第29話:自警団員アリシア 7
いったい何を話せばいいのかと考えていると、シエナはくすりと笑いながら口を開いた。
「団長のことが気になるの?」
「……えっ?」
突然の質問にアリシアはどう答えるべきか悩んでしまう。
そんな彼女の様子を見てか、シエナは続けて話をしていく。
「団長って、何か危ないことがあるとああやって分隊長だけを集めるのよ」
「……そ、そうなんですか?」
「うん。だから、今回も何かあったんだろうなーって思っているんだけど、それがなんなのかはわからなかったりするのよ」
「……わからないんですか?」
まさかの答えにアリシアは困惑してしまう。
しかし、その答えはすぐにシエナから口にされた。
「危ないことを自分と分隊長だけで抱えて、下の団員には無理をさせないって感じかな。まあ、団員は誰もそんなこと望んでいないんだけどね」
自分たちもディラーナ村の危機を一緒になって救いたい、そう考えている自警団員の方が大半だった。
よく見ると訓練に身が入っていなかったのはアリシアだけではなく、他の自警団員たちも詰め所に視線を送っている者が多かった。
「だからさ、私はアリシアちゃんが事情を知っているなら聞いておきたかったんだよね」
「そ、それは……」
そこまで口にしたアリシアは、横目でヴァイスとジーナを見た。
もしも二人に聞かれてしまえば、父親の形を取るために自ら危険へ飛び込んでいってしまうだろう。
それだけは絶対に避けなければならない。
アリシアが二人のことを気にしていると気づいたシエナは、僅かに立ち位置を変えた。
「……シエナさん?」
「これで私からも、アリシアちゃんからも、二人が見えるでしょ? 大丈夫、二人が聞き耳を立てていると思ったら黙ってもいいからさ」
ニコリと笑いながらそう口にされたアリシアは、少しだけ内容を変えてシエナに伝えることにした。
「……実は、森の中で一際大きなシザーベアが目撃されたみたいなんです」
「シザーベアが? うーん、そんな情報、自警団には入ってきていないけどなぁ」
「お父さんに直接報告があったみたいで、たぶんそのことを話し合っているんだと思います」
アリシアが伝えたこと、そしてヴォルスを殺した個体であることは伏せた。
シエナがこの説明で納得してくれるかはわからないが、それでも今のアリシアにできる最大限の説明だった。
「……シザーベアかぁ」
「……どうしたんですか?」
「……団長、ヴォルスさんのことを言っていなかった?」
「ど、どうしてそれを!?」
驚いたアリシアは僅かに声を大きくしてしまう。
するとヴァイスとジーナがこちらに視線を向けたものの、シエナが笑いながら軽く手を振ると、首を傾げたもののそのまま訓練に戻っていった。
「……す、すみません、シエナさん」
「ううん、いいのよ。でも……そっかぁ。やっぱりねぇ」
「……シエナさんも、ヴォルスさんのことを知っているんですか?」
アリシアの言葉にシエナは珍しく困惑顔を浮かべたものの、小さく息を吐き出してから口を開いた。
「……私も助けられたの」
「……えっ?」
「三年前。ヴォルスさん……いいえ、副団長が亡くなったあの日、私も助けられた自警団員の一人だったのよ」
まさかの事実にアリシアは両手で口を押えながら驚いてしまう。
シエナは一九歳と自警団の中でも若い方に入る。
三年前となれば彼女は一六歳だが、そんな少女が自警団に入っており、なおかつシザーベアと相対していたのかと考えると、当時の恐怖は計り知れなかっただろう。
「最初こそやってやるって気持ちだったんだけど、あのシザーベアを目の当りにしたら、心が折れちゃったんだよね」
「……そんなに怖い、魔獣なんですか?」
「シザーベア自体がそうじゃないのよ。ただ、あの個体だけは特別だったのかもしれないわ」
「お父さんは、森の主かもしれないと言っていました」
アリシアがそう伝えたところで、シエナは腕を組み考え込んでしまう。
その姿に不安を覚えたアリシアだったが、シエナはすぐに視線を彼女に戻してニコリと笑った。
「まあ、団長たちがきっとなんとかしてくれるでしょう! 何せ、剛剣のアーノルドだもんね!」
「……はい」
シエナの言葉にアリシアも笑って答えたが、心の底から笑うことはできなかった。
何故ならアリシアは知っているから。
このままではアーノルドが剣を持つことができなくなるかもしれないということに。
――結局この日、アーノルドから自警団員にシザーベアのことが伝えられることはなかった。
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