第70話:聖女アリシア 23

「っ!?」


 アリシアへ駆け寄ろうとしたケイナだったが、右足首にズキッと痛みが走り蹲ってしまう。


「ケイナちゃん!」

「あはは……だ、大丈夫です」


 逆にアリシアがケイナへ駆け寄ることとなり、ケイナは苦笑いを浮かべながら答えた。


「無理をしないでください。でも、ありがとうございます」

「アリシア様の役に立てたのなら、嬉しいです」

「すぐに治しちゃいますね」

「でも、これ以上はゼーアさんや他の皆さんの迷惑に……って、え?」


 自分はもう戦えない、そう言おうとしたのも束の間、アリシアから治すと言われてしまい驚きを隠せない。


「でも、アリシア様はまだ聖女教育を受けていらっしゃらない――」

「ヒール」


 ケイナの言葉を遮るようにしてアリシアがヒールと唱えると、彼女の両腕から光り輝く純白の粒子が顕現する。

 この光景にはケイナだけではなく、近くまで駆け寄っていたゼーアも目を奪われていた。


「ゼーアさんは大丈夫ですか?」

「……あ? あ、あぁ。俺は大丈夫だが……これは、すごいなぁ」

「よかったです。……はい、終わりましたよ」

「……」

「あの、ケイナちゃん?」

「ふえ? あっ! す、すみません! ……うわぁ、本当に、痛くないです!」


 驚きのまま立ち上がったケイナは、右足首の痛みが完全に引いていることに気づき喜びの声をあげた。


「こっちは片付きましたけど、逆側のトロールがまだ残っていますね」

「すぐに向かおうぜ!」

「……でも、ゼーアさん。あれ……」


 アリシアたちが他の田舎騎士たちを助けに向かおうと踵を返したが、そこに立ち塞がった存在がいる。


『……ブボボボボオオオオォォオオォォッ!!』

「……トロールファイター!」


 先ほど倒したトロールとは二回り以上大きく、その手には魔獣が手にすることは珍しい巨大な石斧が握られている。

 ただでさえ間合いの不利がある中で、石斧による間合い拡張となれば、三人掛かりでも苦戦は必至だろう。


「……アリシアは他の奴らの援護と癒しを頼めるか?」

「ぜ、ゼーアさん!?」

「なーに、一人で倒そうってわけじゃない。アリシアが戻るまで、俺は守りに徹してやるってだけだ」


 アリシアの癒しの魔法を目の当たりにすれば、田舎騎士たちの士気は一気に高まるだろう。

 しかし、今はまだ魔法を見ておらず、士気も低下したままで、このまま放っておけばトロールの群れに崩壊させられてしまうかもしれない。


「でも、ゼーアさんが犠牲になるだなんて――」

「私も残ります!」

「おいおい、ケイナ。無理をするなと言っただろう」

「一人じゃ無理ですけど、二人で守るだけならなんとかなる! ……と、思います!」


 自信があるのかないのかわからない言い回しになってしまったが、それでもケイナの表情は決意に満ちており、アリシアは何も言わず、この場に留まりたい思いをグッと飲み込んで顔を上げた。


「……絶対に、無理はしないで! 私が戻ってくるまで、死んじゃダメだからね!」

「怪我なら治してくれるんだろう?」

「ぜ、絶対に死にません!」

『ブボボボボオオオオォォオオォォッ!!』


 こちらの敵意が伝わったのか、今まで静観していたトロールファイターが雄叫びをあげると、手にしていた石斧を振り上げた。


「行け! アリシア!」

「行ってください!」

「すぐに戻ってくるからね!」


 アリシアはこの場をゼーアとケイナに任せると、石斧の間合いを外れて一気にトロールファイターの後方へと抜け出した。

 視線を後方へ向けたトロールファイターは、石斧を振り下ろして石礫をアリシアへ飛ばそうと試みた――しかし。


「させるかよ!」

「せいやああああっ!」

『ブボボババッ!』


 振り下ろされる間際、ゼーアが大剣を石斧に叩きつけてバランスを崩し、ケイナが左目を狙って剣を突き出す。

 バランスを崩したトロールファイターだったが、即座に防御へ思考を変えてケイナの刺突目掛けて頭突きを繰り出した。


「きゃあっ!?」

「ケイナ!」

「だ、大丈夫です! ただ飛ばされただけですから!」

「ったく、焦らせるなっての」


 そう口にしながら大きく飛び退いて距離を取ったゼーアは、一度の剣戟で腕に痺れが残っている状況に冷や汗を流していた。


「……さーて、今だけは俺たちにつき合ってもらうぜ?」


 ただ耐えるだけ、そう頭の中で何度も繰り返しながら、ゼーアはトロールファイターと対峙する。

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