第67話:聖女アリシア 20

「――来るわ!」


 アリシアが声をあげるのと同時に、茂みの奥から四肢で地面を蹴り高速で迫ってくる黒い影が飛び出してきた。


『ガルアアアアッ』

「こいつら、キラーウルフか!」

「ひいっ!?」

「はあっ!」

「っておい! アリシア!」


 迎え撃つ態勢を取ろうとしたゼーアとケイナを置き去りにして、アリシアが前に出る。

 慌てて止めようとゼーアが手を伸ばしたが届かず、アリシアは素早い身のこなしから、一直線に突っ込んできたキラーウルフの首を切り落とした。


「は、速い!」

「アリシア様、すごいです!」

「まだまだ来るわよ!」


 驚きのあまり動きを止めていた二人へアリシアが声を掛けると、弾かれたようにゼーアとケイナも武器を構えた。


「キラーウルフは群れで行動しているが、普通は人間を恐れて縄張りから出ることはない」

「それなら、ここはキラーウルフの縄張りってことですか?」

「まさか。野営地にもなっている、れっきとした人間の縄張りだ」

「でも、実際にキラーウルフはこっちに出てきていますけど?」

「……問題はそこなんだ」


 今回の騒動に関して、アリシアは前世でも遭遇したことのないものだ。

 故に何が起きているのか、どうしてこうなったのか理解できず、ゼーアに何度も質問を口にしていく。

 しかし、ゼーアもどうしてこうなったのか検討がつかず、首を捻るばかりだ。


「ま、また来ますよ!」

「ケイナは自分を守ることに集中しろ!」

「は、はい! ……って、アリシア様は!?」

「さっきのを見たでしょう? 私は守られる側じゃないから安心してちょうだい!」


 まるで水を得た魚のようにアリシアは縦横無尽に動き回り、キラーウルフをも上回る速度で剣を振るう。

 その姿をゼーアやケイナだけではなく、他の田舎騎士たちも目の当たりにすると、彼らの士気は大きく膨れ上がった。


「聖女様に負けるな! 俺たちもやるぞ!」

「キラーウルフがなんだ!」

「絶対に生き残るんだから!」


 田舎騎士たちが口々にそう言うと、襲い掛かってくるキラーウルフ目掛けて自ら接近して討伐を行なっていく。

 中には傷を負う者もいたが、それがどうしたと言わんばかりの迫力で武器を振るい、三人がお互いに支え合って命を繋いでいく。

 数の有利はキラーウルフにあるが、人間には人間の強みがある。


「そっちに行ったぞ!」

「任せろ!」

「私たちはこっちをやるわ!」

「二人でやるぞ!」


 巧みな連携からキラーウルフを孤立化させ、一匹ずつ確実に倒していく。

 時間は掛かるが、それが今の彼らにできる最善の方法だった。

 このまま時間が経てば朝日が昇り、魔獣が活発になる時間は過ぎていくことだろう。

 それまで我慢できれば、耐えることができれば勝ちだと自分たちに言い聞かせながら戦っていた――しかし、ことはそう簡単ではなかった。


 ――ズンッ! ズンッ!


 重く響く足音と共に地面が揺れる。

 それだけで、キラーウルフどころの騒ぎではない魔獣が近づいてきていることに誰もが気づいた。

 その影は茂みに隠れるなんてことができないほどに巨大であり、大柄なゼーアですら見上げるほどだ。


「……おいおい、あれは何なんだ?」

「……ひ、ひいいいいぃぃ!?」


 ゼーアとケイナが驚きの声をあげ、他の田舎騎士たちは声すら出せないほどに恐怖を感じていた。

 しかし、アリシアだけは愛剣を強く握りしめ、小さく息を吐き出すと冷静に頭を回転させていく。


(あれだけ巨大な魔獣は初めて見たけど、シザーベアほどの恐怖は感じない。ここにはお父さんもシエナさんヴァイス兄も、ゴッツさんもダレルさんもいないけど、倒せるって思えるわ!)


 シザーベアとの死闘から四年もの間、アリシアは必死になって剣の腕を磨いてきた。

 その努力が、ゼーアたちの命を守ることに繋がろうとしている。


(だけど、私一人ではきっと倒せない。お父さんたちはいないけど、ここにはゼーアさんたちがいるわ!)


 アリシアはあえて巨大魔獣に背を向けると、ゼーアたちを見渡しながら声を張り上げた。

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