第37話:自警団員アリシア 15
『ガルガアアアアアアアアァァアアァァッ!?』
アーノルドの大剣が振り下ろされた直後、シザーベアの絶叫が森の中にこだましていく。
「やったわ!」
「さすがは、団長だ」
「はは、これで、俺たちの勝ちだな!」
シエナが、ゴッツが、ダレルが勝利を確信して声をあげる。
「……くそっ、しくじった! みんな、逃げろ!」
『ガアアアアアアアアァァッ!!』
「ぐおおおおおおおおっ!」
しかし、アーノルドは舌打ちをしながら退避を命じた。
直後に振り抜かれたのは、切り落とされなかった左腕による一撃だった。
なんとか大剣で受け止めたものの、アーノルドは地面を足で削りながら後方へ吹き飛ばされると、止まったところで膝が崩れてしまう。
「「「だ、団長!」」」
「くっ! ……力が、入らん!」
アーノルドが放った剛の剣は、自身の持つ最高の一撃だ。
しかし、それには大きな反動があり、放った直後には大きく筋肉を損傷してしまう、いわば諸刃の一撃だった。
『……グルルルルゥゥ』
右腕を切り落とされたものの、シザーベアはいまだ健在。
傷口からぼたぼたと大量の血が零れ落ちているが、そんなこと気にも留めていないのか、その視線は右腕を切り落としたアーノルドに向けられている。
「……お前は死ぬだろう。私一人の命で村を守れるのだから、儲けものだと思わなければならんな」
動けない体ではどうすることもできないと、アーノルドは生き残ることを半ば諦めていた。
「そんなこと、させるものですか!」
「止めるんだ、シエナ!」
そこへ飛び出していったのは、唯一まだ動くことができたシエナだった。
右腕の傷を見て時間を稼ぐことができれば誰も死ぬことなく勝利を手にできる。そう判断したシエナは時間を稼ごうと先ほどと同じ行動に打って出た。
『グルオオオオオオオオォォオオォォッ!!』
「くあっ!?」
『ガルアアアアッ!』
「きゃああああっ!?」
「シエナ!」
動けるとはいえ、すでに限界に近い加速をもって動き回ったあとである。
シエナの体も気づけば限界を迎えており、動きは先ほどと比べて大きく落ちていた。
周りで動き続けようとしていたシエナの動きはシザーベアに捉えられており、目の前に来たところで大咆哮をあげられると恐怖で足が止まってしまい、そこを狙われて一撃を貰ってしまった。
大きく吹き飛ばされたシエナは受け身も取ることができず、背中から大木に打ち付けられて気絶してしまう。
「くっ! き、貴様ああああっ!!」
『グルルゥゥ……グルオオオオオオオオォォオオォォッ!!』
アーノルドも、ゴッツもダレルも、シエナも動けなくなった現状を確認したのか、シザーベアは勝利の雄叫びをあげた。
「貴様もどうせ死ぬだろうに、ふざけるなああああっ!」
『ガルアアァァ』
怒りに声をあげたアーノルドへ顔を向けたシザーベアが、ニタリと笑ったように見えた。
その瞬間、アーノルドは歯噛みしながら頭の中ではアリシアの顔を思い出していた。
(……すまない、アリシア。私は、ここまでのようだ)
アリシアの忠告をちゃんと聞いていればよかった。
アリシアの話にもっと耳を傾けるべきだった。
アリシアの不安を取り除けるよう正面から語り合うべきだった。
そんな後悔ばかりが頭をよぎってしまう。
「こんなダメな父親で、すまなかったな」
『グルアアアアッ!!』
大きく開かれた口からは涎が零れ落ち、鋭く伸びた牙が姿を露わにする。
ゆっくりと迫ってくるその口内を、アーノルドは目を背けることなく睨みつけた。
「――やらせないわ!」
そこへ響いてきたのは誰よりも聞き慣れた、もっとも愛する者の声だった。
まさかと思わざるを得なかった。
しかし、アーノルドがその者の声を聞き間違えるはずがなく、だからこそ信じられなかった――否、信じたくなかった。
「アリシア!」
「お父さんから、離れなさい!」
アリシア渾身の一撃が、シザーベアの傷口へと襲い掛かった。
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