05.日記
*
5/19(日)
もうここには居られない。私は家を出る。
5/20(月)
自由。至極快適。
5/22(火)
食べ物がない。
(空欄)
(空欄)
(血)
(空欄)
6/15(土)
変な女に殺されそうになった。
別の女に助けられた。
女はホームレスらしい。名前はジョン・ドゥ子(仮)。なぜか名前を教えてくれない。“自分殺し”の殺人鬼と言っていた。軽薄な人。子供相手なら都合の悪いことを隠しておけると思っている典型的な大人だが、それをやりとげるだけの意地悪さもないらしい。
ひとりで何年も旅していると言っていた。
ひとり旅は限界。この人についていくことにする。
6/16(日)
ドゥ子(仮)に、廃棄食品あさりのコツを教わった。満腹。良。
ドゥ子(仮)の能力について聞いた。他人が彼女に対して抱いたイメージが実体化して、分身が生まれる。分身を殺したい。それが彼女の殺人能力と殺人衝動。また、分身の居場所や感情がなんとなく伝わってくる能力もあるらしい。
6/17(月)
ドゥ子に「好きなぶどうパンは何?」と聞かれた。意味不明。
6/18(火)
夜中にドゥ子が血まみれで帰ってきた。また分身を殺したと言っていた。何かとても楽しそう。なぜそんなに分身を殺したいのか、わからない。
6/19(水)
自転車の後輪がパンクした。ドゥ子が自分で修理した。すごい。
6/20(木)
ドゥ子の高校生のころの話を聞いた。内緒でバイト始めたけど、その場所が学校の目の前のマックだったので速攻で先生にバレて停学になった話。バカだ。あと、マックのことをマクドと言うのはやめるべき。
高校のとき彼氏がいたらしい。テニス部。身長179cm。顔はコイケテッペイに似ている。と言われても誰だか分からない。ジュノンボーイとは?→要調査。シャーベット系のアイスが好きで、バニラは食べない。歌はヘタ。指の付け根にラケットタコがあって、ドゥ子さんはそこを爪でカリカリするのが好き。初めてのデートは「マトリックス」見に行った。初キスは映画中。どんな味でしたか、と聞いたら、よだれ味、と言われた。
セックスの話も聞いたが、よくわからない。何をするのか?→要調査。
6/21(金)
またドゥ子さんが分身を殺した。晩ごはんにフジパンのぶどうぱん。
6/22(土)
ドゥ子さんがひたすらマンガの話をするが、よくわからない。とにかく三橋は腹の立つやつで、伊藤ちゃんはいいやつだと分かった。マンガの面白さを口で説明されても困る……
(中略。この間、記述は1日も欠けていない)
9/15(日)
今日はドゥ子さんと会って丸3か月の記念日。ぶどうぱんを2人分用意した。食べてみた。思ったよりおいしかった。
9/16(月)
下校する小学生とすれ違ったとき、ドゥ子さんの様子がおかしかった。なんだろうか?
9/17(火)
ドゥ子さんが何か悩んでいるようだ。
私に何ができるだろうか? リストアップ。
・お腹が空いている? →食料を多めに
・病気? →病院に行くのを勧める
・自分殺しが嫌になった? →嫌ならやめるように説得。私は殺さなくていいと思う
どれも違う気がする。→要継続
9/18(水)
今日は機嫌がいいようだった。よかった。楽。
私もあんなに背が伸びるだろうか。伸びてほしい。
9/19(木)
分身2人がドゥ子さんと私を襲った。私はドゥ子さんに助けられた。病院でドゥ子さんは本名を名乗った。■■■■■(黒のペンで塗りつぶされており、判読不能)
あの人はどこかへ行ってしまった。
嫌な予感がする。あの人が消えてしまうような。実際消えてしまったのだが、そうではなくて、もっと徹底的に、執拗に、何一つ残すことなく、水の中の泡のように弾けて溶けて二度と戻ってこないような、そんな気がする。だから今のうちに私の考えをすべて記す。
私は多分あの人に憧れていた。あの人の強さ、明るさは、私にないものだった。たとえそれが見せかけでも、私にそう見えたなら、それがあの人の力でなくてなんだろう。それが真実でなくてなんだろう。
だから私はドゥ子さんになりたい。
なれないことはわかってる。私は私。
それでも私はなりたい。あの人が「違う」と言った、「強くなんかない」と言った、そのドゥ子さんに。
あの人は軽薄で、ばかで、性的で、いいかげんで、優しくて、いつも私を笑わせようとしてくれて、それがちょっとめんどくさくて、でも私をずっと見ててくれた。私のことを考えててくれた。私を好きでいてくれた。私が嫌いなこの私を、でもドゥ子さんが好きでいてくれるなら、私も好きになっていいかもしれないと思った。なのにあの人が消えていく。私の中から消えていく。
だから、これを読んでる私でない私へ。
これだけは忘れるな。
私は好き。
ドゥ子さんが好き。
私は、ドゥ子さんが大(以下、ページが濡れて判読不能)
*
リサはそっと、手帳を閉じた。
ちっぽけな手帳に刻まれた慟哭の記録。記憶が消し飛んだとて、誰にそれが消し去れようか。過去の真実。執念の足跡。微かな悲しみの残り滓。たとえそれが、自分のあずかり知らない別の自分の言葉であっても。
リサが大人しく両親のもとに戻ったのは、生きる必要ができたからだ。もうどうでもよくなった。家庭の不和。仮初の思いやり。世間の白い眼と繰り返される転校。勝手な気遣いにも、何も知らぬものたちの偏見にも、もはや心動かされることはなかった。柳の枝に風の吹きつけるが如く、彼女は平然と受け流した。やってみれば案外容易いことだった。
全ては手段。生きるための。
全ては手段。目的を果たすための。
そう思えば全てが赦せる。
リサはランドセルを引っ担いだ。サイドポケットに手帳を差し込み、中には道具を万端詰め込んで。シャーペン、消しゴム、3色ボールペン、ハンカチ、チリ紙、カッターナイフ、肥後守、出刃、刺身包丁、医療メス、十徳、鋸、そして、しっとりと油に濡れた青鋼大鉈。
「ジョン・ドゥ子」
リサが部屋の戸を跳ね開ける。
「――私が殺す!」
それから5年、リサは休むことなく動き続けた。読んだ。走った。探り回った。まずは力をつけるしかなかったのだ。心理学。歴史。地理。映画史。解剖学。力学。材料工学。ドイツ騎士剣術。その他もろもろ。もともと本の虫だった彼女に、さらに小学生ばなれした知識が積み重なっていった。体だって鍛えた。殺し合いを想定すれば、必要なものはいくらでも考えられた。
そして、手に入れた知見と手帳の記述を頼りに細い糸を辿っていく。あの女が凶器のレンチを買ったホームセンター“グッデイ”は九州北部にしかないチェーン。高3で見た映画“マトリックス”は99年9月11日公開。よって高校在学期間は97年4月~00年3月で確定。その地域、その時期に、高校の目の前に存在したマクドナルド――速攻でバイトバレしたという――は、たったの3件。
ここまで絞り込めば、あとは聞き込みでなんとかなる。誰かが彼女の名前を覚えているに違いない。だがこれは浅はかな見積もりだった。奴は分身を殺すことで自分の記憶を消してしまえるのだ。故郷に、彼女を知る者が残っていようはずがなかった。
しかし、まだ手はある。
現地の図書館で地元地方新聞の縮刷版を読みあさる。99年9月から1年分程度をしらみつぶしにだ。予想通りなら――あった。奴が犯した殺人事件の新聞記事。“終田町の児童公園で死体発見。殺されたのは、高校3年生の―――――。”
「追いついた」
リサは呟き、記事の拡大コピーを取って、図書館を後にした。暖かな知識の巣から、寒風吹きすさぶ真冬の荒野へ。
ついに彼女に繋がる糸口を掴んだ。このとき、リサはもう小学6年生になっていた。
いや。まだ6年生と言うべきか。
子供だ。言い訳のしようもなく。力はなく、知識は乏しく、電車は子供料金で乗れる、目つきばかりが鋭い子供だ。このままでは奴を追うことはできない。まるで足りない。金、立場、情報。なにもかも。
数日後、リサは小さな雑居ビルの一室を訪れた。“殺人鬼組合”だ。
殺人鬼は全国に約3000人。その多くは適切な治療を受け、世間と折り合いをつけながら生きている。だが中には致命的にバランスを崩し、あるいは何らかの理由で支援の手が届かず、悲惨な事件を引き起こすものも少なくはない。それを放置すれば殺人鬼への風当たりは強くなり、さらなる混乱と不幸の土壌となるだろう。
ゆえに、そうした“はぐれ殺人鬼”に対して、互助組織たる殺人鬼組合は適切な“予防措置”を行う。殺人鬼の力を以て、殺人鬼の怨念を御する。その汚れた役目を担い、夜に生きる狩人たち。
人呼んで、
「“殺人鬼殺し”……」
呟くドゥ子に、リサは氷の声で答えた。
「――殺殺人鬼鬼リサ
(つづく)
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