第2話

休憩室はいたってシンプルだった。

入り口を入ってすぐ右手に台所があり、ポットと各自のマグカップやその他自由に使える食器が少しおいてある。

台所を背に4人掛けのテーブルと椅子が置いてある。

そのテーブルは入り口と反対の壁際に隣接し、小さいテレビが置いてある。

私はひとり、近所の仕出し屋のからあげ弁当を食べながら、テレビに目をやった。

お昼のニュース番組では、地球の環境問題について司会者が台本に書かれたテーマに沿った質問を投げかけ、3名のご意見番がそれぞれの意見を主張し合っていた。

しかし、それらの意見がきちんと私の耳に届くことはなかった。

それらは雨音に紛れて雑音と化していた。

その時の私にとって地球環境問題は、取り立てて思考を巡らす余地のない事象であり、それ以上に深刻な問題を自分の中に見出していたのだ。

あまり心地良いとは言えない雑音をBGMに、ふと、とある日の思い出が蘇る。

それはとても遠い過去で今にも消えてなくなってしまいそうだった。しかし同時に、つい数分前のことのように、限りなく鮮明な風景として私の記憶に刻まれていた。



夏の夜、星を見に行きたいという私の我儘に君が付き合ってくれた時のことだ。

少し山の深いところまで行ったからか、夏の夜にしては肌寒く、雲ひとつない星空の下は現実から遠い場所のように感じていた。


私はとても注意深く触れるかのように、沈黙の中へ言葉を零していった。

「泣いたって別に何も変わらないのに

どうしようもなく溢れてくるのは

なんでなんだろうね


特にどこか痛いわけでも

辛くて苦しいわけでも

なんでもないのにね


いつからなんだろう

埋まることのない

癒えることのない

この傷が深く深く刻まれてしまったのは…」

君はまっすぐ私を見つめて、少し悲しそうにしていた。

「なんてね。」

私は君に向かって力なく笑ってみせた。

君はそっと私の頭に手をのせて、微笑んでくれた。

溢れる涙を止める術はなかった。声をあげてしゃくりあげながら泣いた。何も考えずに。ただ、ひたすらに。

君は遥か遠くの星の瞬きに視線を伸ばしながら、そっと私の頭を撫でるだけだった。

その掌の温もりは心地良く、沈黙は優しかった。



どうかしてたんじゃないか、と思う。

でも、あの時あの場所に居てくれたのが君で、私を支えてくれたのが君で、本当に良かったと思う。心から。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日は君がいない でめきん @dmkn1984

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ