第33話:自警団員アリシア 11
「――ヴァイス兄!」
ヴァイスの背中が見えたところで、アリシアが叫んだ。
呼び止められるとは思っていなかったのか、ヴァイスは立ち止まると驚いた表情で振り返った。
「……アリシア?」
「はぁ、はぁ……ヴァイス兄、戻ろうよ」
膝に手を置いて肩で息をしながら、アリシアは説得を試みた。
「……ごめん、アリシア」
「……ヴァイス兄?」
「……俺は、戻らない」
「な、なんで? 危ないよ、早く戻ろうよ」
恐怖を感じながらも、アリシアはヴァイスの手を取って戻ろうとした。
しかし、ヴァイスはグッと体に力を込めて動くことはなく、アリシアの力ではどうしようもなかった。
「……死んじゃうよ?」
「……わかってる」
「わかってるなら戻ろうよ! なんで森に行こうとするのよ!」
理由なんてわかり切っている。何故ならアリシアはヴァイスの変化に気づいた唯一の人物なのだから。
だとしてもそのままヴァイスを向かわせるわけにはいかず、動かないものの掴んだままのヴァイスの手を離そうとはしなかった。
「……シザーベア。森の主。それって、父さんの仇なんだろう?」
しかし、ヴァイスの口から父親の仇なのかと問われたアリシアは、何も言えなくなってしまう。
その代わりではないが、彼を掴んでいた手から力が抜けてしまい、ダラリとその腕を下ろした。
「……やっぱり、そうなんだな」
「……ごめん、何も言えなくて」
「いや、いいよ。教えたらこうなるってわかっていたんだろう?」
ヴァイスの言葉に、アリシアは静かに頷いた。
「……ヴァイスのお父さんでも、勝てなかった魔獣だよ? ヴァイス兄が勝てるわけないじゃない」
「わかってる。でも、俺がやらないといけないんだ」
アリシアがどれだけ被害を減らそうと奔走しても、何故か自体は悪化してしまう。
あと二日は猶予があると思われたシザーベアが現れてしまい、アーノルドやシエナたち自警団員が危険に晒されている。
そして今度はヴァイスが危険へ飛び込もうとしている。
「死んじゃったら、ジーナやリーナさんが悲しむじゃないのよ!」
「そうだけど……俺、ずっと父さんの仇を討つことを誓っていたんだ。でも、今を逃したらおじさんや他の自警団員に奪われちゃうじゃないか」
「それでもいいじゃない! ヴァイス兄が死んだら、意味がないよ!」
「……ありがとな、アリシア」
どれだけ声をあげても、ヴァイスが止まることはない。それだけの覚悟を決めているのだ。
「……だったら、私も行くわ」
「ダメだ!」
「ここでヴァイス兄だけを行かせたら、私はきっと後悔するもの! それだったら、私も行った方が生きて帰れる可能性は高くなるわ!」
「そんなこと、おじさんは望んでいないだろう!」
「ヴァイス兄が私の言うことを聞かないんだったら、私もヴァイス兄の言うことなんて聞かないわ!」
今世では誰も犠牲にはしたくないと思っているが、そのせいで犠牲が増えてしまうなどあってはならない。
どうせ一度は失った命なのだからと、アリシアは我がままに助けられる可能性があれば、それがどれだけ無謀であっても選択するという覚悟を決めていた。
「お父さんも死なせないし、ヴァイス兄も死なせない! みんなで生きてディラーナ村に帰るんだから!」
これはヴァイスの知らない前世のアリシアの考えからなる言葉だった。
だからかもしれないが、アリシアの言葉には重みと迫力が伴っており、ヴァイスは自分でも気づかないうちに気圧されてしまう。
「……どうなっても知らないからな?」
「わかっているわ。私だって、覚悟を決めているんだから」
そもそも、アリシアも何かあれば森へ入ろうと内心では考えていた。
そこにヴァイスの犠牲は考えていなかったが、同じ考えを持っているのだから説得も難しいだろうと、ならば一緒にいた方が何かあった時に助けられるだろうと考えたのだ。
「行きましょう、ヴァイス兄!」
「……ったく、マジで知らないからな!」
こうしてアリシアとヴァイスは、アーノルドたちから遅れて森に入っていった。
――ヴァイスの場合はまだ子供だから思慮に足りないことはあるだろう。
だがアリシアはどうだろうか。
前世の記憶を残したまま過去に逆行してきた少女は、大人としての思考も併せ持っている。
しかし、だからといって理性的に自分の感情を止めることができるかと言われれば、必ずしもそうではない。
むしろ、前世で悲惨な死を遂げたアリシアにとって現状を打開したいという強い想いがあり、判断を誤ることもあるだろう。
それが今回のことなのかどうかはわからない。その結果は、今から知ることになるのだから。
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