積もりし雪が溶ける時
積もりし雪が溶ける時①
『続きまして、天気予報のコーナーです。冬型の気圧配置により明日から数日にかけて日本海側を中心に雨や雪、曇の日が多くなるでしょう。また強い寒気により関東平野部でも今夜から明日にかけて雪の予報となり、多いところでは5
今朝聞いた天気予報は外れること無く、カーテンを閉めるついでに外を覗くと闇夜の中で雪だか
明日の仕事を思うと積もるらしい雪にため息が出る。
「わー雪降ってるね」
いつの間にか隣に立っていた彼女が「寒いと思った」と言いながら俺の正面に周り、そのまま胸元にもたれかかってきた。
そんな彼女の頭に手を乗せて撫でてやると、彼女は満足そうに目を細めて微笑む。
「寒い。温めて」
「部屋の中は十分ぬくぬくしてるだろ」
「そうなんだけどさー、そうなんだけど、違うじゃん……」
今度は不満そうに
彼女が言いたいことはわかる。きっと思い出しているのだ。
2人が出会った、あの雪の降る夜の事を。
***
定時である17時を周り、既に30分ほど経ち、普段であれば時間外労働削減のために大半の人が帰り、静かになる社内も年末の仕事納めが近いこともあってそれなりに賑やかだった。
キーボードのタイプ音と紙の
『山沿いから流れ込む湿った空気と、北から下りてくる寒気の影響で、今夜から明日の朝にかけて、関東平野部の広い範囲で雪の予報となっています。東京でも5cmを超える積雪になると見られ、各種交通機関に影響が出るおそれがあります。続きまして交通情報です――』
ラジオから流れる天気予報に釣られ、窓の外に目を向けると日が落ち暗くなった空に厚そうな雲が覆っていた。
外の気温は判らないが、今にも雪が降りそうな天気だった。
「ラジオ聞いてたか?忙しいのは解るが、程々にして早めに帰れよ」
荷物をまとめた部長がそう言い残して帰っていく。
「雪、嫌っすね……」
向かいの机でパソコンと
何人か窓辺に集まり空を見ていた同僚達もスマホを使ってそれぞれの通勤に関わる交通情報を調べているのか「これ電車大丈夫なのか……?」「俺、スタッドレスなんて持ってねぇよ」といった声が聞こえる。
一度、作業の手を止めてスマホで調べてみると、俺の使っている路線への影響はしばらくなさそうだった。これなら今夜も終電で帰ることができるだろう。
「俺が見たところ特に問題はないと思う。一応、いくつか抜けがあったから付箋でマークしといたよ。後は明日のプレゼン、しっかりやりな」
確認作業の終わった書類を返すと高橋は元気よく「わかりました!」と答えた。
若い社員は元気があって
一応これで今日やるべき仕事は片付いているのだが、家に帰っても待ってる人が居るわけでもない。一応、映画鑑賞という趣味はあるけれど、俺は休みの日に一気見する派。都合よく明日は休暇を取らされてるし、それならば部下の手助けをして早く帰らせてやるほうが良いだろう。
そんなことばかりしてるからいつも帰りが遅いのだが、幸い部下が慕ってくれているので特に不満はない。そもそも自分の意思で残ってて不満があるわけないんだけど。
そうして会社を出たのは23時を回った頃だった。眠気と若干の空腹感が意識を支配する中、駅のホームで最終電車を待っていると、ふわりと空から白い物が落ちてきた。
「雪だ……」
そういえばラジオで降るって言っていたなと思い出す。積もるなら明日の交通状態は
心配があるとしたら、高橋がプレゼンに間に合うのかくらいだが、コレばかりは俺が心配したところでなにか出来るわけでもない。せいぜい無事に出社出来るように祈るくらいだ。
いかんな。どうにも仕事のことが頭から抜けない。仕事人間って訳ではないんだけどな。
がらんとした車内で適当に腰掛けた俺は、電車特有のガタガタという揺れで眠ってしまい、気づいたら駅員のお兄さんに起こされていた。
降りる駅が終点だから寝過ごす心配はないという安心感でつい寝てしまうのだが、駅員に「また貴方ですか」と言われると我ながら情けなくもある。
改札を抜けると、目の前にはうっすらを
自宅までは歩いて15分程度だが、この寒さと雪の中で帰るのは面倒くさい。
一応、コンビニが1件だけあるので傘を買うことは出来るが、似たような状況で買った傘が家で余っているので買いたくない。
仕方ないので、ひとまず寒さから逃げるようにコンビニへ駆け込み、それからタクシー会社に電話した。
「
「それを言ったら田中君なんてまだ働いてるじゃないですか」
「良いんすよ。俺ん
タクシーを待つ間、適当に温かいカフェオレといくつかのお惣菜を買い、他の客が居ない店内でバイトの子と
「あ、タクシー来たっすね」
「おっと、それじゃあ俺は帰るよ。お仕事頑張ってね」
「うっす」
コンビニから出ると冷たい風が
寒さに身を縮めながらタクシーに乗り込む。
行き先を伝えて窓の外を見る。
地元に居た頃は雪なんて毎年のことだったが、上京してからは久しぶりに見る気がする。こっちの方は降ることは有っても、積もることなんて
「お客さん、着きましたよ」
程なくして自宅のアパート前に着き、タクシーを降りる。
雪が強まっているし早いところ家に入ろうと思った時、2階へ続く階段の下にもぞもぞと動く影が目に入った。
薄暗くて良く見えなかったがそれがうずくまった人であることは解った。酔っ払いでも寝てるのかと思って近づくと次第にそれが女性であることに気づく。
そして俺は目を見開いた。女性の格好が明らかに季節感を無視した薄着だったから。
「大丈夫ですか!?」
慌ててコートを脱ぎ、うずくまった女性に被せる。すると女性は顔を上げて「誰……?」と聞いてきた。
「私はこのアパートに住む者です」
彼女の顔に見覚えはなく、少なくとも同じアパートに住む誰かでは無いことがわかった。
「えっと、立てますか?」
どうするか迷ったが、ひとまず凍える彼女を外に置いておけないと考え、家に連れ込んだ。
すぐにエアコンを最大出力で動かして部屋を暖め、風呂の給湯ボタンを押してから、買ったものの飲んでいなかったカフェオレを「まだ開けてないけど、もしコーヒー苦手ならカイロ代わりにでもして」と言って渡す。
「え、あ、ありがとう、ございます……」
おどおどしながらも彼女は受け取り、コーヒーを抱きしめた。
外に居た時は薄暗くてよくわからなかったが、メイクこそしているものの彼女はまだ子供のように思えた。
家に上げてしまったが、これからどうするべきかと考え、とりあえず警察かなと思いながらスマホを取り出すと彼女はビクッと肩を震わせ、手に持ったカフェオレを手放して俺の腕をつかんだ。
「お願いします!警察には連絡しないでください!」
何かに怯えるような目を向ける彼女に「わかった」と返して、スマホをジャケットのポケットにしまう。
本当ならすぐにでも警察かどこかに電話するのが正しいとは思う。しかし少女が怯えながら『連絡しないで』と言うならば、それなりの理由があるのだろう。
ならば、連絡するのは事情を聞いてからでも遅くない。はずだ。
……多分。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます