第31話:久しぶりの学校
翌朝には劇的な変化があった。夜中のうちに色々動いてくれたのだろう。ヤクザ稼業も楽ではないらしい。普通のサラリーマンの方が楽そうだ。
朝食の前に居間に呼ばれたので、なごみを連れて行ってみると、一人の男が簀巻きにされていた。口にはさるぐつわがされていて、喋ることもできないようになっている。
「こ、これは?」
「誘拐の首謀者はこいつだった」
トトパパが俺に説明してくれた。簀巻きになって顔だけが見えるその男は、いつも食事の時にいた幹部の一人だった。
「うちの組もデカくなってきたから一枚岩とはいかない。たまにはこんなヤツらもでてくる。改革は悪いことじゃないが、身内を攫ったりするヤツは容赦できん。しかも、トトを誘拐するとかこいつは処分するしかない。こういう輩はトップを潰せばあとは雲の子を散らしたみたいにいなくなるからな」
「処分」の内容が気になるんだけど……
「パパ、処分も時には必要かもしれないけど、おじさんは私も小さい時から面倒見てもらってる。何とかならないかな……」
トトが強面のお父さんにお願いしてる。「処分も時には必要」ってある程度許容している部分がリアルに怖いけど、トトにとって手放しに切り捨てていい人ではないらしい。そう言えば、叔父さんみたいなものって言ってたな。
「でも、お前を誘拐したんだぞ!? こいつをこのままにしてたら末端のやつがまたお前を誘拐するかもそれんぞ!? そっちの兄ちゃんも」
簀巻きにされたおっさんは首を振っているのだけど、それが本当なのかどうなのかは俺では判断ができない。
「おっちゃんの背中のトラの絵は好きだったし……」
そんな人の好きになり方ってある!?トラのおっちゃんは涙を流してるんだけど、それが本心なのか判断できないし、さるぐつわでしゃべることもできない。
***
とりあえず、トトのお願いでトラのおっちゃんは「処分」を免れたみたいだった。その後、俺となごみがいる部屋までトトがきた。
「今日から学校に行ってください。今日はもう遅刻ですけど、3時間目には間に合います。これからしばらく、行きと帰りは護衛を付けますので」
「護衛?ネコのこと?」
「すいません、ネコは私の護衛があるので、組の者で腕が立つものを付けます。しばらくはヒロくんとなごみさんは一緒に登下校していただくということでお願いします」
「「え!?」」
俺となごみの声がハモった。
俺となごみは登下校は別々だ。学校では兄弟であることも秘密にしている。
「別々にはならないかな?」
「護衛は1人しか人員を割けそうにないんです。1人では心配なので、すいませんが、ヒロくんも頭数に入っています。ネコの手ほどきを受けていますし。万が一、大人数で来た時に1人では なごみさんを守ることができません。
ああ、護衛って俺よりなごみの方か。確かに、ネコの手ほどきを受けた今なら、ちょっとした暴漢は倒せそうだけど、なごみを守りながらの場合、絶対と言えるかどうか……
「あと、ヒロくん、ちょっといいですか?」
トトが俺に近づいて、耳元で言った。
「婚約のことは、業界内だけの話しですから、秘密にしていれば学校では絶対にバレませんので」
「なっ……」
今度は、顔を離して続けた。
「それも含め3か月以内には全てを片付けるとパパが言ってました」
要するに俺となごみは3か月間一緒に登校して、それにヤクザが同行するということか……気が重すぎる。
***
初日は、トトが車を出してくれた。あの黒塗りのレクサス。運転手はネコで翌日から登下校に同行するという若手の組員も一緒だった。一旦家に帰って、俺となごみは着替えて、必要なものを準備して学校の前まで送ってもらうことになった。
授業中で誰もいないことから校門近くに車を停めてもらった。
「では、若、姐さん行ってらっしゃいませ」
いかつい顔の若いやつが挨拶した。そんな物騒な見送りに送り出されて学校に来るのってなんか複雑。でも、まあ数日ぶり、行けないとなると学校に行きたくなるから不思議だ。
静かに校門を抜けて下駄箱へ。教室の方向までなごみと同じだから途中離れるとか不自然。結局、教室のすぐ近くまで一緒に来てしまった。
「兄さん、本当にこんなの3ヶ月も続けるんですか?私、お友達いなくなりますよ?」
「まあ、安全のためって要素が大きいからなぁ」
「何を、どうしたら、ヤクザさんに守ってもらえるようになるんですか!?」
「その辺は、成り行きとしか……」
「普通、そんな風にはなりゆかないです」
「はい……」
教室に着いた頃、2時間目の授業がちょうど終わったところみたいだった。教室のドアのところにたどり着いたら、教科担任が出て行く所だったのだ。
「久々―!」
気軽なノリで教室に入った。
「おい!今お前 廊下で痴話げんかしてなかった!?」
どうやら、なごみに怒られているのが聞こえたらしい。痴話げんかというよりは、叱られていただけだ。叱る なごみに言い訳をする俺。どう聞き違えたら痴話げんかに聞こえたのだろうか。
「誰と一緒だったん?」
「なご……隣のクラスの九重さん、かな。たまたま一緒の登校時間になったんだよ」
たまたま一緒になる訳がない!
「マジかよ!? すげえ偶然だな! その九重さんが『大和撫子の君』だよ! お前一緒に話せて羨ましいぜ!」
「ああ、そう……なんだ。確かに大和撫子って感じしたよ」
適当に誤魔化せそうだったので、自分の席に移動して鞄を横のフックにかけた。
「で?なんでヤクザに見送られて登校したっちゃ?」
「ばっ……!」
椅子に座ると、すぐ目の前にラムが登場した。
「な、なんで……それを……見ていたのかな?授業中だろうに……」
ちょっとバツが悪いのもあって、さぐりさぐり聞いてみた。
「うちの席からは校門丸見えやから」
「マジかー!!」
あのコソコソとして苦労はなんだったのか⁉
「隣にクラスの美少女と仲良さそうに話しながら入ってきたのもみた」
「ぎゃーっ!」
「どうなっとるん? ヤクザと美少女……全然想像がつかん」
そうだろうなぁ。俺も想像が追い付かないよ。
ラムは俺の机の前の椅子に座って、俺の机に両肘をついて、掌をテーブルにして顎を乗せニマニマしながら俺を問い詰めてくる。
「あ、ヒロくん久々~。風邪はもういいの?」
今度は後ろからエマが話しかけてきた。俺はどういう訳か風邪ということになっていたらしい。
「ん?ま、まあね」
なんだ、このYESでもNOでもない玉虫色の返事は⁉ 自分でもダメだと思ってるけど、返す言葉が見つからない。それくらい追い詰められている。
「そう言えば、トトとネコも最近休んでたんだよ」
「そ、そうなんだ」
ずっと一緒だったよ! 一緒に誘拐されたんだから! とにかく大人しく座っていたけど、誰からの問いかけにも俺の顔は引きつっていただろう。
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