第30話:自警団員アリシア 8

 その日の夜、アリシアはアーノルドと無言のまま帰り道を歩いている。

 何故アリシアが黙っているのか、その理由になんとなく察しがついているアーノルドもどう声を掛けるべきかわからず、二人とも黙り込んでいた。

 詰め所からもうすぐ家に向かう一本道へ差し掛かったところで、意を決したようにアリシアが口を開いた。


「……ねえ、お父さん」


 まさか声を掛けられるとは思っていなかったのか、アーノルドはハッとしたような表情で振り返ると、すぐに柔和な笑みを浮かべる。


「……どうしたんだい、アリシア?」

「……シザーベアのこと、どうしてシエナさんたちに伝えなかったの?」

「……やはり、そのことか」

「だって! シザーベアのことを知っている自警団員は多い方がいいじゃない! それに、聞いたんだよ? お父さん、今までも危ないことがあると、分隊長にだけ話をして、他の人には何も伝えていないんでしょう?」


 アリシアがそう口にすると、アーノルドは右手で顔を覆いながらため息をつく。


「シエナの奴、余計なことを」

「余計じゃないよ! どうしてシエナさんたちに伝えないの? みんな心配しているし、お父さんたちのことを助けたいって思っているんだよ?」


 心配そうにそう口にしたアリシアを見て、アーノルドは小さく息を吐き出す。

 そして、家の前まで来ていたのだが、玄関へ向かうことはなく、その足を別の方向へと向けた。


「お父さん、どこに行くの?」

「ついてきなさい」


 質問に答えるではなく、ただついてこいとだけ口にしたアーノルド。

 困惑しながらも、アリシアは彼の言葉に従いあとを追いかけていく。

 すると、向かった先は家の裏手――ミーシャのお墓がある場所だった。


「……お母さんが、どうかしたの?」

「アリシアは、ミーシャがどうして亡くなったかを知っているだろう?」

「……森の中から飛び出てきた魔獣から、近くで遊んでいた私たちを守るため」

「そうだ。誰かを守ろうとする行為はとても素晴らしいことだと思っている。だが、それは常に危険と隣り合わせになるということでもあるんだ」


 ミーシャが亡くなった当初、アリシアは自分のせいで母親が死んでしまったのだとふさぎ込んでいた。

 あの時ほど無力な自分を嘆いたことはなかっただろう。


「ミーシャだけじゃない。ヴァイスとジーナの父親はとての強い自警団員の副団長だったが、仲間を守るために自らの命を散らせてしまった」

「……うん」

「強い人間でも、誰かを守ろうとすることはやはり、危険と隣り合わせになってしまうんだ」

「……でも、だったらどうしてシエナさんたちには伝えないの?」


 アリシアはずっと聞きたかったことを、改めて問い掛けてみた。


「シエナたちはまだ若く、実力も私たちに比べればまだまだだ。だが、才能はあると思っている。それこそ私なんか追い越してしまうくらいの素晴らしい才能がね。だからこそ、私は今ここで彼女たちに命を散らしてほしくないと思っているんだよ」

「……シエナさんたちを守るためなの?」

「あぁ、その通りだよ」


 そう口にしたアーノルドは、いつもと変わらない柔和な笑みを浮かべながらアリシアの頭を優しく撫でた。

 まるでこの話はこれでおしまいだと言っているようだったが、アリシアは終わらせるつもりは毛頭なかった。


「……でも、それじゃあお父さんのことは誰が守ってくれるの?」

「……私は大丈夫さ。何せ、剛剣のアーノルドだからね」

「お父さんはさっき言っていたわ。強い人間でも、誰かを守ろうとすることは危険と隣り合わせになるんだって」

「それは、そう言ったが……」

「それに、お父さんは間違っているわ」


 視線を逸らそうとしたアーノルドとは違い、アリシアは彼から一切視線を逸らすことなく真っすぐ見つめながら言葉を続けていく。


「守りながら戦うんじゃないわ。守り、守られながら戦うんだよ」

「……守り、守られながら?」

「そうよ。お父さんはシエナさんたちを守る必要があると思っているけど、みんなは違うわ。お父さんたちを助けたい、一人では無理でも力を合わせれば助けることができるかもしれない、そう考えているわ!」

「だが、実際にそうだったとしてもシエナたちの実力はまだまだで――」


 アリシアとアーノルドが言い合いをしていた、まさにその時だった。


 ――カンカンカンカン! カンカンカンカン!


 ディラーナ村に、危険を知らせる鐘の音が鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る