第72話:聖女アリシア 25

「――剛の剣、天地瓦解!」


 柔の剣の機動力を活かした加速から、剛の剣へと移行していく。

 加速を乗せた剛の剣はアーノルドでも実践できなかった剣術である。

 故にこの剣術は、剣術こそが――アリシアの剣に昇華した。


「はああああああああっ!」

『ブボボボボオオオオォォオオォォッ!』


 振り抜かれたお互いの武器がぶつかり合い、衝撃波が周囲へと伝わり木々が激しく揺れる。

 トロールファイターを相手に耐え抜いていたゼーアとケイナにも吹き荒れ、顔の前に腕を運び足に力を込める。


「アリシア!」

「アリシア様!」


 二人の声がアリシアの耳に届き、無事を直に確かめることができた。

 その安堵が力になり、愛剣を握りしめる腕にさらなる力が込められる。


「ぶっ飛べええええぇぇええぇぇっ!!」

『ブ、ブブブブ、ブボボオオオオォォッ!?』


 力比べに勝利したのは――アリシアだった。

 柔の剣では逆に吹き飛ばされていただろう。

 アーノルドの剛の剣だけであれば良くて相殺だったかもしれない。

 アリシアの剣だったからこそ、トロールファイターの膂力を上回り、力比べに勝利することができた。

 だが、それは力比べに勝利しただけであり、戦闘に勝利したわけではない。事実――


 ――ズザザザザアアアアッ!


 トロールファイターは地面を削りながら後方へ押し返されただけで、アリシアの一撃を受けても戦意を衰えさせることはなかった。


『ブボボボボオオオオォォオオォォッ!!』

「……一気にいこう、みんな! ハイヒール!」


 当然ながらアリシアもこれで決まるとは思っていない。

 だからこそ即座にハイヒールを放ちゼーアとケイナの傷を癒した。


「はは、助かるぜ!」

「あ、ありがとうございます!」

「まだまだ! オールアップ!」


 続けざまに放った魔法は、対象者の身体能力を上昇させるバフ魔法だ。

 アリシアたちの体から金色の光が放たれ、身体能力が一段階――いや、二段階も上昇した。


「マジかよ! 聖女様ってのは、こんな魔法も使えるのか!」

「はわわ! なんだか、強くなった気がします!」

「今の私では長くは持続させられません! 一気に片付けましょう!」

「おうよ!」

「はい!」

『ブボボボボオオオオォォオオォォッ!!』


 正面からゼーアが、左右からアリシアとケイナが駆け出していく。

 その光景を見ていたトロールファイターが咆哮をあげると、両手持ちした石斧を渾身の力をもって振り下ろした。


「今度は俺と力比べか! いいぜ、やってやるぜええええっ!」


 振り下ろされた先にいたゼーアが両腕に力を込めると、大剣を斬り上げる。

 石斧と大剣がぶつかり合う瞬間――ゼーアは剣筋をわずかにずらした。


「……なんてな」


 身体能力が向上したからといって、真正面からやりあえるとは爪の先ほども思っていない。

 だからこそゼーアは力比べと思わせておき、直前で石斧を受け流す手段に切り替えた。

 これも身体能力が向上したからできることであり、そうでなければ石斧に触れた時点で吹き飛ばされていただろう。


「せいやああああっ!」


 石斧の脅威がなくなった直後、ケイナが剣をトロールファイターの急所を素早く斬り裂いていく。

 こちらも普段の膂力では皮膚に傷を負わせることすらできなかっただろう。

 関節を、腱を、首を、両目を狙い振り抜いていく。

 特に柔らかい両目への攻撃だけは瞼を閉じて防いだものの、それでも体中を斬り刻まれたトロールファイターの体から力が抜けてしまう。


「止めをお願いします――アリシア様!」


 素早く剣を振り抜いたケイナの背後からアリシアが高く跳躍し、ギュッと柄を握りしめる。


「これが私の剣だ! くらええええぇぇっ!!」


 柔と剛の剣を織り交ぜたアリシアの剣が振り抜かれ――トロールファイターの首が刈り取られた。

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