鳥籠の島⑨
突然「明日からそっちで働くよ」と言われた時は驚いたけれど、なんだか小鳥さんらしいなとも思った。
今は
なんでも
上京の理由は僕と会う機会を増やすためだとも言っていたけれど、実は会う機会はそんなに多くない。
というのも、そもそも休みが合わない。
僕は基本的に土日休みだけれど、彼女は火曜日と水曜日が休みになる。
サービス業なのだから当然と言えば当然なのだが、週末は客入りが多く休み辛いという訳。
それでも僕の仕事終わりとかに会えたりはするから
「でねぇー、
ビールジョッキを片手にやや大きな声で彼女は話す。
「良い師匠じゃないか」
「そうだけどぉ!もうちょい優しくしてくれてもよくない?」
「
千代の宿の女将さんは平良旅館の女将である豊さんと仲が良いらしいので、何か言われてる可能性はあるだろう。
「それ!私もそう思ってお母さんに聞いてみたの!」
「そしたら?」
「その通りだった!」
でしょうね。
学生時代に地元でバイトしていた時に似たような経験が僕にもあるからわかる。
「まあ、
「わかってるわよー」
不満そうに口を尖らせてやや上目に僕を見る。
仕草がかなーりあざといが、これは演技ではなく素でやっていることを知っている。
「小鳥さんが頑張り屋さんなことは知っているよ」
頭をポンポンとしてあげると嬉しそうににんまりと笑った。
一応、僕の方が年下なんだけどなぁ。どうにも隙が多すぎて守ってあげなくちゃと思ってしまう。
結局、愚痴を言いながらハイペースで飲み続けた小鳥さんはいつも通り店を出るころにはかなり酔っぱらってしまっていた。
「ほらしっかり立って、悪いけど荷物もあるし支えるの無理だから」
「たってましゅよー?」
完全に酔っ払いモードだ。僕が会計をしている時も店員さんを見て『あれぇー
これには僕も店員さんも苦笑い。ちなみに背丈は似ていたけどそれ以外に似ている要素は無かったと思う。
お店に頼んであらかじめ呼んでもらっていたタクシーに乗り込み、千代の宿まで向かう。
既に意識が落ちたらしい小鳥さんは僕の肩にもたれてスース―と寝息を立てていた。
「がくしゃん……」
時折、寝言で名前を呼ばれて何ともこそばゆい気持ちになる。
なんというか、こう耳元で囁かれると背筋がむずむずするというか、なんというか。
もしかしたら僕は耳が弱いのかもしれない。
「わたひの、みりょくでがくしゃんを……」
随分とハキハキした寝言だなと思ったけれど、揺すっても反応がないので寝ているらしい。
彼女が誘ってきていることには気づいている。というか前に飲みながら『なんで手を出してくれないんですか!』と言われたことがあるし。
別に手を出したくない訳ではない。僕だってそういうことを考えたりするし、なんなら言ったこともある。
ただ毎度の如く小鳥さん飲みすぎてべろべろになってしまっているせいでそれどころじゃないだけだ。
お互いに酒好きなのもあるが、彼女が恥ずかしがって、とりあえず酒で
その結果が
彼女の休みに合わせて有休を取ろうにも、初島で1週間も休んでしまったのもあってしばらくは休みを取り辛い。規則というか雰囲気的に。
耳元で聞こえる寝息や寝言に
「小鳥さん、着いたよ!」
「んー……」
「ほら起きて!」
「うん…………」
返事をしているものの起きようとする気配がない。
「早く起きないと女将さん呼び出しちゃうぞ?」
「……やだぁ」
心底嫌そうな声を出しながらもぞもぞと動く。
「じゃあ起きて、ほら」
渋々と言った様子で身体を起こした彼女を支えながら旅館の裏口まで連れていく。
部屋まで送り届けたいところだが、流石に部外者の僕が裏口から入るわけにもいかないので、毎回ここで別れているのだが。
「帰っちゃヤダぁ……」
今日は妙に甘えたな態度で引き留めてきた。年上感がないのはそういうとこやぞ。と心の中で呟く。
大学生の頃なら翌日の事とか考えずに家に連れ帰って一緒に夜を明かしたかもしれないけれど、流石に無理だ。酒も入っているし、歳的にもそんな体力はもうない。
そもそも明日はお互いに仕事だし?そりゃあ徹夜して働けないこともないけど、でも、流石に……。いや無理すれば……。しかし……。
僕はこの可愛い存在を連れ去ってしまいたい衝動をなんとか抑えて
彼女は不服そうに唇を尖らせながらも何も言わなかった。きっと頭ではわかってはいるのだろう。
「また今度、ね?」
「ほんとぉ……?」
「うん」
「……わかった」
ゆっくりと手を離し、彼女はドアノブに手をかけた。
そのまま入るかと思いきや、ドアノブを握ったまま数秒ほど固まり、急に振り向き。
―チュ
キスをされた。この人ほんっとずるい。
「おやすみ。楽さん」
「うん、おやすみ」
キスをして恥ずかしかったのか、小鳥さんはそそくさと裏口から入っていった。
僕は
家の住所を伝え、発信した車の中で揺られながら思う。
小鳥さんは家庭的だし、優しいし、可愛いし、もし家庭を持ったらとても幸せだろうな。と。
付き合い始めてからまだ半年も経っていないのに僕はそんなことを考えていた。
なんとなくだけど、初めて身体を重ねた時から頭の片隅に浮かんでいた。なんだか彼女といるととても落ち着くし、身体を重ねたときはとても安心した。
お互いの歳を考えても結婚がチラつくのは当然といえば当然なのかもしれないけれど、なんとなく運命のようなものを感じていた。
そりゃあ運命なんてものが本当にあるかはわからない。だけどあの日、2つの台風に船を止められなければ会うこともなく、台風の進行が遅れなければ付き合うこともなかったかもしれない。
そんな2人なのである。
だからこそ。
『きっと僕らの出会いは運命だった』
そう思っても良いのではないだろうか。
***
台風のようにいきなり産まれた恋は、緩やかに、けれど確実に発展していった。
それは激しいときもあれば、穏やかになることもあるだろう。でもいずれは晴れて虹がかかる。
ただ、それはまだこれからの話だ。
続く?
四季物語 通里 恭也 @sykyoa1607
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