少女との出会い

 転生して2週間が経った。2週間何をしていたかというと…引き籠りである。いや、異世界に来て何をしているんだと思われるかもしれない。だが初日に喜んで家の外に遊びに行った後、いかにも冒険者っぽい剣を携えた姿の人を見つけついていった先が例の酒場だ。あの時は母上もおらず始めて見た時はギャン泣きしたし、なんだったら小さい方も少し漏らした。幸いお漏らしについてはバレていなかったらしく社会的地位は死んでいないが。


 とにかく、あの悲惨な光景が原因で母上と一緒に買い物に行く以外は部屋に閉じこもって子供向けの絵本や本を見て過ごしている。幸いな事に文字は日本語では無かったが、何故か何となく意味が分かる。これが異世界転生の特典だろうか?こんなものよりもっとチート技能が欲しい物である。

 こうしてほぼすべての時間を勉学に費やした結果ここがどういった所か何となく分かってきた。


 この世界の名はミネルヴァ。神が存在する世界らしい。日本人であまり信仰心という物に縁がない俺としては神が存在するなど眉唾物だが異世界転生した身。存在するというのなら存在するのだろう。なにせこの世界には魔法だってあるのだから…酒場で殺しあってる人達が使ってるのを見ただけだが。


 そしてこの街の名はレスタの街。ここフレント大陸のほぼ中心地で王都ベアードと港町クラインポートを結ぶ大切な宿場町の様な物らしい。周辺はなだらかな平野で、行き来もしやすく駆け出しの冒険者もよく集まる。


 他に何か情報…というかこの世界の事をもっと知りたかったのだが、生憎今のところ本から分かる事がらはこれだけだ。寧ろ殆ど童話の本しかない中これだけの地形を把握できた事に誇りを持ちたいものである。


「ニーサちゃーん!ちょっとおいでー!」


 そんな風に自分を褒めたたえていると透き通る様な美しい声で母上から呼ばれた。母上の声はとても美しく、聞く人すべてを魅了する様だ。そんな声に呼ばれた俺は渋々下のリビングへ向かう。


「ニーサちゃん。ここ最近元気ないわよね?」


 そういいながら心配そうに、しかし笑顔は決して崩さずに母上が話しかけてくる。

 母上はとても美しい女性だ。くりりとした大きな目に長い茶色の髪の毛。スタイルも抜群で思わずぼんきゅっぼんと死語なりかけの言葉で表現せずにはいられない。おまけにどう見ても20代。いや10代と言われても納得する若々しさがある。そして、この笑顔と声に負けて結局何時も買い物には一緒に行ってしまう。何故だかわからないがとても魅力的に感じてしまうのだ。


「この前までママって言ってたのに急に母上だなんて言い出して心配しているのよ?」


「えっと…これはお部屋にあった本に書いてあったから…」


 実際はこの歳(前世含む)でママというのは恥ずかしかったしお母さんと呼ぶと前世の母のイメージが出てくる為である。急に知らない人を良く知っている呼び方で呼ぶのはハードルが高すぎた。


「それならいいのだけど…でも本当に大丈夫?この前までお家で本を読むよりお外で遊ぶ方が好きだったじゃない」


「う、うん。でも今は部屋で本を沢山読むのが楽しいんだ!」


 精一杯の笑顔で言う。というか前のニーサ君は外で遊ぶのが楽しいって正気で言っていたのか?別に酒場じゃなくても酔っぱらいはいたし外で殺し合いもしてたぞ?


「ならいいの・・・でも元気が無かったらすぐに言ってね?」


 良心が痛い。そんな悲しそうな顔でこっちを見ないで欲しい。すぐにでも家から飛び出て元気いっぱいアピールをしたくなってしまう。しかし、今日も部屋から出らずに大人しくしておこう…


「ニーサ!ニーサ君いますかー!」


 そう思い自分の部屋に戻ろうとすると不意に活発で明るい声が聞こえてくる。

 自分を呼ぶ、知らない声。


「あら、ハンナちゃんどうしたの?」


「ニーサ君と最近遊べてないから誘いに来ました!ニーサ君いますか?」


 そこには可愛らしい少女がいた。若干彼女の方が年上だろうか?金髪の肩まで伸びたセミロングに服装は白色のシャツと青いスカート。溢れんばかりの笑顔で俺の名を呼んでいた。


「あ、ニーサ君!外で一緒にあそぼ!」


 ハンナだったか、彼女が外で遊ばないか誘ってきた。とても魅力的な提案に思える。まだあどけなさが残るとはいえ絵に描いた様な美少女に誘われているのだ。というか異世界の顔面偏差値高すぎる。

 しかし、俺は断腸の思いで断る事にする。結局彼女の笑顔より自分の命が大切なのだから。





 *





「楽しかったね!また明日も遊びに行くから一緒に遊ぼ!」


 じゃあね~と元気よく夕陽をバックに手を振るハンナちゃんを俺は満面の笑みで見送った。いや、さっき言ってた事と違うよね?と思うかもしれないがよくよく考えると酔っぱらいと吟遊詩人に近づかなければいいだけでいいのではないかと気づいてしまったのである。

 それに俺はこの街の地理について全くの無知と言っても過言ではない。精々分かるのは自宅から近所のパン屋とその途中にある酒場位だ。その点ハンナちゃんはこの街で育っただけのことはあって、大通りから裏路地まで子供が入れそうな場所は知り尽くしていた。

 そして何より折角の異世界だ。観光客気分ではあるが色々な物を見たい。


 …ここまでそれらしい理由からふざけた理由でどうにか自分に言い訳してみたが結局の所ハンナちゃん目的である。確かに一度は断ったのだがウルウルとした目でごめんね…なんて言われてみろ。命より笑顔のほうが大切だと納得できるはずだ。


 幸いな事に今日は一度も人が死んでいるところを見なかった。というか酒場が異常だ。あそこだけが無法地帯だといわれても納得できる。絶対に近づかないようにしよう。そう思いながら帰路につく。当然酒場は全力で避けて。





 *




 ハンナちゃんと遊び始めて二週間程たった。ハンナちゃんはあれから毎日遊びに来てくれている。俺もそれに応えて毎日レスタの街を大冒険だ。海外に行った事の無かった俺は西洋風の建物や街並みが全てが新鮮に見えたし、新しい発見が目白押しだ。魔法店なんて物があったのはびっくりしたし魔導書や巻物、ポーションといった異世界といったらまず出てきそうな物まで大量に並んでいた。母上も最近は外で遊ぶことが多くなった事が嬉しいのか夕食が豪華な事が多い。

 しかし、この時俺はまだ見通しが甘かったのだ。このミネルヴァの世界において、死はすぐ近くにあるのだから。

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