第38話:自警団員アリシア 16

『グルガアアアアオオオオォォオオォォッ!?』


 確信を得た勝利を目前に訪れた傷口への一撃は、シザーベアを混乱の渦に陥れた。


「お父さん、避けて!」

「くっ!」


 文句の一つでも言ってやりたかったが、今はそれどころではない。

 アリシアが現れて生への活力が生まれたからか、アーノルドは渾身の力を足に込めると大きく飛び退いた。

 直後、先ほどまでアーノルドが膝をついていた場所へ左腕が振り下ろされると、砂煙を巻き上げながら地面を陥没させる。

 着地をしたもののよろめいたアーノルドの体を支えたのは、アリシアだった。


「アリシア、お前……」

「お父さん、私を信じて。この魔獣は、私たちが倒すって」

「森の主を倒すだと? しかも……私、たち?」

「さあ、こっちに来なさい!」

「ま、待ちなさい、アリシア!」


 アーノルドの疑問に答えることなく飛び出したアリシアは、怒り狂うシザーベアの前に立つ。


『グルルルルゥゥ……ガルアアアアアアアアァァアアァァッ!!』

「あなたは私が仕留めてみせる! 誰も殺させはしないわ!」


 真っ赤に染まった瞳がアリシアを捉えると、欲望のままに突っ込んでいく。


「アリシア!」


 助けるためすぐに飛び出したいアーノルドだったが、先ほどの後退で力を使い切ってしまっており、ただ声を張り上げることしかできない。


「大丈夫だよ、お父さん」


 そんなアーノルドの想いを知ってか知らずか、アリシアは穏やかな声音でそう口にすると、ふわりと蝶のようにその場から飛び上がりシザーベアの突進を回避する。

 そのまま足音を立てずに着地したアリシアは攻勢に転じると、再び右腕の傷口目掛けて剣を振り抜く。

 二度も傷口目掛けて斬撃を浴びたことで、シザーベアの怒りは全てアリシアへと向いてしまう。


『グルアアアアッ! ガルアッ! グルオオオオッ!!』


 突進、巨椀、噛みつきによる攻撃がアリシアへと迫っていくが、回避を優先させているアリシアには当たらない。

 全てが怒りによって大振りになっているというのもあるが、シエナのように攻撃を加えなければ他へ意識が向くことがないという状況もあり、回避に専念できているのだ。

 このまま回避を続けていればいずれシザーベアは倒れるだろう。

 しかし、それができるのは恐怖を何度も体験してきた者だけだ。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……くっ!」


 アリシアはこれが初めての実戦だ。

 その中でシザーベアからの威圧を一身に集めており、常に全力で動き回っている。

 小さな体に大人と同等の体力が備わっているはずもなく、アリシアの体力は恐怖心も相まって一気に消耗されていった。


「うぐっ!」

「アリシア!」


 そして、その白く美しい肌に少しずつ傷が増えていった。

 血が滲みだし鉄の臭いがより近くで感じられる。

 それでも動きを止めないのには理由があった。


(もう少し、あと少しなんだ!)


 アリシアは徐々にアーノルドたちから離れていた。

 それは自然とではなく、意図的にそうしていた。

 そこはシエナが最初に吹き飛ばされてから戻ってきた方向であり、アリシアがやってきた方向でもある。

 それはつまり――もう一人の少年が潜んでいる場所でもあった。


『ガルガアアアアアアアアァァアアァァッ!!』

「ヴァイス兄!」

「うおおおおおおおおっ! 剛の剣――岩石割り!」


 アリシアへ突っ込んでいくシザーベアの横合いの茂みから飛び出したヴァイスが放ったのは、生前ヴォルスが最も得意としていた一撃必殺の剛の剣。

 加速と全体重を一撃に乗せて、一振りで相手を両断する。

 名前の通り岩石すらも両断したヴォルスの一振りを、ヴァイスは今できる最高の形で再現してみせた。

 鋭く振り下ろされたヴァイスの直剣はシザーベアの背中、ゴッツが放った鉄槍へ寸分の狂いなく激突し、一気に体内へと押し込んでいく。


『グルガガガガアアアアアアアアァァアアァァッ!?』

「うらああああああああっ!!」


 岩石割りの威力に耐えきれなくなった直剣が半ばから折れてしまうまで力を込め続けた一撃は、致命傷を与えるには十分なものになっていた。


「やった! ヴァイス兄!」

「父さんの仇、討たせてもら――!?」

『ガルアアアアッ!!』


 確かに致命傷のはずだった。

 しかし、実戦が初めての二人は気づいていなかった。

 魔獣を相手にするのであれば、最も警戒すべきは――相手が死ぬ間際だということを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る