第73話:聖女アリシア 26
ゴトンと音を立ててトロールファイターの首が地面に落ちると、ゼーアとケイナはそれを見つめたまましばらく呆然としていた。
「……マジか」
「……い、一撃」
二人が驚きの声を漏らすと、それを聞いたアリシアは苦笑しながらそうではないと告げた。
「違うよ、二人とも。二人がこれまで耐えて、傷を負わせてくれていたから、トロールファイターの警戒は私じゃなくて二人の方に向いていたの。だからこそ、首を落とすことができたんだよ」
事実、トロールファイターは一度姿を消して、再び現れたアリシアよりも、常に目の前で武器をぶつけ合っていたゼーアとケイナのことをより警戒していた。
僅かではあるものの、アリシアへの警戒が逸れた瞬間を狙って渾身の一撃を放ち、その首を落とすことに成功したのだ。
「まあ、アリシアの魔法がなかったら、結局は負けていただろうけどな」
「そ、そうですよ! なんですか、先ほどの魔法は! まるで私の体じゃないみたいな動きができて、とても驚きましたよ!」
「確かに! これだけのことができるんだったら、他の聖女様も前線に出てきてくれたらありがたいんだけどなぁ」
バフ魔法は聖魔法の中でも上位の魔法であり、アリシアが使った身体能力を二段階も上昇させる効果をもたらすほどのオールアップであれば、現代聖女の中でも一人か二人いればいい方だろう。
もしかするとアリシア以上にうまく扱える聖女はいないかもしれない。
当然、ゼーアをケイナもそのようなことは知らないので、前線に出てきてくれればと口にしてしまう。
「あはは。そうなってくれれば一番なんですけどね。でも、オールアップって結構聖魔法の中でも上位の魔法なので、使える人は少ないと思いますよ」
アリシアは聖魔法についてほとんどのことを熟知しているのでそう口にしたが、それはそれでゼーアたちに疑問を持たせる結果になってしまう。
「そうなのか?」
「はい」
「でも、どうしてアリシア様はそのことを知っているんですか?」
「え?」
「そうだよな。アリシアって言っちゃあなんだが田舎の出だろ? どうして聖魔法についてそんなに詳しいんだ?」
二人の疑問を聞いたアリシアはドキリとしてしまう。
聖魔法については聖教会が厳重に管理しており、外に漏れ伝わることの方が難しい。
王都やそれに並ぶような大都市であればいざ知らず、田舎村のディラーナ村に聖魔法が伝わっているなど、誰も信じられないだろう。
「あー、えっと、そのー……ほら! ホールトン様に聞いたのよ! 聖魔法についてちょっとだけ教えてもらえたからさ!」
「そうなんですか?」
「う、うん! そうなんだ!」
無理がある言い訳に、追及されたらどうしようかと考えるアリシア。
「……まあ、そうなんだろう」
「ホールトン様も、そんなことするんですね。あ! もしかして、アリシア様の実力を見抜いていたんですかね!」
「ど、どうかなー! あははー!」
しかし、二人は特に疑うことなくアリシアの言葉を信じてくれた。
否、ゼーアは疑っているのだがアリシアの反応を見て頷くことにしたのだ。
そのことにアリシアも気づいており、命を懸けてくれた相手に嘘をついていることに申し訳なさはあるものの、そう簡単に伝えられる事実でもないので仕方がないと自分に言い聞かせることしかできなかった。
「――アリシア様! ゼーア! ケイナ!」
すると、アリシアがやってきた方向から彼女たちの名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あいつらも追いかけてきたみたいだな」
「ということは、魔獣はすべて片付いたってことですよね! あぁー、よかったー!」
「……でも、これからどうしようか」
魔獣という脅威を退治することはできた。
しかし、アリシアたちは現状、ホールトンに謀られて殺されそうになった立場だ。
このまま素直に王都を目指したところで追い払われるか、もしも聖教会に入れたとしても命を狙われるか、死ぬまで利用されるのは明らか。
そうとわかっていて王都を目指すのは、思考を止めているようなものだった。
「……みんなと相談しよう。これは、私たちだけで決めていいことじゃないから」
「……そうだな」
「……はい」
一難去ってまた一難といった感じで、アリシアたちは田舎騎士たちと合流したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます