第29話:初めてのお宅訪問

 誰か教えてくれ。俺は今 自分の家で何をしているのか。


 ローテーブルの上には、肉じゃがが急遽メニュー変更されたカレーが人数分乗っている。鍋に醤油や砂糖が投入される前で助かった。醤油がしみたじゃがいものカレーなんて聞いたことがない。


 まだ、じゃかいも、人参、豚肉を炒めて、水を入れ煮はじめたところだったから、他の料理に転用できたらしい。それでも、転用できるのは なごみの料理スキルの賜物だろう。


 部屋には、俺、妹のなごみ、普通のクラスメイトと思いきや、実はヤクザの組長の娘トト、同じく寡黙な無表情クラスメイトと思っていたら、実はトトのガーディアンであり、俺の動きの師匠であり、少女マンガとコスプレが好きなネコ。


 なぜ、この四人でカレーを食べているのか。



「はぁ、美味しかったです!嫁の方」


「なごみと申します」


「美味しかったです。なごみさん」



 トトとなごみの会話 なんかおかしくないか!?



「兄さん、それでは私は帰りますね」


「は、はい。ごはんありがとう」


「いえ、お友達とは ほどほどで」


「ああ」



 ごはんを作ってくれ、みんなが食べたから なごみは帰るという。洗い物まで済ませて、こいつは本当に高校生なのだろうか。


 玄関で立ち止まり、見送りの俺に聞いた。



「明日も学校はお休みですか?」


「すまん、できるだけ早く行くようにするんで」



 小さなため息とともに、なごみは玄関のドアを出た。俺が詳細を言わないので、説明できないのだとおもんばかってくれたようだ。



「嫁の方はどちらに?」



 部屋に戻ると、トトが聞いた。トトとは秘密を共有したわけだけど、もう一つ俺の秘密を知られてしまった。



「それにしても、ヒロくんが嫁の方と同棲中とは知りませんでした。さすがリア充。一般人の発送を平気で超えてきます。あ、大丈夫です。学校のみんなには秘密にします」



 唇に人差し指を当てて、「しー」のポーズで言うトト。



「いや、俺は一人暮らしだし、あれは妹だから」


「またまたぁ、あれで妹は無理があるっていうか……あっ! 思い出した! あの嫁の方は、隣のクラスの『大和撫子の君』ですよね!?」


「あ、そう。そう呼ばれているヤツではあるけど……」


「大丈夫です! 秘密にします! お口にチャックです」


「いや、そうじゃなくて……」



 誤解を解きたいけれど、中々話を聞いてくれない。



「お嬢様、10分すぎた」



 ネコがトトに帰るよう促した。10分どころかたっぷり1時間はいてしまったのだ。この言葉を発するまで、ネコの存在を忘れていた。彼女はトトのガーディアンだから、主人がいるときは出しゃばらないのかもしれない。彼女と会話しようと思ったら1対1になる必要がある。それはとても難しい。



「そうですね。約束ですから」



 少し寂しそうな顔をしたトト。ただ、身の安全を考えたら早く安全地帯である屋敷に帰る方がいい。俺たちは、準備を手早く済ませて玄関を出た。


 玄関を出たところで信じられないものを見た。白いワゴンが止まっていて、サイドのスライドドアが開いていた。そして、中のシートには、男がいて、なごみを捕まえ、口を押さえている。



「なごみ!」


「兄さん!逃げて!」



 男が口を押さえていた手を振り払い、大声で叫んだ。あいつは……こんな時は「助けて」だろうに!


 頭に血が登った俺は後先考えずに、ワゴンに乗り込み男の顔面にワンパン入れていた。なごみを男から引き剥がし、鳩尾みぞおちにもう一発。男を無害化した。


 俺が我に帰ったときには、ネコがワゴンに乗っていた他の二人を倒していて最悪の事態は避けられたのだった。





 ネコ以外は、再び俺の部屋に戻った。なごみは畳にぺたりと座り込んで、カタカタと震えていた。



「すまん、なごみ。巻き込んでしまって」


「ぜ、全然大丈夫です、私は。そうだ、お洗濯物を取り込まなくちゃ」



 無意識に なごみを抱きしめた。洗濯なんてしてないから洗濯物なんてない。激しく動揺している中、なんでもないことの様に気丈に振る舞っているのだ。怖い思いをしただろうに、こんな時まで他人のことを思って行動するとか、ちょっと行き過ぎだ。怖い時は怖がっていいんだ。他人に嘘をつくのはいけないことだけど、自分の心に嘘をつくのはもっと良くない。いつか、自分の心が壊れてしまう。


なんとか抜け出そうとする なごみを抱きしめていると、次第に力が抜け、落ち着いたようだった。



「少し落ち着いたか」


「……はい」



なごみは、畳にぺたんと座ったままだ。


「兄さんは、大丈夫なんですか?」


「あぁ、守ってもらってる」


「いま、屋敷に連絡して処理班が来ています。それまでは、外でネコが。終わったら、すいませんが、なごみさんもご同行願えますか?安全のため」


 和室で棒立ちのトト。

 外では、ネコがワゴン車と共に暴漢たちを取り押さえている。



「あの、ヒロくん、さっきの動きは……?」


「さっき動き?」



 トトが聞きたかったことをやっと聞けたと、質問した。



「その……ネコみたいに、一瞬で数メートル先まで瞬間移動みたいに動いて、相手が動く間もなく取り押さえました」



 5メートル先まで0.000秒フラットはネコにしかできないだろうが、俺にもそれに少し近い事ができたということだろうか。

 精神力をガリガリ削った特訓も無駄じゃなかったんだ。



「ネコに稽古をつけてもらったんだよ」


「……」



 *


 しばらくすると、ネコが部屋に入ってきた。暴漢たちは、本体が回収に来たのだろう。



「これから、黒幕を吐かせることになります」



 普段のトトから出た言葉とは思えないほど、物騒な言葉だった。



「友だちやその嫁まで手を出した人たちは、徹底的に追い詰めます」



 いや、怖い怖い怖い。

 それから、家に連絡してなごみは うちに泊まることにして、トトの屋敷に連れて行くことになった。


 来たときと同じく、運転はネコ。

 後部座席に、トト、俺、なごみが座った。後部座席も広い!さすが高級車。自走者としての揺れがほとんどないのは、自動車が上等だからか、はたまた ネコの運転が上手だからか。



「すいません、連行するような形になってしまって。まだ他に実行犯がいて、再度拉致されてしまう可能性もあります。安全な場所にお連れしますので、少しの間ガマンしてください」


 なごみは、ずっと俺の腕を掴んで離さなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る