0x10 世界高校コンピュータ設計大会
「今日現在でマイクロプロセッサーがまだ到達していない場所は、地球上、その上空、その地下にも存在しません」
僕たちを出迎えたのは、そんな言葉だった。
「歴史に囚われないで。飛び出して、素敵なことを始めよう」
その反対側に書かれていたのは、どこまでも前向きで、どこか挑戦的な言葉。
「というわけで、ようこそIntech博物館へ」
「……凄い」
「私設博物館を作っちまうんだもんなあ」
「伊達に長くコンピューターの技術を引っ張ってないよね」
やってきたのは、今回メイン会場になっているオフィスの一部を使って開かれているIntech博物館だ。午後の最初は、ここの見学。
白に青を基調としたデザインの空間に、様々なIntech製品の展示がされている。なんだかおしゃれだ。
「……とはいえ、この人数だと一杯ですね」
「あはは、百人近くが入るようには出来てないからね。休憩がてら、ゆっくりでいいよ」
全部のチームを一度に集めて解き放ったから、中は人で溢れている。実際午前中までで体力を概ね使い切った僕たちは、その言葉に従ってまったりと見学していくことにした。
「へー、Intechも創業時は二人だったんだ」
「です。その直後にもう一人が参加して、三人の幹部で始めたみたいですね」
「ゴードン・ノイスにアンディー・ムーア、ロバート・グルーヴなんて、全員超有名人だぜ」
「まあ、これだけデカい会社の重役ならなあ」
「ちっちっち、それだけじゃない。この三人が、半導体技術そのものの発展を引っ張ってきてるからな」
「さすがはIntechの創業者たち、ってことか」
百六人が写っているのだという、創業一年後の写真を見る。もともと三人なんて話を聞いてしまうと、なんだか一年前のことを思い出した。僕たちも、去年の春は三人しか居なかったんだよな。もっと言えば、僕が入る前までは蒼と砂橋さんの二人だ。
僕がその写真で感慨深くなっている間に、狼谷さんは隣の展示で目を輝かせていた。
「これっ……すごい、3101……!」
「そんなに凄いのか?」
「これは、Intechが最初に作った製品」
「マイコン、ってやつか?」
「いや、当時はまだマイコンどころかプログラムを実行して色々処理できるチップ、という概念自体が怪しい。これはSRAM」
それは、白い樹脂から金色の足が生えてる、人工の虫みたいなチップだった。SRAMといえば、僕たちのCPUにも相当な量を積んでいる。
「へえ、SRAMが単体のチップで売ってたんだ」
「これも、当時だと最新鋭。短期記憶は磁気コアメモリ、長期記憶は磁気テープや紙テープ」
「……今じゃ、考えられないな」
磁気テープ、というと……はるか昔のビデオテープ、とかいうアレみたいな感じだろうか。本当に小さかったころ、まだつくばに住んでいた時の記憶が思い出される。さらに紙テープだなんて想像がつかない。磁気コアメモリ、なんて何のことだろう。
「これの容量はどれくらいなんだ?」
「64ビット」
「……えっ? 64メガバイトじゃなくって?」
「違う。64バイトでもない。64ビット、8バイト」
「……それ、今のCPUだとレジスタ一個分だよな?」
「そう、アルファベットが八文字分。AVXのレジスタは、一本でこれ四つ分の容量がある」
「……凄い時代なんだな、今って」
そのあまりの容量の小ささに絶句していると、ふらふらと砂橋さんもやってきた。
「へー、最初はメモリを作るベンチャーだったんだ」
「そうなのか、てっきり最初からプロセッサを作ってたもんだと」
「ほら上、『DRAM』の展示もあるよ。わ、磁気コアメモリってこんなんなんだ」
「磁気コアメモリってなんなんだ? DRAMの仲間か?」
「そ。DRAMの前に使われてた、今でいうメインメモリにあたる『主記憶装置』で、このちっちゃい粒々の磁性体にコイルを巻いて記録するんだ」
「えーっと……磁気で記録する、っていうとハードディスクとか?」
「磁気で記録する、って意味ではね。もっと細かい粒度でアクセスできるとか、一度読みだすとデータが壊れるから読むたびに書き戻す必要があるとか、そういう違いはあるけど」
「そりゃ、なんか繊細そうだな」
「でも、この最初のDRAM、『1103』はもっと繊細」
「そうなのか?」
「DRAMは、チップの中に作りこまれたコンデンサに電気を貯めて、その電荷でデータを記録する。でも、当時の技術だとあっというまに電荷……貯めた電気が抜けてデータが消えたり、まともに動かなかったりした」
「もはや不良品の域だな」
「現代じゃあり得ないよね。でも、当時の半導体技術なんてこんなもんだったんだよ」
「あと、とにかく安かった。それに、その不具合も誤魔化せばなんとかなったこともあって、それなりに売れた」
「今のパソコンって、すげえんだなあ」
今はそんな動いてる途中にデータが壊れたりすることはない。僕たちのマシンだってそうだ。一秒に何十億回というデータのやり取りをしても大丈夫。
それを考えると、この五十年くらいの進歩は本当にすごいんだな。
「ウエハーもちっちゃいねえ……この感じ2インチかな?」
「いまウチで使ってるのが、8インチウエハー。四分の一」
「こんなにちっちゃいんだなあ」
その下に展示してあったウエハーは、手鏡くらいのかわいいサイズ。解説文を読み解くと、その最初のDRAM製品である1103のウエハーらしい。部活で今使っているのが直径二十センチだから、面積にすると相当な差だ。
「すごいっ、4004!」
「おお、さっきと同じような奴だな」
さらに狼谷さんは目を輝かせながら次の展示へと向かう。普段は大人しめなだけに、こんなに生き生きとしてる狼谷さんを見るのは初めてかもしれない。
その先に展示してあったのは、さっきのチップと同じように、半透明の白いプラスチックに金色の足が生えている部品。正直見た目の差はあまりわからない。
「これが、世界最初の商用マイクロプロセッサー。今の私たちが作っている、『CPU』の原点」
「そう聞くと面白いな。隣はこれ、ダイの写真か」
「そう。この回路に、プログラムを解釈して、その通りに動くという機能を一チップに詰め込んだ」
僕たちが作っているもののを最も辿っていくと、この足が十六本あるチップになるのだという。今僕たちが作っているものとはかけ離れていて、それが驚きだった。
僕たちが作ったチップは、これの何倍ものシリコンの大きさで、足、というか接点は二千十一個もある。
そんなチップの隣には、古めかしいレトロな電卓が置いてあった。
「でもなんで、こんな古い電卓が置いてあるんだ?」
「この電卓が、世界初の商用プロセッサを使った製品だから」
「へえ、最初は電卓から始まったのか」
「そう。この電卓を安く仕上げるために日本の会社と共同開発したのが『4004』、このチップ」
「ね、私の言った通りでしょう? コンピューターは、全部電卓のお化けみたいなものって」
「よう蒼。まさに、言った通りだったんだな」
「そう。でも、このチップは電卓以外の処理もプログラムを書き換えれば行うことができる。それまでの、一つの機能のために設計されたチップとの大きな違いね」
気付けば蒼が後ろに立っていた。確かにこの部に入ったとき、コンピュータなんて全部巨大な電卓だ、と言っていた。
それは機能的にももちろんそうだけど、ご先祖様を辿っても結局電卓だった、というわけ。蒼が自信気に言っていたのは、ちゃんと裏付けがあったんだな。
この当時は電卓に必要な処理を行うためだけに、このチップを作る必要があった。その事実もまた、現代の技術の進歩を感じさせた。
「それにしても、狼谷さんはよくそんな歴史まで知ってるな」
「私が勉強しようと思ったきっかけの、半導体立国って番組。そこで、この会社の歴史も取り上げられていた」
「なるほど、どうりで」
砂橋さんが、僕たちの生まれる三十年前の話を知っているのも納得だった。
それからも、様々な展示を見て回る。様々な昔のプロセッサやPC、それに製造技術に関わる展示もあった。
4004のマスクが展示されていて、その中に詰め込まれたトランジスタ数の少なさに驚いたりもした。その数二千二百個。数十億個のトランジスタを詰め込んでいる最新のチップとの差はまさに天文学的だ。
シリコンの『インゴット』、つまりは薄くスライスしてウエハーになる前のケイ素の塊なんかも展示してあって、普通に勉強になってしまった。
「はあーっ、結構見どころあったねえ」
「自社の歴史がほぼパソコンの歴史になるってのも、凄い話っすよね」
「だねえ」
「あら、みんなも見終わってたのね。待たせちゃったかしら」
「ん、お疲れ早瀬ちゃん。見終わったのはついさっきだから」
結局一時間くらいで見学は終わり、残った時間はカフェテリアでお茶を飲みながら休憩する。部室と同じようにフリードリンクなのがありがたい。
「ここからは発表会だからね、寝ないようにしないと」
「失礼のないようにしてくださいね?」
コーヒーを飲みながらジト目を星野先輩に向ける蒼。みんな何らかのカフェインが入ってる飲み物を選んでるあたり、やっぱり眠気はキツそうだ。
「シュウ」
休憩を終えて二階の会議室に向かう途中、隣を歩いていた蒼に声を掛けられた。その心配そうな表情を見て、話題を察する。
博物館に着いたのは本当に見学開始直前になってしまったし、見学中もゆっくりと話をできるような状況じゃなかったしな。
皆には先に行くよう言って、僕と蒼は廊下の途中で立ち止まる。
「聞きたいことは聞けたし、話したいことは話せたよ」
「大樹さんは、何だって?」
「ちょっと時間が欲しい、って」
「やっぱり、天さんの……?」
「うん、そうだったみたい」
先回りして答えてしまうと、蒼は少し目を伏せた。蒼にも母さんの遺した手紙とメールは見せてあったから、父さんの状況を察したところがあるんだろう。
僕の味わった残酷な現実に、表情を曇らせてくれる。その優しさが、ちょっと疲れていた僕の心を癒した。
その後僕に見せたのは、優しい笑顔。
「よく頑張ったわ、シュウ」
「ううん。父さんがどう思ってこの国に居たのかがわかって、僕もすっきりした」
それから、父さんから聞いた話を簡単にまとめて話した。プロセスの遅れによる開発の遅れ、それに引きずられてしまった父さんの運命を。
「そんなことが……」
再び蒼の表情は沈む。
誰かが悪者だったなら、そこにぶつけることができるんだろう。でも、誰も悪くない。いや、悪者にはしたくない。
「だから……うん、僕は許したい」
「そう、思えたのね」
「ああ。あと、ちょっとだ」
改めてまっすぐな目で蒼を見つめる。そのきりっとした目の奥に隠された本当の彼女に、その細い体に、どれだけ僕は甘えてここまで来たんだろう。
並んで歩いてこそいるけど、まだまだ甘えてしまっている。
でも、もう少し。あと一歩で完全に払拭できるところまで来た。
「本当に、ありがとう。蒼のおかげだよ」
だから、恥ずかしがらずに。何度でも伝えたい感謝を、僕は改めて口にした。
それからみんなを追いかけて大きな会議室に入ると、いよいよ発表が始まる。今日は九チーム、アメリカとヨーロッパ、それに中東のチームの発表だった。
「へえ、『VLIW』。また性能出すのが難しいのを選んだな」
「小さいコアを一杯詰め込む、これGPUからの着想じゃない? Intechもそんな製品出してた気もするけど」
「『HBM』を使おうとしたって凄いですね、パッケージングどうやったんでしょう」
「あー、やっぱ出てくるよね複数ダイで構成するチップ。安定取るなら手ではあるかあ」
どのチームも、作ってくるチップはそれぞれ違う。設計思想が全然違う挑戦的なチップを持ってきたところもあれば、先端技術をなんとかレギュレーション内で使いこなそうと悪戦苦闘したところもある。
正直眠くなるかと思ったけど、聞いていて普通に興味がある発表も多かった。意外だったのは中東、参加したのはイスラエルの学校とドバイの学校。
「なあ、なんでイスラエルなんだ?」
「イスラエルにはIntechの設計拠点があるし、半導体のベンチャーも結構あるのよ」
「あー、そういやそんなこと言ってたかも」
ようやく思い出せるようになった記憶を辿ると、確かに父さんも選択肢はアメリカかイスラエル、というようなことを言っていた気がする。そうか、だからか。
「あとは、まあ……中東で半導体技術の研究がまともに出来る国なんて、イスラエルやドバイくらいだと思うわ」
「それもそうか」
そんな話を発表の間に小さく交わす。これもまた勉強だ。
「では今日も、お疲れさまでした。明日は八時半集合ですから、遅れないでくださいね」
「ありがとうございます。明日もまた、宜しくお願いします」
「頑張って起きます……」
「起こしますっ」
「あはは、ゆっくり休んで。それじゃあまた明日」
「お疲れさまでした」
ホテルまで送ってもらい、荷物を下ろして木峰さんと松見さんと別れる。
発表会は質問も多く飛び出して、終わったのは十五分オーバーの午後五時半。最後にちょっとだけマシンをチェックして、ホテルに戻ったらもう六時前。
幸いマシンに異常は起きていなかった。本番のモードではスコアが見られないから、最終発表までドキドキすることになるのが心臓に悪い。
「みんな、荷物だけおいて夕飯行こ~。……ベッドの魔力に負ける前に」
「そうしましょう……大賛成です……」
「いい、荷物を置いたらすぐこのロビーに集合すること。他の事したら眠気に負けるわよ」
ちゃんと五時間以上は動き続けていることは確認できたからだろう、安心したからかみんなの眠気は一段上に来ているように見えた。
「……すぅ」
「起きろ悠、寝ちゃだめだ! 死ぬぞ!」
「いや死にはしないけどさ」
「寝顔もかわいいんですね、柳洞先輩……」
「口を開かなければ見てくれだけは常にいいぞ。寝不足のクマが酷いくらいで」
昨晩の一番の功労者であろう悠は、すでに電池切れ寸前。昨晩のダメージが未だに抜けきらない僕たちは、睡魔に負ける前に食事を済ませた。
「明日の朝、集合の時には一泊分の荷物を分けてくること、夜はオレゴンよ」
「ふぁい……」
「忘れると着替えが消えるから気を付けて。では、解散! おやすみ!」
「おやすみぃ……」
「おつかれさまですぅ」
明日の情報だけ共有してから、全員屍のようになりながら部屋へと戻る。最低限の身支度だけ済ませて、僕たちも即ベッドに倒れ込んだのは言うまでもない。
◇
「これが機械式計算機、ってやつか」
「そうそう。歯車をいい感じに組み合わせて、その歯車の動きで計算するんだよ」
「結構色々な計算が出来る機械があったんだぜ。微積なんかもできる機械とか」
僕の前には、巨大な機械が鎮座している。その巨体で何ができるかと言えば、四則演算。つまりは電卓だ。今の電卓とはわけが違う。
「こんなのがご先祖様とはなあ」
「ま、直系って言うには違いがありすぎるけどな。入れるものと出てくるものが同じってだけで、原理は全然違うし」
悠がにやにやしながら注釈を入れてくれた。そりゃそうだ、電気の流れを制御して二進数で計算を行う電子計算機と、歯車でいい感じに処理を行う機械式計算機じゃ計算の仕方は全然違う。
「計算尺とか日時計なんかも、物理の仕組みを使った計算機って言えるしな」
「あー、確かに。あれも計算してるしな」
「もっと言えば、デジタルじゃなくってアナログ電子計算機もあったんだよ」
「そうなのか、アナログって……ふわふわした値を使うアレだろ?」
「鷲流くんの理解もふわふわだねえ。アンプとかコンデンサとか抵抗みたいな、デジタルじゃない部品を使っていい感じに計算するのがあるんだよ~」
「かなり大変だったみたいだよ。特性が揃った部品を揃えないといけないし、なにより抵抗もアンプも温度で特性が変わるからねえ」
さらには、アナログな電気を使った計算機さえあるらしい。想像できないけど、計算機の答えが温度で違うのは困るよなあ。
「ここにもあるんじゃね? だってここは――」
そういって悠が手を広げる。広げた手は、広大な空間のおかげでぶつかったりすることはない。
「世界で一番大きな、計算機の博物館なんだからな」
ここは、サンノゼにあるコンピュータ歴史博物館。世界中のありとあらゆる計算機を集めた博物館だ。さっきみたいな機械式の計算機から世界初の大型電子計算機、さらには半導体を使った計算機まで展示されている。
大会二日目の朝、集合した僕たちはIntechの本社に集合するとバスに乗り込んでコンピュータ歴史博物館へと向かっていた。確かにこれは、現代のコンピュータがどうやって出来たのかという歴史を知るという意味でかなり価値があるに違いない。
その膨大な展示物は、解説文を読んだりみんなの解説を聞きながら進んでいると何時間でも経ってしまいそうなほど。
「うーん、最後早足になっちゃいましたね」
「もう少し、時間が必要」
「また来ないといけない場所が出来ちゃったわね」
少なくとも、午前中の二時間半という時間では足りなかった。同じようにバスに揺られてオフィスに戻り、昼食を済ませると同じバスで空港へと向かう。
「さて、ここからは大移動だな」
「こんな時間にポートランド便があるのか? ってかポートランドからヒルズボロは着陸から四十五分じゃ絶対無理だろ」
バスの中で不思議そうに宏がこぼした。
そう、僕たちが向かうのはポートランド、というオレゴン州最大の都市……からちょっと外れたところにあるヒルズボロという町。ここに、Intechの巨大な拠点があるのだという。
「ふふっ、多分みなさんびっくりしますよ」
「桜桃ちゃんは知ってんのか」
「ええ、話では聞いたことがあります。乗ったことはないですけど」
「アメリカにいた時の先生はIntechの人だったんだもんな」
どこか楽しげな道香。それに当てられるようにしてウキウキの僕たちが辿り着いたのは、
「え、ここ?」
「ターミナルじゃないけど……」
僕たちが来るときにも使ったターミナルと滑走路を挟んで反対側の、自家用機みたいな小さい飛行機が沢山並んでいる場所だった。
「じゃ、列に並んで搭乗手続きしてくださいね」
「は、はい」
なんだかよくわからないままオフィスビルのような建物に入り、荷物を預ける。そこに書かれていたのは、「Intech Air Shuttle」という文字だった。
「これ……もしかしなくても、社用機って奴ですか」
「お、大正解。Intechの社員がアメリカの中にあるいろんな拠点を行き来するときに使う、会社の飛行機なんです」
木峰さんが答えを明かしてくれた。ヒルズボロとサンノゼの距離は、日本でいえば東京から宮崎くらいの距離。確かに飛行機が欲しくなる距離だけど、まさか会社で飛行機を持ってるとは。
「それを借りて行く、というわけですか」
普段の飛行機とも違う小さな飛行機を二機使って、僕たちはカリフォルニア州からオレゴン州へ。
「あっという間だったな……」
「一時間四十五分の空の旅がタダなんて、マジで羨ましいわ」
「空港から四十五分のからくりもわかっちまったよ。そりゃ社用機ならヒルズボロに直接降りるよな」
僕たちが降り立ったのは、ヒルズボロにある小さな空港。なんと航空会社の飛行機は就航していないらしく、レアだレアだと宏が騒いでいた。
荷物を受け取ると空港からバスで十五分、第二の会場へと辿り着く。予定時間ピッタリだ。
「さて、ではさっそく会場に向かいましょう。大きい会議室ですから」
「すげえ広い駐車場だな……」
「建物より広いなんじゃない?」
バスを降り立つと、目の前には大きな建物、後ろにはどこまでも続いているようにさえ見える駐車場。スーパーの駐車場だってこんなに広いのは見たことがない。それだけ、この辺は車社会だってことなんだろう。
「発表の、準備はできた?」
「ばっちりだ。質疑応答は頼んだぜ」
「任せて」
砂橋さんが言った通り、今日はアジアチームとIntechチームの発表がある。僕たちの発表は、当然のように僕の仕事だった。日本でも練習したし、なによりみんなが居る。きっと大丈夫だ。
全員が会議室に入ったところで、早速発表が始まる。僕たちはアジア大会三位だったから最後、つまりIntechチームの直前だ。
台湾チームの発表が終わったタイミングで準備をして、シンガポールチームのチームが発表を終えた演壇へと向かった。
「それでは、発表を始めます。日本から来ました、若松科学技術高等学校電子計算機技術部、プロジェクトマネージャーの鷲流です」
僕は、父さんの姿を探す。父さんもこっちに来ているはずだ。
その姿は、演壇の隣にある次のチームの控え席で見つけた。昨日と同じように、その背中は小さく見える。それは、僕が渡した……あのメールで迷っているからなのだろうか。
「私たちの目標は、『Intechチームに勝つ』ことです」
スライドを送ると、会場にざわめきが起きた。当然、今までの学校でIntechに勝つ、とぶち上げたチームは居ない。
「そのために、私たちが作り上げたのがこのチップです。『スカイレーク』、という名前が付いています」
それを聞いた瞬間、視界の端で捉えた父さんは顔をあげて驚いたようにこちらを見た。その目はよく見ると赤い。
でも、父さんにばかり気を取られてちゃだめだ。
みんなの、そして蒼のお陰で過去を乗り越えられて、成長しているんだと父さんに見せつけるように、胸を張って話す。
話す内容は多すぎて削らないといけないくらいに一杯あったから、十分という発表時間はあっという間だった。
「マイクロアーキテクチャに関して質問です。かなりリッチな――」
当然、質問も一杯来た。細かいところは説明しきれていないから当然だ。だから僕は、自信を持って話を振る。
「マイクロアーキテクチャに関しては、アーキテクトの早瀬から回答します」
「ご質問ありがとうございます。質問頂いた命令のディスパッチに関してですが――」
「プロセスについて質問です。SADPを用いて――」
「SADPの構成に、私たちは何度かの露光を行っている。一つ目は――」
みんなも、僕の信頼に答えてきっちりと答えてくれた。もちろん簡単な質問は僕が自分で答えもする。
「それでは、時間も過ぎてしまいましたので以上とします。チーム日本、ありがとうございました」
予定の時間を五分過ぎて、僕たちの発表は終わった。次のIntechチームの登壇者は、父さんだ。
「それでは最後に、チームIntechの発表です」
「Intechのデザイン・エンジニアリング・グループ、シニア・プリンシパル・エンジニアの鷲流です。では、私たちが作ったチップを発表します」
「えっ」
「……考えていることは、同じだったのね」
「開発したチップ、コードネームは……偶然ですね。『Skylake』と呼んでいます」
その開発コード名が書かれたスライドに、僕は驚いた。それは、もう二度と使えないはずだったキャンセルされたはずのチップの名前。
「もっとも、数年前に開発していたSkylakeとは別物ですが、当時のコードネームを使いまわさせてもらいました」
その理由は、今ならわかる気がする。
幾つかのメディアがフラッシュを焚いて写真を取っている通り、今回の大会は世界のコンピューター関係のニュースサイトでも報じられるはずだ。母さんの名前の入ったチップを……皆に届けることはできなくても、少なくとも記憶には残そうと。そう思って、この名前を持ってきたんじゃないだろうか。
発表内容自体は、なんと僕たちに送り付けた資料の焼き直し。内部の構造や設計なんかは、当時から大きく変わっていなさそうだ。
発表が終わると、僕たちと同じようにかわるがわる担当者たちが質問に答えていく。
もちろん、論理設計の質問に関しては設計を担当した父さんが答えていた。その説明はどれも簡潔でわかりやすい。少し聞くだけで、本当に詳しいんだということがよくわかった。正直砂橋さんに見習ってほしいと思ったのは少し内緒だ。
◇
父さんたちの発表が終わると、解散になる。ホールのある建物を出ると、懐かしい二人の姿があった。
「お久しぶり、弘治くん。大きくなったね」
「お久しぶりです小市さん。お元気そうで何よりです」
「色々大変だったと思うけど、元気そうでよかった!」
「うぐっ、痛いですって由華さん!」
桜桃夫妻、つまりは道香のお父さんとお母さんだ。実際に会うのは六年半ぶりだけど、二人とも元気そう。由華さんのばしっ、と背中を叩いた手は、別れのあの日を強制的に思い出させるくらいの痛さだったのがその証拠だ。
昨晩の電話の通り、これから僕たちは桜桃さんの家で夕食を頂くことになっている。わざわざ僕たちのことを二人で迎えに来てくれたというわけ。
「ただいま、パパ、ママ。こちらが部の皆だよっ」
「お世話になります。部長の早瀬です」
「おお、君が早瀬ちゃんか。いつも道香がお世話になってます、迷惑かけたりしてませんか?」
「いえ、道香はとても優秀なのでこちらが助けられてばかりです」
といった形で、ファーストコンタクトも上々。二台の車に分乗すると、車で十五分ほどのところにあった道香の家へと辿り着いた。
「お邪魔します……うわ、いい匂い」
「今日に向けて由華がかなり準備してたからね。期待してて良いと思うよ」
「わーっ、これがアメリカの家の中なんですね。広いっ」
「この辺りは地価も安いしね、逆に広くて寂しいくらいだよ」
リビングには、大量の食器が並べられていた。さらにはオーブンか何かで調理でもしているのか、いい匂いが充満している。
「おっ、いい感じね。さ、みんな手を洗っておいで。早速ご飯にするよ」
「はーいっ、みなさんこっちです!」
「よっしゃーっ」
というわけで、全員で洗面所に向かい手を洗う。リビングに戻ってくると、大量の料理が並べられていた。この短い間でいつの間に、さすがは由華さんだ。
並んでいる料理に、日本料理はほぼない。もちろん日本風の食材や調味料を入手するのも大変だからという理由もあるだろうし、わざわざ日本を出て日本食を食べる必要もないだろう、という気遣いもあるんだろう。
「うは、凄いな。狼谷があと二人くらい居ても大丈夫そうだ」
「大丈夫。私に任せて」
「いや、一人で食べきらないでくれよ?」
「料理はとりあえずこれだけで十分かな?」
「ええ、十二分すぎるくらいだと思います」
というわけで、全員で食卓を囲む。広いとはいえ、十人にもなるとリビングは余裕がないくらいに埋まった。全員でコップを取ると、思い思いの飲み物を注いで準備を済ませ。
「では、みなさんようこそアメリカへ! あと一日、頑張ってください!」
「かんぱーい!」
「「かんぱーいっ!」」
小市さんの音頭で、みんなでコップをぶつけ合う。
明日の夜は、大会の参加者やIntechの社員が参加する立食パーティーだ。こうやって僕たちだけで夕食を楽しむ機会は、今日が最後になる。
「はーっ、肉うめえなあ! 最高!」
「アメリカの肉には、アメリカの肉の良さがあるよな」
「お肉ばっかじゃなくて、野菜も食べなよ」
「……」
「わあ、本当によく食べるのね! 作りがいがあって何より!」
「ありがとう、ございます?」
というわけで、あっという間にリビングは混沌に包まれた。狼谷さんは塔すら立てずに料理を消滅させていっているし、肉をむさぼる野郎どもの姿もある。そんな様子を小市さんたちの家で見ていることが、なんだかむず痒い。
これは……そう、過去と今が繋がったことを改めて体感したからだ。多分。
そんな皆に混じって、由華さんの料理を楽しんでいると。
「弘治くん」
「小市さん」
小市さんに声を掛けられた。邪魔になったら嫌だし、何よりにぎやかすぎて話をする感じじゃなかったから、ちょっと離れた部屋の隅に移動する。
「料理はどう? 口に合ってるかな」
「ええ、美味しいです。味付け、日本の時とは違うんですね。当然かもしれませんが」
「あはは、この六年の間で由華の味覚もしっかりアメリカナイズされてしまってね。レシピもどんどんこっちのレストランみたいになってるんだ」
「あ、今日の料理は全体的にそういう……」
さっきは配慮なのかな、と思ったけど、そういうわけじゃないらしい。単純に作り慣れてる料理というだけだった。
「改めて、今日は本当にありがとうございます」
「そんなかしこまらなくていいんだよ、日本からお疲れ様。一昨日の夜は大変そうだったけど、大丈夫だった?」
「ええ、おかげさまで。少なくとも今日の昼までは、一日以上ちゃんと動いていましたから」
「それはよかった」
それから、小市さんはちょっと逡巡するような目をした後でゆっくりと話しだした。
「あいつとは、あれから話せたか?」
「ええ、おかげさまで。小市さんに怒られた、って小さくなってました」
「そうか……それならよかった」
「聞きたいことは大体聞けましたし、それを踏まえて渡したかったものも渡せました。小市さんが言ってくださらなければ、もう話せなかったかもしれませんでした」
「あいつから電話が掛かってきた結果だから、結果オーライってだけだよ。……ここ数年はずっと、心ここにあらずって感じだったんだから」
「そう、だったんですね。自分でも心が折れて、ただ惰性でやってただけと言ってました」
「それであれだけの物が作れちまうんだから、凄い話だけど……これで、ちょっとでも変わるといいな」
そう語る小市さんの言葉は、父さんへの思いやりに満ちていた。やっぱり、小市さんにとって父さんは大切な友人の一人なんだろう。例えば悠や宏がこうなっていたら、僕も同じようなことをするかもしれない。
それから小市さんは、何かを思い出すように遠くを見つめてため息をついた。
「まあ、僕じゃ何も出来なかったんだけどさ。精々、時々夕食に連れ出すことくらいしか」
「僕が言うのも違うとは思うんですが、きっと救われてたと思いますよ。ずっと一人だと、どうしても気が滅入ることがありますから」
「だと、いいんだけどな」
逆に言えば、父さんにとっても小市さんはきっと大切な友達なんだろう。父さんが最悪の結末を迎えなかったのは……きっと、小市さんのお陰だ。
そんな小市さんに寂しそうな笑顔をさせ続けるのは嫌だったから、僕は話題を変えることにした。
「そういえば、今日父さんを呼んでもよかったですね」
「呼んだよ、食い気味に断られたけどね」
「あはは……なんだかすみません」
「あいつもきっと、自分が入って空気悪くするのは嫌だったんだろうよ。あとは……こういう言い方をするのもアレかもしれないが、自分の子供とどう接すればいいかもうわからなくなってるんじゃないかな」
「それは……僕もそうです。父さんと会話したことさえ六年前が最後だったので」
「それが普通だと思うよ。だからこそ……あいつと話してくれてありがとう。もし嫌になっていなければ、定期的に何かしら話をしてあげて欲しいんだ」
「わかりました。父さんが嫌がらなければ、そうしたいと思います」
「あいつが嫌がることは、無いと思うよ」
小市さんが言うなら、多分本当だ。明日話す機会があれば……父さんに聞いてみよう。
そんな小市さんは、優しい笑顔で言った。
「そんなに大人になる必要はないんだよ弘治くん、周りの人の顔色を伺うのは程々でいい。君はまだ学生なんだ、うちの娘くらいちょっと無茶をするくらいで丁度いいんだ」
「そう、なんでしょうか」
「もうちょっと周りに甘えても、誰も怒りはしないさ」
むしろ、あの日から今年の春まで散々甘えてしまっていたのを引け目に感じていた。それさえも、許してくれるんだろうか。
「……あの日から今まで、周りの大人には散々心配と迷惑を掛けてきました。それでも……許されるんでしょうか」
「もちろん、少なくとも僕がその人だったらね。でも、あんまり心配をかけすぎてはいけないよ」
それから、小市さんは僕の頭をくしゃっと撫でた。その手は、いつかの父さんと重なるものがあって。
「今はやりたいことをすればいい。大樹だって、きっとそれを嫌がりはしないさ」
「ありがとう、ございます」
ちょっと涙が滲んだのを、無理やりこらえる。今日、こうして小市さんと話が出来てよかった。
「僕とばかり話してるのもよくないし、戻ろうか」
「はい」
小市さんと一緒に、僕は盛り上がっているリビングの輪に戻る。するとすぐに悠と宏に捕まった。
「お、ようやく戻ってきたか。ほら食え食え」
「うわっ、なんだよ」
「辛気臭い顔してるからだぞ」
「は?」
……こいつらも、僕のことを心配してくれているのだろう。それに、僕もこいつらと、そして部の皆と楽しい時間を過ごしたい。
「ったく、何が残ってんだ?」
「お、そう来なくっちゃ」
だから僕は紙皿をもう一枚受け取ると、悠と宏と一緒に残っている料理を物色しに行くことにした。
◇
「ふう、戻ってきたな」
「ちゃんと動き続けてくれたでしょうか……」
「ふふっ、やっぱり心配しちゃうわよね」
翌日三月二十七日の午後四時過ぎ、僕たちはサンノゼにあるIntechの本社に戻ってきていた。
午前中に組まれていたのは、ヒルズボロにある巨大な工場の見学。
工場はアジア大会の時に見学したTSMIの物に負けず劣らず大きくて、全員で言葉を失った。実際に売っているものと試作の両方が出来るようにと言っても、ウチの学校の本校舎よりも広いクリーンルームは想像を絶している。維持費だけでとんでもない額が掛かるんだろうなあ……なんて考えてしまったり。
それからお昼ご飯を食べて、行きと同じように飛行機に乗ったらもうこんな時間だ。
残す大会のアクティビティーは、成績の発表会とパーティーだけ。
マシンが置いてある部屋へと戻ると、もう性能試験は終わっているらしく幾分か静かになっていた。僕たちのマシンを除いて。
そんなマシンに駆けよってするのは、最後まで走り切ったかのチェックだ。
「よし、エラーなし!耐えたぞ二日間!」
「よかったあ、ずっと心配してたんだよあたし」
「わたしもです、確認したとはいえ急造の設定でしたから心配で心配で」
「安心、した……」
僕たちのマシンは、エラーなしで四十八時間を超える負荷に耐え続けていた。狼谷さんも安心したように脱力している。ちょっと珍しい姿だ。
あとはいよいよ、答え合わせだけ。
「では、十七時から結果発表と表彰式になりますので、それまでに片づけをお願いしますね。発送物は伝票とインボイスだけ貼って、ここに置いておいてください」
「わかりました、ありがとうございます。時間無いから手分けして一気にやるぞー」
片づけをするためにマシンの電源を全部落とすと、部屋からはいよいよファンの音が消えた。今年度を締めくくるお祭りは、もう終わりなのだ。
「次はもうちょっと大人しいチップにした方がよさそうね」
「次の大会には騒音規定がプラスされる、に賭けてもいいよアタシは」
「でも……もう、終わっちゃうんですね」
道香も同じように感じたらしく、寂しげに言葉をこぼす。声を掛けようとしたけど、その前に蒼がその手を取っていた。
「大丈夫よ、きっと来年も来れるわ。もっと楽しくなるわよ」
「……そう、ですよね。来年もみなさんいらっしゃるんですよね」
「あれ、あたしのこと忘れてない?」
「星野先輩だって、どうせ部活に来るんですよね?」
「まあ、そりゃね」
「ほら、何も変わらないわ。だから、そんな顔しないでちょうだい」
「……ありがとう、ございます。はい、そう思えばまた元気が出ました」
「そうそう、来年はこんなギリギリにならないように設計しましょう。そして、皆でもっとサンノゼの街を観光しましょ」
「あー、いいなー! あたしも自腹で飛んできちゃおうかな」
「ふふっ、そしたら本当に何も変わりませんねっ」
誰もが感じていた、なんとなくの寂しさ。多分蒼も、自分に言い聞かせる所があったんだろう。
それからは全員で一気に片づけを進めていく。何せ時間がない、送ってきた箱に詰め直し、緩衝材を詰めて、テープで封をして、伝票と書類を貼り付ける作業を分担して進める。
四つ目の箱の書類を貼り付け終わったところで、後ろから声を掛けられた。
「Hi」
「はろー」
もはや声だけでわかるようになってしまった、フォスターさんだ。彼女の伝言は、こう。
「発表会が終わった後、235会議室で待っている」
僕は当然頷いた。明日はもう飛行機で飛ぶだけだ、これが正真正銘最後の機会だろう。
そんな一幕を経つつ片付けを進め、全ての箱のテープが閉まるのと、最終発表が始まるのはほぼ同時だった。
「それでは、成績発表を行っていきます」
英語で、粛々と性能が発表されていく。どの学校のスコアも、やっぱりアジア大会より二倍以上高い。本当に世界のトップが集まっているのがわかる。
それでも、僕たちの試走時の数字を超えている学校は無かった。LIMPACKの結果だって、高くて100GFLOPSを少し超えるくらい。全部のベンチマークのスコアから計算される総合スコアだって、僕たちには敵わないだろう。
僕たちには、自信があった。勝負がわからないのは、Intechチームとだけだ。
それはIP大会の時のような楽観ではなく、アジア大会のような漠然とした不安もない。
各学校の発表を聞いていても、大会規定の装置でここまで攻めたプロセスを作り上げたところも、そこに限界までロジックを詰め込んだ大きなプロセッサを作り上げたところもなかった。
「アジア、日本代表。若松科学技術高等学校」
僕たちのスコアの発表は最後。全員で固唾をのんで、一番前にあるスクリーンを見つめる。
「総合スコア、425点。LIMPACKのスコアはなんと210.2GFLOPSと、非常に優秀なスコアを残しました」
スライドが切り替わると、そこに表示されていたのは今までで一番高い数字。その性能に、会場からはどよめきが上がる。それはそうだろう、二位の学校とダブルスコア近い差を付けて圧勝しているのだから。
とりあえず、参加している学生チームの一番をもぎ取ったのは確定した。
「うしっ」
「よっしゃっ」
「さすがアタシたちっ」
「……よかった」
「ふう、やりましたねっ」
「ひゃー、本当にこんな性能出せるんだ」
湧き上がる拍手の中、部の皆も思い思いに喜んでいる。本当に、すごいチップを作り上げてしまったんだな。僕たちは。
「まずは、ね」
「おう」
僕は蒼と小さくハイタッチを交わして、次の発表を待つ。
残るは一チームだけ。
「それでは最後に、Intechエキシビジョンチームの結果です」
さあ、ここが本番だ。握る手に汗が滲んでいるのがわかる。
永遠に来ないで欲しいと思っていたその瞬間は、あっという間に訪れた。
「総合スコア、421点。LIMPACKのスコアは207.3GFLOPSでした」
「よしっ!」
反射的に、声が出た。周りはざわめきに包まれている。
「こちらが、エキシビジョンも入れた総合順位です。なんと、Intechを下して一位に輝いたのは、チーム日本、若松科学技術高校でした!」
次の瞬間、会場は万雷の拍手に包まれた。
差はほんの少し。総合スコアの差はわずか四点。
でも……僕は、父さんたちに勝てたんだ。本当に。
「マジかよ……本当に、勝ったのか」
「すごい、こんなこと……」
現実味のなさに言葉を失う中、聞こえてきたのは星野先輩の元気な声だった。
「やったよみんなぁ~、やったよっ」
「僅差とはいえ、勝ちは勝ち」
「だよっ、勝っちゃったんだよ!? 狼谷ちゃんよく頑張ったよっ」
「ぐえっ」
そんな星野先輩は、そのまま狼谷さんに飛びつく。熱烈なハグを喰らった狼谷さんがカエルのような声を上げて、それで皆にも火が点いた。
「っしゃー! これで推薦なんとかならないかな!」
「やりましたよ結凪先輩っ! すごいすごいっ」
「わあーっ、道香あ!? うぐっ、ちょっ、窒息するって」
「俺らもやるか」
「いや、悠とは言え野郎とハグはだな……」
「んじゃ、これだな」
「やったな、宏」
僕たちはもうめちゃくちゃだ。悠と宏のハイタッチが一番まともに見える。
そんな中でも僕はまだ実感が湧かず、呆然と椅子に座り込んでいた。
「シュウ」
「蒼……」
そんな僕の呪縛を解いたのは、やっぱり蒼だ。ゆっくりと立ち上がった僕を、そのまま、優しく抱きしめた。
「やったわよ、シュウ。お父さんに勝って見せたわ」
その温かさと言葉で、ようやく実感が湧いてくる。次に押し寄せたのは、嬉しさと感謝だった。
「やったよ、蒼……やったよ、母さん」
自然にそんな言葉がこぼれる。涙はもう、止まらない。
僕たちを、いつまでも温かい拍手が包んでいた。
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