ブルースカイ⑥

 ***



 雨が振り、道はぬかるみ。悲しみの中に居た。

 時折見える光を頼りに歩みを続けるものの、ぬかるみは足を引きずり込むかのようにズブズブと沈ませてくる。

 もうずっと雨が続き、そのうち雨に溺れるのだろうと思っていた。

 だが、突如として現れた月が雲を晴らし語りかけてきた。

 君が歩く道はそこなのかい?そんな歩き辛そうな道より、もっと歩きやすそうな道を照らしてあげるよ。と。

 月が照らした先には橋があった。ぬかるみの上を通る橋が。

 それは自分が必死に進んでいるすぐ横にあった。進むことを考えるばかりで周りが見えていなかったようだ。

 月が、これからは私が道を照らしてあげるから、安心して進んでねと言ってきた。

 これからはもう迷うことはないだろう。

 道を照らしてくれる月が居る限りは。



 ***


 後輩の叫びは俺の心を深く穿ち、俺を過去に縛っていたくさびを破壊した。

 言われるまで気づいてすら居なかった。俺が見ていたのは空ではなく、彼女の影だったことに。

 後輩の気持ちにはずっと気づいていた。というか気づかないわけがない。あれだけアタックされていればどんな鈍感野郎だって気がつく。

 ひとしきり叫んで泣きじゃくった後輩を介抱し、俺は気持ちの整理のための時間が欲しいと伝えた。なるべく早く答えを出すとも。

 本当は答えは出ていた。ただ、このごちゃごちゃとした頭を少し冷ましたかったし、何より酒が入った状態で答えるのは何か違う気がした。

 翌日の昼休み、後輩は現れなかった。

 流石の俺も昨日の今日からこないだろうと思っていたので特に不思議には思わなかった。

 だが、午後の講義が終わった時に同期から近くの公園で後輩を見たと危機、俺は慌てて大学を飛び出した。

 同期の奴がニヤニヤしていたが、気にしてる場合ではない。

 後輩は思い込みが激しいところがあるので、もしかしたら返事を先延ばしにしたことでいらぬ不安を与えてしまったのかもしれない。

 そう思った俺は近くの自然公園へと走った。だが着いたところで後輩が目撃されたのは昼頃だし、そもそも公園の見たかまでは聞いていない。

 時間も経っているし探し回っても居ない可能性もある。そんなふうに思いながら公園内を走った。それから程なくして俺は公園のベンチに横たわる後輩の姿を見つけた。

 呆れてものも言えなかった。女の子がスカートのまま公園で無防備に寝ているなんて命知らずにも程がある。

 俺は小さく溜息をついて、ゆっくりと後輩へ近づいた。もしかしたら何かされて寝てるのかもと思ったが、様子を見るになにかされた様子はない。カバンの方も触られていなさそうだった。

 いつから寝ていたかは知らないが運の良いやつだ。

 涙の跡もないので泣いていた訳でもなさそう。それどころかその寝顔は随分幸せそうだった。頬をつついても起きやしない。

 なんとなく心配して損した気分になったので、とりあえず携帯を取り出して寝顔を1枚撮っておく。

 シャッター音にも反応することなく眠り続ける後輩に思わず苦笑しながらも呼びかけながら揺さぶると後輩はようやく目を覚ました。

 寝顔を見られて綿渡している後輩を見ながら俺は決意を固め直した。

 こいつは危うい。初めて会った時といい、昨夜の告白さけびといい。多分、少し他の子とはズレている。

 俺が守ってやらないとな。

 覚悟を決めて俺の答えを伝えると後輩はしばらく呆けた顔をしてから「今、なんて言いました?」と聞き返してきた。

 人がどれだけ緊張したと思ってるのか知らないから言えるのだろうが、随分簡単に言うもんだ。こんな恥ずかしいセリフを2度も言うのは勘弁してほしいが、伝わらないままでは仕方がないのでもう一度だけ、言い直す。

 改めて言い直すのがあまりにも恥ずかしくて、自分の顔が真っ赤になっているのが判るほど顔が熱くなっていた。

 でもそれは後輩も同じようで、耳まで赤くなった顔でにへらと笑っていた。

 お互いに真っ赤な事をからかい合って、二人して夕日の所為にしておいた。

 太陽にしてみれば言いがかりもいいところだろうけど、きっとこれくらいのことなら許してくれるだろう。

「感謝してるよ。夏希なつき

「はい!蒼汰そうたさん!」

 俺達は沈みゆく夕日を見ながら名前を呼び合いそして心に誓いあった。

 “3人”であの自由な空を目指すこと。

 にへらとしたまま頬を抓ったりしている後輩を横目に見ながら、俺は夕日に思いを飛ばす。

 これで許してくれよな。お前を言い訳にして空を見ていたことを。今度は重ねるんじゃなくて、ちゃんと連れて行くよ。お前の想いを、夏希と。だから安心していてくれ。

 なあ、―美空みそら



 ***


終幕

 月はもう空になく、橋も終わっていた。

 でもそれは道の終わりではなかった。

 自分ひとりで進んできた道は途切れてしまったけれど、ここから続くのは2人の道だ。

 これがどこまで続いているのかは判らない。

 しかし不安な気持ちはどこにも無かった。

 2人ならばどんな事でも乗り越えて行けるだろう。

 だからこれからも歩み続ける。隣で微笑む月と一緒に、いずれくる終わりのその時まで。





  了

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