積もりし雪が溶ける時⑤
娘の美雪が家出をした。そう使用人から連絡を貰い、俺は事実確認をした後に急ぎ帰国の準備を整えた。
持つべきものは優秀な部下だ。俺は土曜会の事を側近に任せ、なんとか早朝には帰宅することが出来たが、使用人は詳しいことを知らず、いくつかの伝手に確認をしても娘の居場所に関する手がかりは掴めなかった。
確認できたのは
少し前に美雪の婚約について話はしたが、“まだ美雪には早い”と結論付けたはずなのに、勝手なことを。
落ち着かない様子の使用人が出したコーヒーを飲みながら、次の行動を考える。
警察を頼るのは最終手段だ。ただでさえ『
特に美雪は大学受験を控えている。なんとか事を荒立てないようにしたい。でも、もし変な男に連れていかれてたりしたら、その時はあらゆる手段を使って
そんな少しだけ
「……明美か?」
『違います。美雪です……』
察しはついていたが、念のため
「どうやら間違いなく美雪のようだな。ひとまず無事なようで安心したよ。今、どこにいるんだ?」
『それは、その……。えっと、ですね』
歯切れの悪い返事の後に、なにやら後ろの方で誰かを話している様な声が聞こえてきた。
話の内容までは聞き取れないが、どうやら男と話しているらしい。
『もしもし』
しばらく待っていると、美雪ではなく知らない男の声が返ってきた。
「どちら様でしょうか」
『
「―なぜ娘と一緒に居るのかお聞かせ願えますか?」
『あ、はい』
娘が知らない男と一緒に居る。という事実が
『
「それならば警察に電話するなどの対処をすべきですよね。家に止める必要などないと思いますが、どうして今も一緒にいらっしゃるのですか?」
『…それは、美雪さんが警察には連絡してほしくないと仰ったからです』
一瞬だけ返事を
話の筋は通っている。美雪ならば俺が考えたのと同じ様に、事を大きくしないように警察への連絡は避けるだろう。だが、それと男の家に上がり込むのは話が別だ。
『……あの、電話口の相手に信用も何もないとは思いますが、お嬢さんには何もしていませんので、ご安心ください』
「本当だろうな。もし嘘だった場合は貴様の首が飛ぶと思え」
物理的に。
『お父様!斎藤さんは私の恩人です!困らせるようなことを言わないでください!』
「ぐっ!だが、お前に何かあったらと思うとだな」
『何もありません!』
娘の強い口調で何も言えなくなる。
美雪がここまで言うのだ。本当に何もないのだろう。そういうことにしてやる。
『あの……』
親子の会話に挟まれた斎藤さんが、恐る恐るといった声を出した。
『電話をした理由についてなのですが……』
「迎えですね。迎えですよね。すぐ行きます。どちらに行けばいいですか?」
『え?』
「何か問題でも?」
『いえ……。お父さんは海外に居ると
どうして不思議そうな反応をするのかと思ったが、どうやら私が日本に居ないことを娘から聞いていたようだ。だとすれば、今通じてる時点で電話のかけ方を間違えていることになる。
そういえば美雪には教えてなかったな。国際電話のかけ方を。
「娘が家出をしたと聞いて帰ってきたのですよ。それと見ず知らずの男に“お父さん”と呼ばれたくないので、
『わ、わかりました』
「それで、娘を迎えに行きたいのですが、どちらまで行けばよろしいでしょうか?」
***
お父様が私のために帰ってきた。
そう聞こえて、私は嬉しいと思う反面、お父様や
今、眼の前で斎藤さんがお父様と話し終えて、どうやらお父様が
しかし、ここに来てお父様と会うのが怖くなった。
今更ながら、石崎の娘という立ち場の重さに気づいてしまった。
『お父様に話してみたら』
と言った斎藤さんは悪くない。これは私が起こしてしまった行動によるもので、彼は関係ない。むしろ現状を何とかするために、お父様を頼るのは間違っていないと思う。
「お父さんと会うのが心配?」
お父様が来る前に着替えてくると言って、席を外していた
「少しだけ……。私、とんでもないことしちゃったんだなって」
「とんでもないこと?」
「私が考えなしに飛び出してしまったから、色んな人に、斎藤さんにも
「声をかけたのも、家に上げたのも、父親に電話してみたらと言ったのも全部、俺の判断だよ。迷惑じゃないわ。それに、月並みだけど、誰にも迷惑をかけずに生きている人なんて居ないと思うな。美雪さんは今まで
それは、
「それは迷惑になってしまいます……」
「でも、古川って人と婚約するのは嫌なんでしょ?」
「それは」
「深い事情も知らない俺が言って良いことかはわからないけどさ。嫌なことを『嫌だ』って言うのも大切なことだと思うよ」
斎藤さんの言っていることが理解出来ないわけではない。むしろ一般論として、それが正しいだろうとすら思える。
それでも、
親に逆らうなんて、不品行ではないか。それはいい子のやって良いことではないのでは、と。そう思ってしまう。
―ピンポーン
不意に、部屋にチャイム音が鳴り響いた。
迷ったまま、答えが出せない私などお構いなしに時は過ぎて居たようだ。
「来たかな。美雪さんは待ってていいよ」
立ち上がろうとする私を制止して、緊張した面持ちの斉藤さんが立ち上がる。
どうしたら良いか、考えが焦って答えを出そうとしているうちに斎藤さんがお父様を引き連れて部屋に入ってきた。
***
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます