第34話:自警団員アリシア 12

 ――ガキンッ! キンキンッ!

 ――ドゴンッ!


『グルオオオオオオオオォォオオォォッ!!』

「くそっ! 援軍はまだか!」

「これ以上戦線を下げたら、村が戦場になりかねんぞ!」

「そんなことはわかって――ぐはっ!?」

『ガルアアアアァァッ!』


 アーノルドから情報を聞いて見回りを続けていた分隊長の一人が、横に薙がれた右の巨椀による一撃を受けて吹き飛ばされる。

 背中から大木に叩きつけられると、苦悶の声を漏らしながら意識を失ってしまう。

 すでに三人の分隊長が倒れており、立っているのは残り二人だけ。それも、傷だらけで満身創痍の状態だ。


「団長から聞いてはいたが、これほどとはな」

「やはり、手を出すべきじゃなかったんだ!」


 彼らはシエナと同じで、ヴォルスに助けられた当時の自警団員たちだった。

 アーノルドから森の主の話を聞き、仇を討つために滾っていたが、今は手を出すなと厳命されてしまった。

 その場では素直に頷いた分隊長たちだったが、内心では仇を目の当たりにして自分を止められる自信はなく、むしろ止めるつもりなどなかった。


「……せめて、もう片方の目を潰して死んでやるさ!」


 森の主の左目には、縦に大きな傷跡が残っている。

 三年前、ヴォルスが命を懸けて振り抜いた剛の剣によって付けられた傷であり、それによって左目を失っていた。

 このヴォルスの一撃によって森の主は逃げ出し、今日に至るまでディラーナ村の近くには現れていなかった。


「無茶をするな!」

「右目を潰せれば、きっと団長がなんとかしてくれる!」

「ダメだ! 止めろ!」


 前に立っていた槍を持つ分隊長が玉砕覚悟で前に出る。

 防御を捨て、真っすぐに飛び出した分隊長が槍を渾身の刺突を放った。


「うおおおおおおおおっ!」

『ガルアアアアァァッ!』


 ――バキッ!


 しかし、振り下ろされた左腕が鉄製の槍を半ばから叩き折ってしまい、分隊長はシザーベアの目の前で無防備に晒されてしまう。


「……くそっ。すみません、団長!」

『ガルアアアアアアアアァァッ!』

「止めろ! 止めろおおおおっ!」

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっ!!」


 もう一人が悲鳴にも似た声をあげた直後、後方から一気に駆け抜けていった一つの影が雄叫びをあげながら突っ込んでいく。

 雄叫びを聞いたシザーベアは持ち上げていた左腕を目の前の分隊長ではなく、その間横へ振り下ろした。


 ――ガギンッ!


 重く、鈍い音が森の中に響き渡る。


「やらせるかああああああああっ!」

「「だ、団長!」」

「早く下がれ!」

「は、はい!」


 折れた槍をその場で投げ捨て、分隊長は近くに倒れていた仲間を担ぐと急いで下がっていく。

 すると、さらに後方から多くの援軍が駆けつけていることに気づき、分隊長はホッと息を吐き出した。


「こいつの相手は私がする! ダレルとシエナは援護しろ! 誰かゴッツに槍を貸してやれ! 残りは倒れている分隊長を回収して撤退だ!」


 シザーベアの相手をしながら矢継ぎ早に指示を飛ばすアーノルド。

 自警団員たちもすぐに行動へと移し、分隊長として最後まで残っていたダレルが直剣を構え直すと、その横にシエナが並び立つ。


「シエナ、無理はするなよ」

「無理をしていたのはダレル分隊長たちじゃないですか」

「はは、確かにそうだな。……本当、こいつを目の当りにしたら、言い訳もできないよ」

「……分隊長」


 そう口にしたダレルの言葉は、僅かに震えていた。

 三年前のあの日、彼は何もできずにシザーベアの一撃を浴びて意識を失ってしまった。

 そして、目を覚ました時には詰め所の救護室であり、ヴォルスが殺されたことをベッドの上で知らされた。

 あの日から必死になって鍛錬を続け、分隊長に任命されるほどの腕を身に付けたと自信を深めていたのだが、いざ森の主を目の当たりにすると三年前の恐怖が蘇ってきてしまったのだ。


「……情けないよ。こんな奴が分隊長をやっているだなんてな」

「そんなわけがあるか、バカ野郎」

「……ゴッツさん」


 声の方へ二人が振り返ると、折れた鉄槍の代わりを手に戻ってきたゴッツが鼻息を荒くして立っていた。


「お前は団長に認められてここにいるんだ。情けないわけがないだろう」

「……でも、俺――痛いっ!」


 気持ちが折れかけていたダレルに対して、ゴッツは拳骨を食らわせた。


「い、痛いじゃないですか、ゴッツさん!」

「部下の前で弱音を吐くからだろうが。それに、あの団長を見てお前は負けると思っているのか?」

「……団長、すごいですよ、ダレル分隊長!」


 シエナからもそう言われて視線を前に向けると、アーノルドはその場で足を止めてシザーベアとやり合っている。

 鬼の形相でシザーベアとやり合っている姿は、自警団員から見れば希望の星のように見えていた。


「お前は団長から名指しで援護を頼まれたんだ。その期待を裏切るつもりか?」

「……はは、そんなわけ、ないじゃないですか!」

「わ、私もお供します! ダレル分隊長! ゴッツ分隊長!」

「やるぞ! 俺たちで森の主を倒すんだ! ヴォルス副隊長の仇を討つんだ!」

「「はい!」」


 そして三人は散開、アーノルドとシザーベアを囲むような立ち位置から武器を構えた。

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