ブルースカイ⑤
自分は自分だと言うと、大丈夫だと返ってきた。
力を合わせれば超えられないことはないと、1人に限界があるのならば、助けてもらえばいいと。
道は険しいかもしれない。1人では難しいことも多々とあるだろう。
だから、辛いなら手を貸すと言ってくれる人が居た。
道が、重なった。
***
私は最低だ。
「私は、先輩が好きです」
「うん」
「優しいとこも、影があるところも、顔が湿気てることも、周りを見て内容で見てるとこも、空を見ているところなんて、一番好き」
彼女は「でも」と続ける。
「私を見てくれないのが嫌い。先輩の世界には常にその彼女さんが居るんでしょ」
「…うん」
「そうやって過去に縛られているのも嫌い。先輩はいまを生きていて、彼女さんはもう過去の人、止まってしまったんです」
私は折角、心に隠していた傷をさらけ出してくれた先輩の傷を抉っている。
「今を、先を見てください。私を見てください。先輩は自分で思っているほど悲しい人じゃないはずです」
自分勝手に、言葉をぶつけてる。それでも先輩は私から目を逸らさずに言葉を待ってくれた。
「忘れるなとは言いません。でも自分のせいで先輩が過去に囚われていたら彼女さんだって悲しがります。空は自由で
言葉を紡ぐうちに嗚咽が混ざり始め、私はほとんど声にならないような声で最後に、
「お願いだから…少しは私の気持ちに気づいて…」
そう泣きついた。
そんなことをしても先輩の迷惑になってしまう。わかっていても言葉と涙は止まらない。顔が見えなくても先輩が困っているのが解る。こんな事したいわけじゃないのに。
しばらくは感情のままに泣き、少し落ち着いてきた所で先輩はポケットからティッシュを取り出して私に差し出す。
「ヒデェ顔。そんな湿気た顔してどうする。空は晴れてるぞ」
初めて有ったときのように先輩は少し困ったように笑ってそういった。
「っぐす…。都会じゃ星も見えやしませんよ…」
「月なら見える。だから月のように明るく居てくれよ」
ああ、やっぱり。私はこの人が好き。
私は先輩という陽の光に惹かれている月。自分が光っていると勘違いして夜空でふんぞり返っているだけ。
「少し、気持ちの整理をさせてほしい。今のまま返事をするのは難しい。でもすぐに答えは出すから。少しだけ待ってくれないか」
先輩がそう言うならば本当にすぐに答えを出すのだろう。
その日はそのまま解散し、翌日は学校をサボった。とてもではないが顔を合わせられる心境ではなかったから。
今日は雲ひとつ無い快晴。雲がかかった私の心とは真逆ともいえる天気。
快晴の日の下に居たら暖かいとは言え、もう冬に入ろうとしている。このまま空を眺めていたら風邪を引いてしまうかもしれない。
そう思いながらも私は動くことなく空を見続けた。
都内でも、少し空けた自然公園の真ん中だ。それなりに静かだった。
車の音もそれほど聞こえず、鳥のさえずりのほうがやかましく感じるくらいはっきりと聞こえる。
特に何をするでもなくそうやって過ごしていると、日の暖かさからだんだんと眠くなってきた。
寝るのは流石に良くないと思いつつも、うとうととしてしまい。そのまま眠気に抗えずにベンチで横になってしまった。
「…ぃ。ぉー…。ぉーい」
「ん…にゃ…」
「おーい、起きろー。風邪引くぞー」
誰かに身体を揺さぶられ目を開くと、そこに居たのは先輩だった。
「…わっ!ひゃ!?しぇ、しぇんぱい!?」
「そうだ。俺だ」
「どうしてここに…。っていうか寝顔!」
「おお、ばっちり見させてもらった。ほら」
先輩が携帯の画面を私に向けてそう言う。そこにはなんとも幸せそうな顔で眠る私が写っていた。
「消してください!」
「やだ。待ち受けにする」
「ぎゃー!やめてください!そんな写真!」
「ははっ」
「ふふっ」
先輩が笑い、私も笑う。この楽しさのまま、昨日のことなんてなかったことに成ればいいのにと思った。
一度出した言葉は戻らない。あれだけ言葉をぶつけておいて無かったことになるはずもないのに。そんな事は頭でわかっているはずなのに。
「その、先輩はどうしてここに?」
「同期にお前がここで黄昏れてたってタレコミをもらってな。もしかしたら昨日のことで悩ませてしまったかと思って来たんだよ。まああんな幸せそうに寝てたくらいだし無駄な心配だったかもしれないけどな」
「そんな事ないですけど…。ってそうじゃないです!どういうつもりで会いに来たのかって話です!もう答えは出たんですか?早いですね!」
「何でちょっとキレてるんだよ。ごめんて」
昨日、あんなことがあったばかりなのに、まるでいつも通りな様子で、不安でキにしている私が馬鹿みたいに思えてくる。
そんな私の気持ちなんて知りもせずに先輩は私の隣に腰掛け、私の方に向き直った。その目は無意識のうちに生唾を飲んでしまうほど、真剣さを帯びていた。
「昨日の答えな。ああ、出ているよ。それも伝えようと思っていたんだ」
ドクンと心臓が跳ねるような感覚と全身が硬直するほどの緊張が身を包み、喉は震えて声も出ない。
答えなんて聞きたくない。でも、知りたい。曖昧なままは嫌だ。でも、はっきりしてしまったら全てが壊れてしまうかもしれない。
「俺は――」
相反する思い出頭が真っ白になり、先輩の言葉が聞き取れなかった。今のはどっちだったのか。
「あ、あ、あのっ!わわわ私!」
聞き返そうと思ったら緊張でどもってしまった。
先輩は真剣な目のまま慌てないでと言って私が落ち着くまで待ってくれていた。
ゆっくりと深呼吸して、手のひらに「人」の字を3回書いて飲み込んでも、まだ先輩の顔を見ると心臓がドクドクと激しい音を立てて落ち着かない。
「あの!さっきの、聞き取れなくて…。だ、だからっ!その、もう一度…お願いします…」
「なんだよいつもの威勢がないな」
「わ、私だって緊張くらい、するんですから!だから!さあ!もう一度!」
もはやただの勢いである。
「ったく、俺だってなんども言うのは恥ずかしいんだが…」
先輩は少しだけ目を落として咳払いをしてから私を再び目に入れた。視線が重なり、また自分の心臓が煩くなる。
少しだけ静寂が2人を包んでから、先輩は口を開いた。
「俺は、君のことが好きだ」
「ふぇ?」
「本当は君の気持ちにも気づいていた。というか、あれだけ積極的にアプローチされて気づかない訳ない。鈍感系主人公じゃないんだから」
いや鈍感だよ。と思った。だって学内でそれなりに人気あるの気づいてないし。
「君に言われるまで、俺は彼女の思いに囚われていたことに気づかなかった。本当にありがとう」
「いえ、そんな!私は思ったことを叫んでただけで」
「それでもだよ。俺は空を見ているつもりでいつも彼女の影を見ていた。俺の空は柵でいっぱいになっていたんだ。彼女が好きだった空は”支えもないけど柵もない自由な空”だったのにな。今日は久々に空を見た気分だったよ」
「えっとそれで、その、付き合っ―」
「―待った」
返事の確認をしようとする私の口を手で塞いで、先輩はわざとらしく口元で指を立ててから、
「改めて俺に言わせてほしい」
と、真剣な目で言った。先程とはまた違う目に私は蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなる。
輝いていて純粋な瞳。
「過去の人との約束で自分すら見えていなかったような至らない俺だけど、君とお付き合いをさせていただけませんか?」
「ひゃひ…」
声が上ずる。まるでここが現実では無いようなふわふわとした感覚に包まれている気がする。
ゆ、夢じゃないよね。
なんとなく現実離れした気分に信じられなくて、自分の頬を摘んでみる。
「いひゃい…。夢じゃない…」
私はてっきり振られるだろうと思っていた。
先輩は彼女がとても大事だっただろうし、きっとこの先も彼女の事だけを思って行きていくのだろうと。
「はー、なんか恥ずかしいな。こういうのは」
「真っ赤ですね…?」
「夕日のせいだろ」
「そんなベタな」
「そういう君だって真っ赤だからな?」
「それはー…。夕日のせいですよ!」
「そうだ。俺達が赤いのは夕日のせいだ。それで、返事は聞かせてくれないのか?」
「し、しましたよ?」
上ずってたけど。
「奇声しか聞こえなかったなー」
先輩は判ってて言っているようで、少し意地の悪い笑顔になっていた。
とは言え私も言い直しを要求しているので、ここは腹をくくる。
「先輩」
「うん」
「命尽きるまで、私は血の一滴まで先輩のものです!どうかよろしくおねがいします!」
「重い重い!!」
「命運尽きるまで、貴方と共に歩む所存!」
「だから重いわ!」
「先輩は我儘ですね」
「えー…。俺が悪いの…?」
わざとらしくうなだれた先輩の肩をポンポンと叩いて、呼ぶ。
「先輩」
「今度はなん―」
顔を上げた先輩に一瞬だけ私の顔を近づけて、その言葉を遮る。
瞬間的に意識と視界は白に染まり、永遠のような刹那のような時が流れた。
顔を話放心状態の先輩に今度こそ真面目に言う。
「末永く、お願いしますね!先輩っ!」
「お、おう。よろしく」
これから見る空は今までとは違う。
先輩ももう曇った顔ではなくなり、雰囲気も変わった。いや、私が変えた。
この顔が見たかったんだ。
「ようやく顔が晴れましたね」
「ああ、随分と梅雨明けに時間がかかっちまったがな」
「感謝してくださいよー?」
「ああ感謝してるよ。―」
「はい!―さん!」
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