第61話:聖女アリシア 14

 ――一方、ホールトンが優雅に過ごしている天幕。

 彼は専属料理人に作らせた料理に舌鼓を打ちながら、田舎娘であるアリシアのことを考えていた。


(自警団の隊服、剣を毎日振るうだと? バカげている! あの田舎娘は聖女を、聖教会をなんだと思っているのだ!)


 普段であれば聖教会という大きな組織を前にして縮こまる少女を見て優越感に浸っているホールトンも、今回は苛立ちの方が強くなっている。

 この苛立ちはアリシアだけではなく、アーノルドにも及んでいた。


(それに田舎娘の父親だ! やはり田舎は田舎だった! こんなことであれば、こいつくらいは見逃してもよかったかもしれんな!)


 聖教会では神聖な気――つまり聖女の気配を感じた場合は一番近い聖教会の人間が必ず声を掛けなければならない。

 王都や大都市の人間であれば聖女の神託について知っている者も多いが、田舎に行けば行くほど、その存在を知る者は少なくなっていく。

 事実、ディラーナ村では誰も聖女の神託について知る者はなく、前世のアリシアは流されるがままに王都へ連れていかれていた。


「……あれの面倒を見るなど、正直面倒だなぁ」


 アリシアのことをあれと口にしたホールトンは、ナイフを置くと護衛として天幕の入り口で立っていたベントナーを手招きした。


「ご用でしょうか、大司祭様」

「この道中で、あれをどうにか処理することはできないか?」

「あれ……あぁ、あれでございますね」


 ベントナーもホールトンの言葉を理解し、そしてニヤリと下卑た笑みを浮かべた。


「もちろん、可能でございます」

「そうか。では、任せるぞ」

「はっ。仰せのままに」


 右拳で左胸を二度叩く敬礼を見せたベントナーは、その足で天幕を出ると護衛騎士たちのところへ向かう。

 だが、近くまで来るといつもとは異なり笑い声が護衛騎士たちのところから聞こえてきたことに疑問を抱いた。


(なんだ? こいつらの中に料理経験者を加えた覚えはない。いつも通りマズい飯でも食っているのかと思ったが……どういうことだ?)


 護衛騎士の選定はホールトンの護衛騎士筆頭であるベントナーが行っている。

 故に、自らが一番上の立場だという優越感に浸るために護衛騎士たちを劣悪な環境に追い込むことが多々あった。

 こうすることで優越感だけではなく、自らに逆らう者もいなくなると考えていたのだが、今回は思うように事が運んでいなかった。


(……あの田舎娘のせいか!)


 遠目から観察していると、料理をアリシアが作ったのだということに気がついた。


(これでは苦しむ田舎騎士たちの姿を見て楽しむことができないじゃないか! くそっ! くそ、くそっ! 動くなら明日かと思っていたが、こいつらの嬉しそうな声など、耳が腐りそうだ! 俺を楽しませられないなら……くくく、いっそのこと、巻き添えにしてやるか?)


 アリシアだけではなく、末端の護衛騎士も一緒に葬ってやろうかと本気で考え始めたベントナーは、これから通る道の中から処分に適している場所を思い浮かべていく。


(……よし、あそこがいいな。今日の夜には処分することができるだろう。多少無理をする必要はあるが、俺には大司祭様がついている。田舎娘や田舎騎士を処分するためなら、許してくださるだろう)


 そんなことを考えながら、ベントナーは踵を返して自らの天幕へ移動する。

 アリシアやゼーアたちを殺すための計画を、より綿密にするためだ。


(くくく! 今に見ていろよ、田舎娘め! 地獄のような殺し方をしてやるから、良い声で泣いてくれよぉ?)


 この時のベントナーの表情ほど、不気味なものはなかっただろう。

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