第30話:なごみとお泊り
「兄さん、一緒に寝てください!」
「ちょ、ちょ、ちょっと待て。それはマズい。俺たちは一応 兄妹だ」
「そんなこと言ったって、私 耐えられそうにありません!」
「いや、あの……」
広い和室で俺となごみが二人だけ。布団は2床あるのだけど、なごみが自分の布団を俺の布団にぐいぐい付けてくる。
「ちょっと待て。お前も年頃の女子だろ!」
「そんなこと言われても、考えてみてください」
珍しく余裕がなさそうな なごみ。そう、ちょっと冷静になって考えてみよう。
クラスメイトのトトが実は、ヤクザの組長の娘だった。たまたま学校の帰宅中にトトが誘拐され、俺とネコは一緒に誘拐されてしまった。そして、ネコは実は、トトの身辺警護要因、要するにガーディアンだった、と。
その後、再度トトが誘拐されないためと、俺が誘拐されないように安全なトトの屋敷に寝泊まりさせてもらっていた、と。
なごみにしてみれば、ある日、兄が急に帰らないと連絡したかと思えば、追加で数日帰らないと連絡が来て、急に帰ってきたかと思ったら、自分がヤクザの家に連れてこられたってことになるのか。そこで寝てくださいと言われても、はいそうですか、とはならないよなぁ。
「ごめんごめん。少しは気が紛れるかもしれないから、ここに至った経緯を話すよ」
「……お願いします」
「まず、最初に、ここは安全だから」
「本当ですか!? 兄さん! ヤクザさんのお屋敷とか既に詰んでる気がするんですけど!」
なごみが、迫ってくる。
「俺のクラスメイトの家と考えれば気が楽にならないか?」
「ヤクザさんのお屋敷という事実が一個も変わらないから全然 安心はできないです」
「まぁ、そうだよなぁ」
「逆に、兄さんはなんで平気なんですか!?」
確かに、そうだ。俺も最初はビビり散らかしていた。でも、ネコに特訓してもらったりして、慣れたところはある。
(ビュッ)外の障子を破って、1筋の弓矢が部屋の中に打ち込まれた。
俺はそれを易々とキャッチした。ネコのトランプカッター同時10枚に比べたら、弓矢なんて楽勝で見えていたし、弓矢はサイドから掴めばケガもしない。ケガをすることを恐れなければ、今の俺なら銃弾の弾もその軌道が見えるし、捕まえることができるのではないだろうか。
「に、兄さん、それは⁉」
「んー……弓矢?」
「本当にここ大丈夫なんですか!?」
「んー……」
「失礼」
障子の向こう側で聞こえたその声はネコの声だった。
「はい、どうぞ」
スーっと襖を開けると、そこにはネコが正座していた。
「どうした?」
「今の弓矢は私、好きだから」
「どうして、客の部屋に弓矢を打ち込むことになった⁉」
キューピットとかって矢で心臓を打ち抜こうとしたとかじゃないよな!?
「妹さん、安心させたかった。ノワール様、好き」
あー、何となくわかった。
「どういうことですか? 兄さん」
「あー、この人はネコ。一緒に夕飯食べたから、顔は見てたろ?」
「はい。兄さんのクラスメイトさん」
「そうそう。それで、俺の師匠でもある」
「師匠……ですか?」
「要するに、弓矢が撃ち込まれても、俺がキャッチできるので なごみは安全だよ、と伝えたかった……ってことでいいのかな?」
「(コクコク)ノワール様、好き」
「えーっと……」
「ヒロは、この屋敷の中でも2番目に速くて強い。この部屋は安心」
「えと……ありがとうございます」
ネコは少々手荒い方法だけど、この部屋の安全性を伝えるとともに、俺が修行で強くなったことを伝えたかったようだ。それだけ伝えると、引っ込んでしまった。
「さっきの方、兄さんのことを見ながら『ノワール様好き』とか言ってましたけど、あれはなんですか?」
「あー、あれは病気みたいなもんだから、気にするな」
なごみの半眼が痛いけれど、なごみが少し安心できたのも事実。ネコに感謝しないといけない。
野球は無理でもキャッチボールくらいは平気でできそうな広さの和室の中央に俺となごみの布団が2床。布団は結局ぴったり付けた。この部屋の広さを最大限に無駄にした布団の敷き方だろう。部屋の電気は消して、外から零れてくる月明りでほの暗い。
お客様用布団はふかふかで新品の匂いがする。枕は俺の好みよりも少し低いのでついつい枕と後頭部の間に掌を入れて、高さを調節したくなってしまう。高すぎるよりは良いので、守ってもらっていることも考慮したら文句を言ったら罰が当たる。
「兄さん」
まるで俺がまだ起きているか確認するように、なごみが俺を呼んだ。
「どうした?」
「知らないお屋敷で、やっぱりちょっと怖いから今夜は手をつないで寝てください」
……こいつは自分のことも、俺のことも分かっていない。隣のクラスの俺の教室までこいつの可愛さは伝わってきている。「大和撫子の君」とか訳の分からないあだ名まで付けられて。……ピッタリじゃないか。そいつセンスの塊!
薄い掛布団に差し込まれた、彼女の掌を軽くつかむと意外なほど小さかった。
「こうして眠るのはいつ以来ですかね」
そう言えば、いつ以来だろうか。なごみと話しているだけで、すごく揶揄われた。思えば、周囲の男の子はなんとか なごみと仲良くなりたかっただけだったのかもしれない。それか、可愛いこと仲が良いことに対する嫉妬か。当時の俺たちはまだ、嫉妬なんて言葉も知らなかったはず。それでも、その感情はしっかり持っていたのかもしれない。
「兄さんの手は大きくなりましたね」
ついさっき、真逆のことを考えていただけに、俺の考えを読み取られたかのような気恥ずかしさがあった。
「なごみの手は小さいな」
「そりゃあ、女の子ですから」
本当だ。俺の中でなごみは「妹」という名の生き物だった。だけど、彼女も一人の女の子なのだ。そう考えると、彼女はかなりの優良物件と言える。料理はできるし、とても上手。家事全般が好きみたいだし、世話好きで、なにより可愛い。彼女というよりは、良い奥さんという感じ。高校の時でこれだけ人気なのだから、歳を重ねるたびに益々モテるだろう。
俺もまたまだ見ぬ なごみの将来の旦那に嫉妬しつつ、彼女の手のぬくもりを感じながら眠りに落ちていくのだった。
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