第36話:自警団員アリシア 14

「――シエナ、戻りました!」


 シエナは何食わぬ顔で前線へと復帰した。


「遅かったじゃないか、大丈夫か?」

「はい! 少しだけ意識を飛ばしていただけです!」

「それは大丈夫とは言わないだろう!」


 ゴッツの確認にシエナが答えると、それに対してダレルが心配そうに声をあげた。


「この程度は問題ありません!」

「なら構わん。だが、無理はするなよ」

「いいのかよ! ったく、団長もゴッツさんも人使いが荒いんだからさぁ」

「何か言ったか?」

「な、なんでもありません!」


 ゴッツがギロリと睨みを利かせると、ダレルは視線を前方に向けて話を逸らせた。


「戦況はどうですか?」

「団長とシザーベアは一進一退といったところだ。だが、持久戦となれば厳しいだろうな」

「なんとか俺たちと交代して休んでもらっているけど、もって五分くらいだからな。最終的にじり貧なのはこっちってわけだ」


 数を投入することも選択肢の一つだが、それでは多くの犠牲を伴った勝利になるだろう。

 それをアーノルドは望んでおらず、そうして手に入れた勝利の先にあるのが多くの悲しみであることはゴッツとダレルも知っている。

 だからこそ、今ここでケリをつけたいと考えていた。


「団長! シエナが戻りました!」

「よし! 一気に仕掛けるぞ!」

「「「はい!」」」


 直剣と鉄槍を構えた三人がシザーベアを包囲すると、じりじりと間合いを詰めていく。

 目の前のアーノルドを相手に周囲にも気を張り巡らせているシザーベアの苛立ちは計り知れないだろう。

 故に、シザーベアは倒しやすいと判断した相手目掛けて一直線に突っ込んでいく。


「行ったぞ――シエナ!」

『グルアアアアッ!』

「さっきとは違うってところ、見せてやるわよ!」


 アーノルドの声とシザーベアの雄叫びが重なった。

 シエナは先ほど、間合いを図り損ねて吹き飛ばされてしまった。

 だが、その甲斐もあってかすでにシザーベアの間合いを完全に把握している。

 鋭い爪が月明かりに照らされながら振り抜かれるが、シエナは軽やかな足取りで回避すると、真横を抜けながら剣を横に薙ぐ。

 間違いなく命中した。だが、シエナの表情は冴えない。


「やっぱり、私の剣じゃあ分厚い体毛を切り裂けないか!」


 全ての柔の剣が軽いわけではない。

 今回でいえばシエナが扱う柔の剣は動きの速さに特化したものであり、一撃の重さが他の柔の剣と比べて軽かった。

 それに加えてシザーベアの体毛である。

 剛毛でありながらしなやかで、威力に特化した剛の剣ですら体毛の先にある皮膚を切り裂くことすら困難を極めてしまう。

 現状、シザーベアとシエナの相性は最悪なものだった。


「それでも、足を止めるわけにはいかないのよ!」


 シエナがシザーベアに一矢報いるならば、急所を狙った一撃を加えることだろう。

 しかし、相手も急所への攻撃は常に警戒しており、そこを狙ったが最後カウンターの一撃で地に叩き伏せられるに違いない。

 それを理解しているシエナは、さらに加速しながらも急所を狙うような愚行は犯さなかった。


「さあ! 私の動きが追えるかしら!」

『ガルアアッ! グルルゥゥ、グルアッ!』


 まるでシザーベアを挑発するかのように目の前を動き回り、効きもしない斬撃を加えていく。

 それがさらにシザーベアの苛立ちを募らせる格好となり、視野が段々と狭くなっていく。


「そうよ! 私だけを見なさい! 私はただの――囮なんだからね!」


 そう、シエナの役目は囮に過ぎない。

 何故ならこの場には他に、攻撃を担える者がいるのだから。


「うおおおおおおおおっ!」

「せいやああああああああっ!」


 渾身の力を込めた鋭い刺突と、最大速度から振り抜かれた鋭い斬撃が、シザーベアの背後へと襲い掛かった。

 地面を踏み砕きそうなほどの気合いが込められたゴッツの刺突。

 残像が見えるのではと錯覚するほどの速度を持ったダレルの袈裟斬り。

 二人の攻撃は間違いなくシザーベアの背中を捉えていた。


「……くっ! ぬ、抜けんぞ!」

「手を離せ! ゴッツさん!」

『グルアアアアッ!』

「ぬおおおおぉぉっ!?」


 シザーベアの皮膚まで到達し貫いた鉄槍だったが、穂先が食い込んでしまい巨体のゴッツがどれだけ力を込めても引き抜けない。

 それを良しとしたのか、シザーベアはそのまま体を振り回すと、ダレルの警告も間に合わず鉄槍を半ばからへし折りながら、力任せにゴッツを弾き飛ばしてしまった。


「て、てめええええっ!」

「ダメです! ダレル分隊長!」


 頭に血が上ったダレルが再び加速してシザーベアへ突っ込んでいく。

 だが、今度はシザーベアもダレルのことを視界に捉えている。

 大きく振り上げた巨椀が横に薙がれると、間一髪で直剣を盾にできたものの構うことなく殴り飛ばされてしまった。


「ぐがああああっ!?」


 しかし、ダレルの表情には笑みが浮かんでいた。

 彼だけではなく、ゴッツの表情にもだ。

 何故ならここまでの展開は全て――アーノルドの思惑通りだったから。


「頼みましたよ!」

「団長!」

「やっちゃってください!」

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっ!!」


 傷を負うことを覚悟の上で、シエナだけではなくゴッツとダレルも囮になっていた。

 全てはアーノルドの放つ、必殺の一撃へと導くために。

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