第71話:聖女アリシア 24

「――皆さん!」


 全速力で逆側の戦場へ駆けつけたアリシアが見たものは、凄惨な光景だった。

 多くの田舎騎士が倒れ、血を流し、立っている者の瞳は絶望に揺れている。

 圧倒的戦力差を前に、田舎騎士たちは壊滅寸前にまで追い込まれていた。


(単なるヒールでは間に合わない! 私の魔力が足りるかどうかわからないけど、やるしかないわ!)


 小さく息を吐き出したアリシアは、勇ましい表情を浮かべながら両腕を左右に伸ばして魔法を唱えた。


「――エリアヒール!」


 アリシアを中心にして光の円が広がっていくと、この場にいる田舎騎士が全員その内側に入った。

 そして、光の粒子が傷を負った田舎騎士を包み込むと、彼らの傷が一瞬にして癒された。


「ぐぅぅ……あ、あれ? 痛く、ない?」

「この光は、なんだ?」

「温かい、光だわ」


 何が起きたのかわからないのは田舎騎士だけではない。

 瀕死の状態だったはずの人間の、エサの傷が癒えたのだから、トロールも困惑している。

 この機を逃すわけにはいかないと、アリシアは声を張り上げた。


「騎士たちよ! 聖女アリシアの名のもとに、皆さんの傷は癒しました! この場を乗り越えれば、私たちは生き残れます! 立ち上がりましょう! 私も戦います!」


 高らかに宣言したアリシアが腰に提げていた愛剣を抜き放つと、エリアヒールの光を反射して神々しい輝きが広がっていく。

 その光景を見た田舎騎士たちは最初こそ呆然としていたものの、すぐに全身から力が込み上げ、一人、また一人と自らの武器を手にして立ちあがる。


「……負けてらんねえよなあ!」

「……聖女を守るべき私たちが、守られるなんてね!」

「……今度こそ、俺たちが守るぞ!」

「「「「おおおおぉぉっ!!」」」」


 力を、士気を取り戻した田舎騎士たちが雄叫びをあげると、彼らは一斉にトロールへと襲い掛かっていく。

 トロールたちも困惑していたものの、実力ではこちらが上回っていることを先ほどの戦闘で理解し、再び叩きのめそうと巨椀を振り回す。

 しかし、動きが良くなり連携も取って戦えるようになった田舎騎士たちの巧みな攻撃に、トロールたちは有利になるどころか傷を負ってしまい苛立ちを募らせていく。


『ブボボババアアッ!』

「孤立するなんて、殺してくれと言っているようなものよ!」


 田舎騎士たちが連携してトロールと戦う中、アリシアは孤立しているトロールを狙って一対一の戦闘を仕掛けていく。

 足を、腕を、体を、顔を、次々に剣を振るい傷を負わせていきながら、苛立ち大振りになったところへ決定的な一撃を放つ。

 たった一人でトロールの一匹を倒したアリシアを見て、最高潮だと思っていた田舎騎士たちの士気はさらに高まり、それぞれが声をあげながら苛烈に攻撃を仕掛けていった。


「……ここはもう大丈夫そうね」


 そう判断したアリシアは、近くでトロールを倒した一人の田舎騎士に声を掛けた。


「ここは任せるわ!」

「せ、聖女様は?」

「奥でゼーアさんとケイナちゃんが巨大なトロールを押さえてくれているの。みんなもここを片付けたら、手を貸してちょうだい!」

「わかりました! お気をつけて!」


 田舎騎士の言葉に力強く頷いたアリシアは、取って返すように駆け出していく。


(ゼーアさん、ケイナちゃん。信じているわよ!)


 きっと耐えている、生き残っていると自らに言い聞かせながら、アリシアはさらに加速してゼーアたちの下へと向かう。

 しばらくして前方から轟音が響き渡り、戦闘が継続しているのだとわかった。


「今行くわよ、二人とも!」


 愛剣を抜いたままアリシアはさらに加速。そして――勢いそのままにトロールファイターへ飛び掛かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る