積もりし雪が溶ける時⑥
「
美雪さんに出していたコーヒーなども一度全て下げて、来客用のちょっと高いお茶を出す。
「ありがとうございます。
当たり
原因は美雪さんのお父さん。名前は
誰でも名前を知っているような大企業、
今までに感じたことのないくらいの凄まじい重圧だ。
「それで」
恵介さんの一言で更に空気が張り詰める。
「昨夜は何があったんだ?」
空気の重さに対して、口調は柔らかく、俺には少なくとも怒っているようには聞こえない。
それでも美雪さんは縮こまり、答えに詰まってしまう。それほどまでに親への反発に抵抗があるのか。
いや、でも電話では俺を庇うために口を挟んでくれたよな。
「怒ってるわけじゃないんだ。ただ聞かせてくれないか。古川先生の息子さんと会っていたと聞いているが、どうしてそこから、こうなったか」
いくら事情を知っていても、その答えを俺が言う訳にはいかない。これは彼女の問題だ。
「美雪さん」
うつむいている美雪さんに声をかけると、彼女はゆっくりと顔を上げて俺の目を見た。それからまたうつむいてしまったが、ポツポツと言葉を紡ぎ始める。
「昨日は、お母様に連れられて―」
ゆっくりと、ホテルのレストランに着き、古川って人と会って、逃げてきた事を語ってゆく。
時間帯までは俺も聞いていなかったが、彼女は少なくとも1時間以上はアパートの前に座っていたようだった。
本当に俺が助けなかったら死んでいたかもしれない。
「随分と無茶をしたんだな」
「ごめんなさい……」
「怒っているわけじゃないんだ。ただ、無事で本当に良かったと思ってね……」
恵介さんは最悪を想像したのか目頭に手を当てて、溜息をつく。
子の居ない者には想像することしか出来ないが、それでも察する事が出来るほど
「心配をおかけしてしまい申し訳ありませんでした……」
その様子を見た美雪さんが深々と頭を下げる。
「もう、心配をおかけしないよう心がけます」
これが、こんなのが親に取る態度なのか、どうしても嫌な事があって逃げたのに。
「どうか、お母様に逃げ出したことへの赦しを得るためにお父様の——」
「——少し、よろしいでしょうか」
親子の会話に口を挟むべきではないのかもしれない。
それでも、全てを諦めた表情で親に頼む美雪さんを見ていたら止められなかった。
「恵介さん。差し出がましいとは思いますが1つお願いがあります」
「……なんでしょうか?」
ギロリと鋭い視線が向けられる。
「美雪さんの婚約の件ですが、恵介さんのお力で解消してもらえないでしょうか?」
「これはうちの、石崎家の問題だ。それを解っていますか?それに、そうして貴方に何の利があると?」
「ええ、部外者である私が口を挟むべきでない事は重々承知しております。ですが、彼女は貞操の危機を感じたと、どうにもならない嫌な事から逃げてきたと話してくれました。初めは本人の口から話すのが1番だと思っていました。ですが、こんな諦めたような顔を見ていたら黙ってはいられません」
解っている。俺のやっていることがおかしいことくらい。美雪さんがそれを望んでいるとも限らないのに、勝手なことをしている。
「斎藤さん……」
横から呟かれた声が、どういう感情を含んでいるのかわからない。怖くて見ることもできない。
出てしまった言葉は戻らない。こんな感情任せな言動、良い歳した男がやっていいことじゃない。
「斎藤さん。何か勘違いしているみたいですが、私はそもそも婚約に反対している立場です。美雪に婚約者なんてまだ早い!美雪はまだ高校生ですよ!」
やはり、
幸い、怒られたりはしなかったけれど、美雪さんの思い出話が無限のように出てきた。そうやら恵介さんは親バカと呼ばれるタイプらしい。
美雪さんは先ほどとは違う意味で俯いてしまっている。耳まで真っ赤だ。
「――10歳の時にピアノのコンクールで入賞しましてね。この子は天才だと――」
「あ、あの。恵介さん」
「はい?」
「お昼も近いので、そろそろ話を切り上げてもらえると助かります」
終わりそうにない話をなんとか止める。もっと早く止められたら良かったのだけれど、まさか30分も話し続けるだなんて思っていなかったから止めるタイミングが掴めなかった。
「もうこんな時間でしたか、少々話し込みすぎたみたいですね。申し訳ない」
少々?と思ったが言えるはずもなく、楽しいお話だったと無難に流す。
そうして随分と脱線したが、ようやく本題に戻ることができた。
本題。すなわち美雪さんの今後について。
ひとまず、恵介さんも婚約には反対と言うこともあり、婚約は解消の方向で動いてくれるようだ。高校卒業後の進路についても、美雪さんの想像していたように大学への進学を希望しているらしい。
ともあれ、美雪さんの望みは叶ったと言って良いはずだ。
だから話はこれで終わり。後は本人達がなんとかするだろう。そう考えながら、自宅前に止められた高級車に2人が乗り込んでいくのを見送った。
―しかしそうはならなかった。
「おかえりなさい。斉藤さん」
あれから数日後、仕事から帰ってきた俺は自宅の前で美雪さんと再会した。
どうやら一度出来た
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