第60話:聖女アリシア 13

 ――アリシアが作った昼食は、護衛騎士たちから大好評だった。

 いや、正確には護衛騎士の中でも末端の騎士と言った方がいいかもしれない。

 ホールトン付きの護衛騎士、ベントナーのような上位騎士たちはホールトンと同じ専属料理人の料理を口にすることができるが、末端の騎士たちはそうはいかない。

 自分たちで食材を運び、調理して食べなければならない。

 料理経験者がいれば話は別だが、そうでなければほとんどの場合がただ焼いただけの肉だったり、保存食をそのまま口に運ぶことしかできないでいる。

 前世では今回の護衛騎士の中に料理経験者はおらず、散々の料理を食べる羽目になっていたのだ。


「これ、マジで美味いなぁ」

「田舎者と思っていたが、これは美味いぞ」

「今回の任務の間だけでも、料理を作ってくれないかしら」


 そんな声がちらほらと聞こえている中、アリシアも自分が作った料理を完食して一息ついていた。


「私の我がままを聞いてくださり、ありがとうございました」

「いや、こちらこそありがたいよ。今回は料理経験者がいなかったからな……正直、食事は地獄だと思っていたんだ」


 遠い目をしながらそう口にした騎士を見て、アリシアは思わずクスリと笑ってしまった。


「あっ! ……し、失礼いたしました、騎士様」

「あぁ、そんなかしこまらないでくれ。騎士とは言っても、俺は平民の出だからな。それに、ここにいる連中のほとんどがそのはずだ」

「……そうなのですか?」


 思わずと言った感じで近くにいる騎士たちに目を向けると、彼らは大きく頷いた。


「でも、それならどうして料理の経験がないのですか?」

「小さい頃から働きに出るくらいには貧しい生活を強いられていたんだ。だから、稼ぐことはできても家で料理をするような気力を持っていた者がいなかったんだろう。俺を含めてな」


 そう言いながら、アリシアの横に腰掛けた騎士は自分の生い立ちを語ってくれた。


 ――彼は五人家族の末っ子だった。

 両親だけではなく、まだ幼い年頃の兄や姉も親の手伝いをして少額の給金を手に入れていた。

 だが、末っ子の彼は家の留守番を任されており、なおかつ兄や姉に比べると背丈も低く、体格も細かったこともあり、力仕事は任せられないと勝手に決めつけられてしまった。

 そのせいもあってか、彼は口減らしのために奴隷商へ売りに出され、家族のために僅かなお金に変えられたのだ。


「……酷い」

「いや、俺の家族の場合は仕方がなかったんだ」


 思わず声が漏れてしまったアリシアだが、護衛騎士は仕方がないと口にして肩を竦めた。


「俺を売った金で家族が生き長らえたのなら、それはそれで役に立ったってことだからな」

「……あなたはそれでよかったんですか?」

「うーん、よくはないけど、ただ死ぬだけの運命だったかもしれない俺が家族を助けられたんだと考えれば、少しだけど気持ちは楽になるさ。それに、流れに任せて生きてみれば、こうして末端とはいえ騎士になれたんだからな」


 最後にはそう言い切って笑った彼を見て、アリシアはギュッと拳を握った。


「……あの、お名前を聞いてもいいですか?」

「俺か? 俺はゼーアだ」

「ゼーア様、ですね」

「様だなんて、ただのゼーアだよ」


 あははと笑った護衛騎士のゼーアは、大きな手でアリシアの頭を撫でると、大きく伸びをしてから立ち上がった。


「さっきは聖女候補だなんて一括りにして悪かったな。君の名前も聞いていいか?」

「私はアリシアです。ただのアリシアでお願いしますね」

「そうか? それじゃあアリシア、片付けは俺がやるから、君はそれまで休んでいてくれ。美味しい料理、ありがとう」


 ゼーアはそう言うと空になった大鍋を手にして近くの川へと歩き出した。

 その姿を見送ったアリシアは、この移動の間だけでもちゃんとしたものを末端の騎士たちにも食べさせてあげなければと、自分に使命を課したのだった。

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