらしい。今は俺が幼い頃金貨を稼ぐため別の大陸に渡ってダンジョンを攻略しているとの事だ。
最近来た手紙にもうすぐ帰ると書いてあったらしく、母上がとても嬉しそうに話していた。あの美人の母上を落とした男だ。どんなイケメンなのか是非見て見たい物である。
「やだ!お話じゃなくて自分で見るもん!」
どうやらハンナちゃんは話を聞くだけでは納得出来ないみたいだ。
「じゃあ…街の中だけ!外に行っちゃダメだよ!」
「むぅ…しょうがないなぁ…」
結局、
掲示板は街の住民が自由に冒険者に依頼を出す事が出来る場所だ。何でも頼めると言ったわけではなくある程度依頼の内容は決まっているらしい。
このアイテムが欲しい、あの人が持っているアイテムが欲しいから交換してくれといった調達依頼から隣町に家具を持って行ってくれといった引っ越し業者の様な物まで、中には魔物を討伐して欲しいといった危険な依頼もある。
掲示板に出す事が出来ない依頼も冒険者本人と交渉すれば依頼を出す事が出来る。大抵の冒険者は二つ返事で依頼を受けてくれるらしい。何でも報酬が豪華だったり特別な一品が貰える事が多い為だ。掲示板を介していないということは非合法であり中にはとんでもなく危険な依頼もあるらしいが。
男が選んだのはどうやら調達依頼だった様で依頼主であろう男と挨拶を交わすと一言二言話した後に一冊の本を手渡していた。横でハンナちゃんが「つまんな~い」と文句を言っていたが冒険者の日常とはこんなものだろう。毎日危険なダンジョンや依頼をこなしていれば命が幾つあっても足りない。
そんな事を考えてると依頼主の男が報酬と称して金貨や特別な訓練に使えるプラチナ硬貨、魔法の杖を冒険者の足元に転がした。嫌がらせかと思う人もいるかもしれないがこれもこの世界ではれっきとしたマナーらしい。依頼の報酬は基本的に手渡しではなく一度地面に置く事で「これはもう私の物じゃありませんよ」と周囲にアピールしたり「地の神の祝福あれ」と信仰深い者が感謝の意味合いを含めてやっている。
なんにせよ冒険者観察は終わりにしなければならない。いい加減帰らないと母上に怒られそうだ。
そう思い、冒険者が報酬を拾おうとしているのを横目で見ながらハンナちゃんに声をかけようとすると…バン!と乾いた音がした。
「あ」
それは誰が呟いたのか、目の前で間抜けな表情で銃を持っている冒険者だろうか、それとも驚きの表情で此方を見つめる依頼主だろうか。
もしかしたらハンナの返り血にまみれた俺だったかもしれないしハンナが銃に撃たれ倒れ伏すときに呟いた言葉だったかもしれない。
俺の目の前でハンナは赤い花を咲かせた。
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