9話 魔法 その三
「次の訓練は、進みながらやっていただきます」
そう言って、システィは歩き始めた。どうやら歩きながらでもできる訓練らしい。
「次の訓練といっても、やることは同じです。今度は自分の魔力で、痛みの目安がない状態でやっていただきます」
「お、押忍……」
さっきので、「魔力を流す」っていう感覚は掴めたはずだけど……そもそも、自分の魔力を感じられていないのは変わっていない。
「では、やってみてください」
「……参ります」
集中。魔力を流す。さっきと同じ。さっきと同じ。
あ、ちょっと水が出てき……。
「……手汗だわ、これ」
……やっぱり、痛みの目安が有るのと無いのとでは全く違う。体に力が入っているだけで、魔力が流れていく感覚がない。
「手汗ですか? 見せてください」
「う、うん……」
右手をシスティの方に差し出す。システィは私の手をとり、じっと見つめる。
……そんなまじまじと見られるの、恥ずかしいっす。
「……手汗ではないようですよ」
「えっ?」
「アカネの魔力によって発生した水が、手から出てきているだけです。つまり、成功しています」
「成功? じゃあこれ魔法ってこと?」
「まぁ、一応そうですね」
え、地味……。
「最初はこんなものですよ。少しずつ量を増やしていきましょう」
魔法はそんなに簡単なものではないということだ。何事にも努力は大事。
あれから1時間がたった。道もかなり進んだし、出せる水の量も増えてきた。
「水滴垂れてきた!」
「いい調子ですね」
指から水を垂らして、はしゃいでるチート主人公は私です。
そういえば気になってたけど、水以外は出せないのかな? 一応、魔力を流すコツは掴めたけど。
そもそもシスティが言った通りの『水属性』になってるのも謎だな。あんまり「水を出すぞ!」って意識してなかったのに。
「ねぇシスティ。これって、水以外も出せるの?」
「水以外ですか?」
「うん。火とか風とか、いろいろあるんだよね?」
私が質問すると、システィは人差し指を立て、軽く振った。するとその指から蛇口のように水が流れ始める。
天然水みたいですごい綺麗。私のとは段違い。
「魔法の属性によって魔力の扱い方が変わります。水属性なのであれば、イメージするのは魔力の『流れ』です」
なるほど。確かに水は流れるって感じがする。そんな単純な話じゃないんだろうけど。
システィは流れている水を止め、もう一度指を振る。今度は指先からボウッと音を立てて火が現れる。
「これが火属性となれば話は変わります。イメージするのは『流れ』ではなく『膨張』。魔力を大きくする感覚です」
システィは火を消し、さらに指を振る。今度は指先から風が吹き始める。その指は私の耳に向けられ――。
「ひゃっ……」
「風であれば『回転』。魔力を回す感覚ですね。……良い反応が見れました」
システィはクスクス笑いながら説明している。意外とイタズラ好きなのかこの子!?
「つ、つまり……私がしたのは『流れ』の訓練だから水が出てきたってこと?」
「そういうことです。他の属性を使いたいなら、それぞれの感覚をまた掴む必要があります。ですので、まずは水属性に集中しましょう」
なるほど、勉強になった。魔法というのは、私が思っている以上に奥深いらしい。
「ほら、手が止まっていますよ? 訓練は終わっていませんからね」
「お、押忍!」
……魔法で戦えるようになるには、まだもうちょっとかかるかもしれない。
あれからさらに数時間がたった。辺りはもう真っ暗で、道の先が見えない。
「もう夜だなぁ」
「そうですね」
「疲れたなぁそろそろ」
「そうですか。私は大丈夫です」
「く、暗いからこれ以上は危険なんじゃないかなぁ」
「暗視魔法を使っています。安心してください」
「……『あんし』だけに『あんしん』? 上手いなぁシスティは」
「面白いですね、とっても」
「真顔じゃん……」
うん、疲れてる。完全に疲れてる。こんなおかしなことを言っちゃうくらい疲れてるから、そろそろ休ませてほしいんだけど。
「……仕方ないです。かなりの距離を歩きましたし、魔力も消費しているでしょう。今日はもう寝ましょうか」
「待ってましたぁ!」
たぶん人生で1番歩いたよ今日。前の世界の時のも含めて。
「では、ここを今日の拠点とします」
「……ここを?」
辺りにあるのは土、石、木。一体ここでどう寝るのだろうか。
「まさか、葉っぱを敷くとかじゃないよね……?」
「それもいいかもしれませんね」
そう言いながら、システィは腰のポーチに手を入れる。
中から出てきたのは綺麗に透き通った青い石。
「青錬石です。これを投げると……」
システィはその青い石を前に投げる。石が地面について数秒後、白く光り始め…………そこにテントが現れた。
「ドラ〇ンボールにあったよね、こういうの」
「……意外と驚かないんですね。残念です」
まあ見たことあるからね、漫画で。
「ていうか、それも魔法なの?」
「魔力によって機能する『魔導具』というものです。今使ったのは青錬石。簡単に言えば、石に物を入れてストックしておくことができます。使い捨てではありますが」
ほえー、便利だなぁ。異世界の人達はこういうのを使って生活してるんだろうか。
「ちなみに、1つ300万円ほどです。感謝するように」
「さすがお嬢様……」
超高価アイテムだったようです。
2人でテントに入り、横になる。テント自体は1人用だったけど、女子2人が寝るには十分なスペースがあった。
ここなら快適な夜を過ごせそうだ。
「ああ〜〜。横になるって、こんなにも気持ちいいのか……」
「そう、ですね」
「今日はしっかり休んで、明日も頑張らないとね」
「……はい」
……なぜかテントに入ってから、システィの歯切れが悪い。
「もしかして、一緒に寝るの、嫌……?」
「そ、そういうわけではありません。だだその、同年代の人と一緒に寝るのは、初めてなので……」
「……………………」
「決して、憧れていたから緊張しているとか、そういうのではありませんからね。決して!」
「あーもう、我慢できませーん。えいっ」
「!? いきなり抱きつかないでください! 今日で何度目ですか!?」
「今だけ! 今だけだから! ほら、この方が温まるじゃん?」
「…………今だけですよ? 明日以降は、許しませんからね」
「オッケー…………たぶん。じゃあまた明日、おやすみシスティ」
「……はい。おやすみなさい、アカネ」
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