第31話:自警団員アリシア 9
何事だと窓から外をみるアリシアとは異なり、アーノルドは椅子から立ち上がるとすぐに外に飛び出した。
「お、お父さん!」
慌ててアリシアも飛び出すと、アーノルドが森の方へ視線を向けていることに気づいた。そして――
――グルオオオオオオオオォォオオォォッ!!
聞き覚えのない何者かも咆哮が、森の方から聞こえてきた。
「……な、なんなの?」
「あいつら、絶対に手を出すなと言っておいたのに!」
「何か知っているのね、お父さん!」
アーノルドの言葉に反応したアリシアだったが、彼が質問に答えることはなかった。
「アリシアは家にいなさい!」
「お父さんはどうするのよ! 今の声は……まさか!」
「……おそらく、そのまさかだ」
森の主であるシザーベアが、咆哮をあげて自らの存在を知らしめたのだ。
だが、アリシアは困惑していた。
何故ならシザーベアが村に降りてくるまでにはまだ二日の猶予があるはずだったからだ。
「……手を出すなって、まさか分隊長たちなの!?」
「……」
「答えてよ、お父さん!」
「……いいから、家にいるんだ」
「お父さん!」
「アリシア!」
今まで怒鳴られたことなどなかったアリシアだったが、今日初めてアーノルドの怒声が彼女めがけて放たれた。
ビクッと体を震わせたアリシアを見て、アーノルドは唇を噛み締めたが、すぐに長い息を吐き出した。
「……アリシア、すまない。私は詰め所へ行かないといけないから、家にいなさい。いいね?」
「……」
「……それじゃあ、留守を頼んだよ」
アリシアの返事を待たずに詰め所へ向かおうとしたアーノルド。
しかし、そんな彼の背中に掛けられた声は、求めていたものとは真逆のものだった。
「私も行くわ、お父さん!」
「ダメだ!」
「いいえ、行くわ!」
「アリシア!」
いうことを聞かないアリシアへ振り返り歩み寄ると、アーノルドは両肩を掴んで真っ直ぐに見つめながら説得を試みる。
「夜の森は危険だ。私や分隊長たちなら経験があるが、お前はないだろう」
「だったら他の自警団員と一緒に行動すればいいわ! 私は一人じゃないもの!」
「それでも危険なものは危険だ! それに、お前は無理をしなくてもいいんだ!」
「どうして? 私は、本当の自警団員じゃなかったの? みんなで寄ってたかって嘘をついていたの?」
「そうじゃない」
「なら、私も行くべきだわ!」
「アリシア!」
「――団長!」
口論の最中、突如としてアーノルドを呼ぶ声が聞こえてきた。
その声は二人ともに馴染みのある声であり、アーノルドからすると頭を抱える状況になってしまった。
「シエナさん!」
「アリシアちゃんもまだ起きていたのね。それよりも団長、聞きましたか?」
「……あぁ」
「シエナさん! どうやら分隊長たちがシザーベアと遭遇したみたいなんです!」
「アリシア!」
「ぶ、分隊長たちが? ……団長、それはどういうことですか?」
シエナには何も伝えていなかったアーノルドからすると、どうしてシザーベアのことを聞いても驚かないのかと疑問を覚えた。
そしてすぐにアリシアが伝えたのだと思い至り、彼は嘆息する。
「アリシア、どうして……」
「黙っていろとは言われていないもの」
「団長、どういうことですか! 私は三年前のあの日から、副団長の仇を取るために必死になって剣を学んできました! それなのに、仲間外れにするというのですか!」
「そうじゃない。私はお前たちのことが心配で――」
「心配されるほど、私たちは弱いということですか? 団長は、私たちのことを一切信用していないということですか?」
シエナの必死の訴えに、アーノルドは言葉を詰まらせてしまう。
ここで違うと言ってしまえば、シエナを含めた若い自警団員もシザーベア討伐に森の中へ向かうことになるだろう。
しかし、信用していないなどとは口が裂けても言えなかった。言ってはいけないとすら思っている。
だからこそ、アーノルドは何も言えなくなり、ただ苦痛の表情を浮かべることしかできないでいた。
「……行きましょう、シエナさん」
「アリシアはダメだ!」
「私も自警団員です! 森の中に行くのがダメでも、ここで何かできることがあるはずだわ!」
「そうですよ、団長。アリシアちゃんはもう、立派な自警団員です。それはヴァイス君やジーナちゃんも同じですよ」
「……このタイミングでどうして二人の名前が出るんだ?」
「ここに来る途中で顔を合わせました。二人はすでに詰め所へ向かっています」
シエナの言葉にアーノルドはハッとした表情になり、睨むようにして彼女を見た。
「シエナ、お前!」
「アリシアちゃんも二人も、私は命を預けるに足る自警団員だと思っております! 仲間だと思っております! 団長はそうではないのですか!」
「お父さん!」
ここまで言われてしまえば、アーノルドはアリシアではなく自分が我がままを言っているのだと気づかされてしまう。
男手一つで必死に育ててきた娘だからと、危険から遠ざけたいという思いが前に出過ぎていたのだと。
それでもやはり、危険からなるべく遠ざけたいと思うのは、親としては仕方がないのかも知れなかった。
「……裏方の作業だけだ。森の中には絶対に入ってはいけないよ」
「はい!」
「行きましょう、アリシアちゃん!」
こうしてアリシアたちは自警団詰め所へ駆け出したのだった。
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