第69話:聖女アリシア 22

「おいおい、嘘だろう?」

「あ、あれはさすがにヤバいって!」

「私たち、どうなっちゃうの?」


 アリシアの鼓舞によって最高潮に達していたゼーアたちの士気も、トロールの群れを前にして下降の一途を辿ってしまう。

 このままではマズいと判断したアリシアは、再び単身で前に出た――はずだった。


「俺も行くぜ!」

「危険ですよ、ゼーアさん?」

「アリシアだけにいい格好をさせられるかよ!」

「わ、私もです!」

「ケイナちゃんまで!?」


 ゼーアに関してはアリシアも納得していたが、まさかケイナまでついてくるとは思ってもいなかった。


「無理はしないでくださいね?」

「は、はい! で、でも、傷を負ったら、癒してくださいね?」


 ケイナの言葉を受けて、アリシアは少しだけキョトンとしたあと、すぐにニコリと笑って大きく頷いた。


「任せてください。私は最前線で戦いながら、そこで傷つく皆さんを癒す存在になるんですから」

「よっしゃあ! まずは俺たちが先陣を切る! そして、他の奴らの士気をもう一度上げるぞ!」

「は、はい!」


 アリシアたちの目の前にはトロールが三匹。

 一対一ではアリシア、ゼーアは勝てるだろうが、ケイナでは難しい。

 故に、アリシアは加速して一匹だけではなく、三匹全てに攻撃を加えていった。


『ボブブババアアアアッ!?』

「ケイナちゃんは右のトロールを! ゼーアさんは左のトロールをお願いします!」

「はい!」

「任せておけ!」


 一番傷の深い右のトロールをケイナに任せ、左をゼーア、正面をアリシアが担当する。

 風のように動き続けるアリシアを捉えることができず、トロールの攻撃は空を切るばかり。

 一方でアリシアの斬撃はトロールを確実に傷つけていき、ドロリとした血が全身から流れ落ちていく。


『ボブブ! ブボババアアアアッ!!』

「シエナさんの方が、何百倍も速いわよ!」


 振りほどこうとがむしゃらに振り回している両腕を、アリシアは笑みを浮かべながら、まるでダンスを踊っているかのように回避して反撃に転じていく。

 トロールの両腕は切り刻まれ、いつしか自らの意思では動かすことができなくなり、ダラリと下げていることしかできなくなっていた。


『ボブブ? ブブ、ブボババアアアアッ!』

「これで、終わりよ!」


 ただ叫ぶだけの存在に成り下がったトロール目掛けて、アリシアは全体重を乗せた刺突を眉間に繰り出した。

 愛剣は深々と突き刺さり、直後にはトロールの眼から光が失われ、ゆっくりと後ろへと倒れていった。


「ケイナちゃん!」


 しかし、これで終わりではない。

 すぐに愛剣を抜き取ると、取って返すように右側へと駆け出していく。

 そこはケイナが手負いのトロールを相手になんとか踏み止まっている、という状況だった。


「あ、アリシア様!」

『ブボババアアアアッ!!』

「はっ!?」

「はあっ!!」


 アリシアの声に一瞬だが視線をトロールから切ってしまった。

 その瞬間、トロールは渾身の力をもって両腕を振り下ろす。

 力任せの一撃だったが、その速度は今までの攻撃の比ではなく、ケイナは死を覚悟した。

 だが、同時にアリシアも駆け出していた。

 振り抜かれた愛剣は柔の剣ではなく剛の剣を繰り出し、一撃でトロールの両腕を両断した。


『ブボババガアアアアッ!?』

「止めを!」

「は、はい!」


 剛の剣の反動からすぐには動けなかったアリシアは、止めをケイナに委ねた。

 手負いの魔獣が危険であることはアリシアもよくわかっているが、それはケイナも同じこと。

 だからこそ先ほどから防御に回っており、ここぞという時の反撃を待っていたのだ。


『ブボババアアアアッ!』

「せいやああああっ!」


 気合いの声を発しながら、ケイナは自分の剣を渾身の力をもってトロールに叩きつけた。

 刃が首に届き、今までの研鑽を得た斬撃はそのまま首を切り落とすに至った。


「はあ、はあ、はあ、はあ……か、勝った?」

「やりましたね、ケイナちゃん!」

「……は、はい!」

「でも、まだまだいますよ! ゼーアさんは……って、大丈夫そうですね」


 ケイナを助けたアリシアはすぐにゼーアの下へ向かおうとしたのだが、視線を向けた先ではすでにトロールを倒した彼が豪快な笑みをこちらへ向けているところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る