第68話:聖女アリシア 21

「聖女アリシアが宣言します! あなたたちならあの魔獣を打ち倒せると!」


 突如として始まった口上に、ゼーアたちは呆気に取られてしまう。


「私が先頭に立って魔獣と戦います! そして、あなたたちにも続いてほしい! 恐怖はあるでしょう! ですが、生き残るためには戦うしかないのです!」


 自らの愛剣を突き上げ、月明かりが剣身を美しく照らし出すと、ゼーアたちにはアリシアが本物の聖女のように見えていた。


「傷を負うこともあるでしょう! ですが、私が癒します! 最前線にいる私が、傷を負った者を必ず助けます!」


 最前線で口上を続けているアリシアは、魔獣からも大きく目立っている。

 彼女目掛けてキラーウルフが襲い掛かるのは、必然だっただろう。


「あ、危ない!」


 ――ヒュン! ヒュン!


 風切り音が鳴り響くと、アリシアへ噛み付こうと口を開いていたキラーウルフの首が大きく斬り飛ばされた。

 それも一匹だけではなく、ほとんど同時に二匹の首が舞い踊ったのだ。


「……すげぇ」

「……聖女様って、こんなんだっけか?」

「……違うだろう。これは、聖女アリシアだけが成せる業だ」


 最後にゼーアがそう確信を持って呟くと、彼は一気に駆け出してアリシアを追い越し、間近に迫っていたキラーウルフの群れ目掛けて大剣を一振り、それだけで多くの個体が絶命した。


「俺たちもやるぞ! 聖女アリシアにだけ戦わせていいのか!」


 ゼーアが声を張り上げると、続いたのはずっと及び腰だったケイナだった。


「わ、私はやります! アリシア様に、一生ついていきますから!」

「……俺たちだって、やってやるぜ!」

「こんなところで死ぬわけにはいかないんだ!」

「全員で生き残ってやろうぜ!」

「「「「おおおおぉぉおおぉぉっ!!」」」」


 一人、また一人と声を張り上げていき、いつしか田舎騎士の全員が武器を手に士気を最高潮まで高めていた。


「ありがとな、アリシア」

「いいえ、私はただ鼓舞しただけですよ」

「普通の聖女様はそんなことしないけどな!」


 語尾に力を込めて言い放つと同時に大剣を振り下ろし、キラーウルフが両断される。

 その力強さにアリシアは父親のアーノルドを思い出しながら、自らは柔の剣の加速をいかんなく発揮し、手数でキラーウルフの数を減らしていく。

 その速さは尋常ではなく、他の隊が一匹を倒すのに掛かる時間で、アリシアは四匹も五匹も倒してしまっている。

 だが、これはアリシアがあえて加速しているからであり、そうしなければならない理由があった。


「おいおい、アリシア! 飛ばし過ぎじゃないか?」

「そうですね。でも、そうしなければ、あの魔獣に集中できないので」

「……なるほど、そういうことか」


 自身が巨大だからだろうか、後方から地響きをさせながら近づいてくる魔獣の速度はとても遅い。

 しかし、巨大だからこそ間合いも広く、一度間合いに入ると当たれば即死の攻撃が襲い掛かってくるだろう。

 いまだ数が多いキラーウルフを相手にしながら巨大魔獣の攻撃を回避するのは、いくらアリシアでも絶対に大丈夫とは言い難い。ましては他の田舎騎士たちには難しいだろうと判断していた。


「ゼーアさんは、あの魔獣の名前を知っていますか?」

「あいつはたぶんだが、トロールだ」

「トロールですか? でも、あんなに大きくはないんじゃ?」

「その通りだ。だから、俺も判断に迷っている。……もしかするとあれは、トロールの上位種かもしれねえな」


 ゼーアの推測は正しかった。

 アリシアたちに迫ってきている巨大魔獣はトロールファイター、トロールの上位種だ。


「でも、上位種が単独で行動しているなんてこと、ありますか?」

「あぁ、それもおかしいところだ。もしかするとこいつは、ヤバいかもしれねえ――」


 ――ドドオオオオンッ!


 ゼーアが言葉を言い切る前に、トロールファイターからやや離れた左右の地面が大きく弾け飛んだ。


「……嫌な方の予想が当たっちまったか?」

「……上位種が率いるトロール、ということですか」


 どこに隠れていたのか、地面を捲れ上がらせ、大木を薙ぎ倒しながら、トロールの群れがアリシアたちの下へ殺到してきた。

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