僕はクールビューティな生徒会長の姉がいる高校生。
新垣 奈々美。僕の二歳年上の姉であり、現ハゲダニ高校生徒会長だ。
歴代最高と謳われる怪物高校生であり、ついたあだ名はクールビューティ。英俊豪傑、才色兼備、頭脳明晰な完璧主義者。
僕が姉貴を苦手な理由の一つとして、父の遺伝子を十分に受け継いでいる所が挙げられる。自分は父さんの事を尊敬しており、将来の理想の大人像なのだが、現状父に最も近い存在こそが、姉貴だった。
警察官の父と同じく正義感が強く、真面目で何事もひたむきにやる性格の姉貴。決して妥協すらも許さない。
僕は宗の事を才能の塊だと思っているが、それは何でもそつなくこなす器用さがあるという意味でもある。
言うなれば宗は、大概の事は平均点より上を取れる事が出来る秀才。
だが、姉貴は違う。
あの人は、秀才などでは決してない。
───真の、天才だ。
姉貴の成績は常に学年一位。全国模試であっても、上位クラス。更には柔道、水泳、剣道などでも全国大会に出場した事だってある。数々の記録を打ち立てた生ける伝説。噂だって後を絶たない。
ある時、こんな噂を聞いた。
姉貴が剣道をはじめた翌日に、市内一の剣道の達人に試合で勝ったらしいのだ。趣味で始めた彼女がだ。
勿論、この話を聞いた際、流石の僕でも容易には信じきれなかった。たった一日でそんな事は出来ないだろうと。
だから、直接姉貴に問い詰める事にした。あれは本当なのか、と。
その時に言った姉貴の一言に、僕は実の弟ながら鳥肌がたったのを覚えている。
『いや、市内一ではない。県内一だ』
天才は時に、脳内の常識を遥かに逸脱する。
そんな姉貴と僕は生活してきたのだ。劣等感だって覚えるさ。自分は姉貴の背中に触れることすら出来ていない。
血の繋がった、あの天才に。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
その姉が壇上へと現れた。長い髪を後ろでくくったグラマーな身体つき。毎日ストレッチや筋トレをしているからだろう。ボディバランスは整っている。うっすらと腹筋も割れていると言っていた。
……嫌だな、聞きたくない。あの人の情熱は時に変な方向に向くことがある。自分に厳しく、他人にも厳しいから。
「おっ、来たぞイッチー。相変わらずすっごい風格だな。高校生とは思えねぇ」
「んー? なになに? もしかしてあの人が、ガッキーのお姉さんー?」
「……そうだよ。何かやらかさなければいいけど」
姉貴が登場したせいか、館内の雰囲気がガラリと変わった。空気が引き締まって自然と背筋をピンと張ってしまっていた。緊張感が漂っている。
現れた姉貴はお辞儀をして──唐突に壇上のテーブルを両手で叩いた。
急に静かにはなったものの、あまりの衝撃音に何人か仰け反っていた。威圧し過ぎだ。
『おはよう、新入生の諸君。いきなりだが、人が話してる時は静かにすると義務教育では習わなかったか?』
壇上に固定したマイクに向かって皮肉を言う。いよいよ、始まるらしい。
『では、問おう。興味がない人の話なら聞かなくてもいいと思う者、手を挙げたまえ』
眉間にシワを寄せながら姉貴は問いかける。思えば僕たちも校長先生の話を聞かずにお喋りをしていた。明らかな妨害行為。
『どうした。誰もいないのか』
勿論、手は挙がらなかった。
『では、きちんと校長先生の話を聞いていたという者は手を挙げたまえ』
今度はチラホラと手が挙がる。だが、僕も宗も柳葉も手を挙げなかった。
『ふむ。どちらにも手を挙げていない者がいるな。もう一度聞こうか』
……やめて欲しい。まるで尋問である。罪人を炙り出そうとしているのか。
『興味がない人の話なら喋っていても構わないと思う者、挙手を』
今度は数人が手を挙げていた。姉貴はただ目を向けて頷いただけであった。
『企業で言うなれば校長先生は代表取締役、つまりは社長だ。目上の方が話している時には静かにする。それが社会におけるマナーと常識である』
まるで教師のような事を告げる姉貴。
『先生の話は退屈かもしれない。つまらなくて長々しい。が、校長先生も嫌がらせをしているわけではない。工夫をして諸君らの事を思って一生懸命に話して下さっている。その事だけをどうか忘れないで欲しい。以上だ』
ハッキリと彼女は想いを告げた。これで伝えたい事は以上なのだろう。正論の暴力、これが彼女のやり方か。
新入生歓迎の挨拶に説教など雰囲気は最悪である。まばらな拍手がそれを物語っていた。
冷徹な主張、それこそがクールビューティの真髄だと
『以上だ──〝綺麗事は〟』
──僕はそう、勘違いしていた。
「へ?」
驚いて声を出してしまう。あの人は固定されたマイクを手に取ってステージの一番前まで歩いていく。満面の笑みまで浮かべて。
『さて、諸君。君たちは常識や秩序、ルールやマナーに縛られる、そんなつまらない大人になりたいか?』
……どうやら、ショータイムはこれからのようだ。
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