【入学編】

僕は極めて普通のハーレム高校生。



「今日も清々しい朝だ。今を生きられたことに感謝をしよう」



 自室のカーテンを開き、そう高らかに宣言する。窓から差し込む光を両手いっぱいで受け止めながら、静かに目を閉じる。


 こうやって、神経を研ぎ澄ましていると、聴こえてくるのだ。小鳥たちの悦びの唄が。



「うわ、キッモ。クソおにぃー、なにやってんの? クソ気持ち悪いんだけど」



 辛辣な声がしたので目をやると、部屋の前に妹、瑠美るみが立っていた。


 前髪をヘアピンで留めて、腰に手を当てている。スカートの丈も相変わらず短い。黒いソックスに包まれた脚が見えている。


 鋭い眼光と勇ましい罵詈雑言に呆れつつ、僕も挨拶を交わす。



「おはよう、瑠美。今日もいい朝だよな」


「どうでもいい。てか、いつもそれやってるけど、正直面白くないしキモいし寝癖だしやめたら?」


「あ、うん……ゴメン」



 毎朝の恒例にしている世界への感謝の言葉。こっちはウケ狙いでやってるわけじゃないんだけど、という言い訳すらも妹はさせてくれない。



「大体なんで瑠美が起こしに行かなきゃいけないの? お母さんが自分で行けばいいのに」


「でも、気持ちは嬉しいよ。流石は愛すべきマイシスター」


「はいはい。じゃあ、早く起きてね。まだ頭は死んでるみたいだから。あ、元からか」



 瑠美はそんな捨て台詞を吐いてさっさと一階に降りて行ってしまう。まあ、本人はあぁ言っているが、毎朝起こしに来てくれている辺り、心優しい妹に違いない。


 うーんと背中を伸ばす。そろそろ顔を洗ってしまおうか。この元気すぎる寝癖もどうにかしなくちゃいけない。


 窓の外にはまだ朝靄が残っていた。そんな風景を眺めながら、もう一度耳を凝らす。今度はちゃんとさえずりが聴こえてきた。



 ……うむ、やはり今日は良い朝だ。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 春、それは始まりの季節である。


 草木に降りかかっていた霜が次第に溶けて、歩きやすい道へと変わっていく。並木道では若草が息吹き、それにつられるようにありとあらゆる生物たちが活動を開始させる。


 ホトトギスの鳴く、そんな晴れた日。


 今朝は瑠美の毒舌が効いたせいか、目覚めがとても良かった。まるで千年の眠りから覚めた気分だ。妙に心もぴょんぴょんしている。


 勿論、これだけ浮かれているのにはもう一つ理由がある。



 それは、今日が“高校の入学式”だからだ。



 長く激しい冬の高校受験を闘い終えて、手に入れた学園生活ハイスクールライフ。あの頃、頑張っていて本当に良かった。



「おはよう、善一くん。今日から学校?」


「あ、おはようございます。そうなんですよ。今日からピッカピカの高校生です!」



 ご近所のおばちゃんに挨拶をしながら、雑談を交わす。


 この人は旅行などに行ったら、新垣家にお土産を渡しに来てくれる心優しい人である。



「あら、善一くんも大きくなったねぇ……。瑠美ちゃんと奈々美ななみちゃんは元気かい?」

 

「いえいえ、まだまだ未熟者ですよ! あの二人はまぁ……いつも通りですかね?」


「あら、それは良かった。兄妹仲良くするんだよ。じゃあ、いってらっしゃい」


「ありがとうございます! では、いってきます!」



 見送られながら、僕は歩き出す。


 奈々美ななみちゃんというのは僕の姉の事だ。


 口の悪い妹とは違って、姉貴は父さんによく似ていて真面目で厳しい人である。



 ……そのせいで、色々と厄介なこともあるのだが。



 ぼんやりとそんな事を考えていると、ポケットが振動するのを感じた。


 このスマホは高校入学を記念に買ってもらったばかりのものだ。連絡先もまだ家族や一部の友人のモノしか入っていない。



 はて、通知が一件か。



 差出人欄には玉櫛たまぐし しゅうと表示されていた。


 長そうなのであまり読みたくはなかったが、好奇心に負けて、メッセージを開く。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


       ー拝啓- 


 新垣善一様。


 春爛漫。桜が街をピンク色に染めています。


 ようやく草木が生い茂る季節となりましたね。


 さて、長きに渡る受験戦争ラストウォーズがこの度めでたく終結を迎えられました。


 お疲れ様でした。


 上手く成果を出すことが出来て、努力の甲斐があったのではないのでしょうか。


 ここで一旦休息を挟みたいのですが、新垣様の門出をお祝いするかのように、新年度はスタート致しました。

 

 束の間の新生活に、心安寧しない日々をお過ごしでしょう。


 私もまたそうです。


 昨夜は準備に明け暮れておりました。


 部屋の片付けと言うのは始めてみれば中々収まりの付かない物ですね。


 小学校の卒業アルバムをめくっていると、ふと懐かしい気持ちに浸ってしまいました。


 クラスメイトの田辺くんを覚えていますか。


 彼はよく授業中に”大便を漏らして”おられましたね。


 普通に生活しているのにどうしてそんなに脱糞するのだろうと、疑問に思ったことはありませんか?


 かつて一度だけ、彼の身辺調査を独自で行ったことがあります。


 皆は田辺くんはお腹を下しやすい体質だと陰で噂をしていましたが、


 でも、そうではなかった。


 私たちは大事な事を見過ごしていたのです。



 そう、田辺くんは年がらのです。



 証言者によると、バカは風邪を引かないという噂を頑なに信じていたそうです。


 だから、風邪を引かないかどうかを実践した。自らの肉体を利用して。


 バカですねぇ(笑) 


 その行動がバカ丸出しですよね(笑)


 結局、バカは風邪を引かないという事は証明できたそうですが、反動としてお腹をやられていたそうです(笑)


 そんな田辺君も今や長ランに身を包んだアウトローな男になったと聞きました。


 彼は元気にやっているでしょうか。



 さて、話は脱線してしまいましたが、昨夜は眠れましたか?


 私は本日の準備と、録画していた「新春お笑いカーニバル」を見ていたせいで少し遅れます。


 桜の季節はあっという間、見頃が終わらぬうちに出かけましょう。


 未筆ながら益々のご活躍をお祈り申し上げます。


 近いうちにまたお会いできるのを楽しみにしております。


 どうか風邪と腹痛には気を付けて。 


       ー敬具ー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……なんだこれ」


 携帯に表示された文章を読みながら頭を抱える。なんで手紙口調なんだろう。


 しかも言葉は丁寧に書かれてあるが、主な内容は脱糞を占めている。つまり要約すると『すまん、夜更かししたから遅れる』という事らしい。舐めているのか。


 玉櫛 宗。幼稚園から連れ添った幼なじみ。盟友にして、悪友にして、気の良い大親友。


 一言で彼を説明するとしたら、こういうのはどうだろう。



 イタズラが大好きな───悪ノリの帝王、と。

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