10話 かっこいい名前

「朝ですよ。起きてください」

「んん……あと5分……」

「3度目ですよ、それ」


 ……起きないといけないのは分かってるけど、筋肉痛がすごくて起きられない。

 とはいえ、かなり眠っていた気もするし、これ以上時間を使うわけにはいかない。


「う~ん……おはよー……」

「おはようございます」


 無理矢理体を起こして、テントを出る。

 テントの前ではシスティが何か作業をしているようだった。


「これ、どうぞ」


 システィの方に近づくと、丸くて柔らかい果物のような物を渡された。


「ナナの実です。甘くて体にも良いものですよ」


 どうやら私が寝ている間に朝食を取りに行ってくれていたらしい。それも朝に丁度良い食べやすいものを。


「結婚しよう、システィ」

「お断りします」


 もらった実を食べてみると、酸っぱい汁が溢れて、みかんのような食感がした。ちょうど水分も摂っていなかったので、今の私には最高の朝食だ。


「足りなければ、これを食べてください」


 システィの足元を見ると、山のように積まれた野菜のようなものが、バーベキューのように焼かれていた。


「朝はやはり、さっぱりしたものが良いでしょう」

「いや量。量が朝食じゃないから」


 おそらく私の5回分くらいの食事量の野菜が、目の前に積まれている。まさかこれを2人で食べきるつもりなのだろうか。


「でも、ありがとねシスティ」

「どういたしまして。まだまだ、道のりは長いですから、英気を養ってくださいね」








 実を食べた後、結局野菜をたくさん食べた。思えば昨日は昼頃にお肉を食べただけだったし、思った以上にお腹が空いていたみたいだ。


「まあ、それでもシスティの4分の1くらいだけどね~」

「アカネは少食すぎです。私はいたって普通です」


 ……まぁ確かに、異世界ではシスティくらいが普通の可能性もある。それならシスティが大食いを認めないのも納得できる。

 にしても、本人は相当気にしてるように見えるけど。

 

「では、出発と行きたいところですが、その前に……最後の訓練をしましょう。魔法で攻撃できるようになっていただきます」

「おお、待ってました!」


 ついに、憧れの魔法で戦えるようになるわけだ。


「ではまず、昨日のように水を出してみてください」

「オッケー」


 体の魔力を右手に流していく。半日もやり続けると、かなりスムーズにできるようになった。数秒後、手から水が溢れ始める。


「どう? シャワー浴びれるくらいにはなったんじゃない?」


 我ながら、かなり成長したと思う。最初は手に滲むくらいだったのが、今では体を洗えるくらいの水の量になった。

 そういえば昨日から体を洗ってないことを思い出しけど、忘れてることにしよう。


「良いですね。あとはそれを『勢いよく発射』させるだけです」


 勢いよく発射させる、か。今は手全体からだらだらと垂れているだけで、威力が低すぎる。なら、手全体から出すのではなく……。


「指先に集中させて一気に放出する……?」

「正解です。…………どうしてそんな得意げな顔をしているんですか? その程度のことは物心がつく前の子どもでも気づきます。あまり調子に乗らないように」


 えっ、そんなに言う? もっとこう、チヤホヤされる予定だったんだけど。


「と、とりあえずやってみます」


 溢れている水を止め、右手全体に集まっていた魔力を人差し指に集める。腕や手に集めるのと違って、繊細で難しい。


「こう、かな……」


 昨日の訓練の成果もあり、なんとか魔力を人差し指に集めることができた。


「そうです。あとは一気に放つだけ、です」


 前の方にある岩に指を向ける。深呼吸して、そして一気に魔力を放出する。

 その瞬間、指から弾丸のように水が飛び出し、高速で飛んで行く。水は岩にぶつかり、少し削ったあとすぐに消滅した。


「おお……! おおお……!」


 反動で尻餅をついたけど、間違いなく成功だ。


「やった! やったよシスティ!」

「上出来です」


 差し出されたシスティの手を取り、立ち上がる。


「あとはよりスムーズに打つこと、反動に耐えれるようになることが課題ですね。ひとまず、おめでとうございます」

「これもシスティのおかげだよ! ありがとう〜!」

「……私はただ、戦力になっていただかないと困ると思っただけで……」


 システィは頬を赤らめながらそう言ってくれた。










「今です! 魔物の頭を狙ってください!」

「了解!」


 魔物を頭を狙って、魔法を放つ。

 森の深い部分まで入っているようで、魔物の数が増えている気がする。システィなら一瞬で片付けられるんだろうけど、私の魔法の上達のため、システィが魔物を弱らせて、私がとどめを刺すというやり方で魔物を倒している。


「いいですね。かなり慣れてきたのではないですか?」

「システィの援護がないと当てられないし、まだまだだよ」


 ……と言いつつ、自分ではかなり手応えを感じている。成長するってこんなにも素晴らしいことなのか。

 ただ、何かが足りない。決定的な何かが。


「なんというかこう、打つ時の気合というか、勢いというか、かけ声みたいなの…………そう、『技名』だ!」


 魔法の名前が知りたい。打つ時に叫ぶ、それっぽいやつ。


「私の使ってる魔法に、名前とかないの? アクアレーザー! みたいな」

「……アカネが使っているのは低級中の低級。そんなものにわざわざ名前はつけられていません」


 ……ですよね~。


「せっかくなら私がつけましょうか?」

「ほんとに? じゃあお願いしようかな」


 お嬢様直々に名前をつけてくれるのか。


「では……千圧転変・水神花鳥永轟」


 うん、予想の斜め上だね。


「もう1回聞いていい?」

「千圧転変・水神花鳥永轟です。いかがですか?」


 いや、おかしいでしょ。名前負けしすぎでしょ。点で区切ったりしちゃってるし。

 ていうか、がっつり漢字なのね。もっとカタカナでくると思ってた。


「……ダメでしょうか?」

「くっ、そんな目で見られると……」


 いや、ダメだ。その名前は絶対にダメだ。本人はいたって真面目そうで申し訳ないけど、ここはさりげなく断ろう。


「うーん、もっと言いやすいやつがいいかな〜! サクッと一言で言えるやつ!」

「そうですか……では、水鉄砲。……いかがですか?」


 ……極端すぎません? 戦闘中に叫ぶ技名ではないよねそれ。

 冗談かと思ったけど、システィは目を輝かせている。どうやら冗談ではないらしい。


「短くて良いと思うのですが……」

「じゃあもう、それでいきます……」


 珍しく見せる年相応のシスティの表情に、逆らうことはできなかった。

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