第26話:トトパパの提案とネコの特訓

「坊主、とりあえず、うちの娘と婚約ってことでどうだろう?」



 朝食の時にみんなが集まっている所で言われた。ここでいう「みんな」とは、俺の家族でもなんでもなく、トトのお父さんとお母さん、そして、反社会勢力の幹部の皆さん約20人のことを指している。


 純日本的な大きな建物で、食事をする居間だけでも幹部の方が20名くらい楽々座れるような広さがある。



「おめでとうございます!お嬢様!」

「おめでとうございます!」

「おめでとうございます!」



 口々に幹部の方々からお祝いのお言葉があがる。ちょっと待て、どうしてこうなった⁉



「坊主が、トトと形だけでも婚約したら、全ては収まるだろ」


「おとうさん! やめて! ヒロくんは普通の高校生なんだから!」



 トトがトトパパを止めてくれる。



「そんなこと言っても、付き合う以上、いずれはそう言ったことも関係してくるわけで……」



 ちょーーーーっと待った―! 俺とトトが付き合うこと前提になっていないだろうか!?



「それだと、私とヒロくんが付き合うことが前提になってるみたいじゃない!」



 そーだ、そーだ! 言ってやれ! 言ってやれ!



「もう付き合っているんじゃないのか⁉」


「そそそそそそんな訳……ない…です」



 なぜ、そこで学校モードの自信なさげなトトが帰ってくる!?



「誘拐されている人の車に乗り込むとか、よほどの覚悟がないとできないぞ!?」



 そうかもしれないけど!



「筋肉はあるようだけど、白い肌をしてるから いい色が入るぞ!」



 トトパパが俺のTシャツの背中を捲った。

 色って、ことは、背中に絵を書いて、そこに色を入れるってことですよねー!? 登り龍とか、観音様とか、なんかそういう恐ろしい感じの!?


 んん⁉ 俺の背中を見てトトがオロオロしている。いくら肌だと言っても、背中だ。そんなオロオロするようなことはないと思うけど。



「あの……ヒロさんって……聞きにくいことを聞きますけど……」


「ん? ああ、何でも聞いてくれ。答えられることなら答えるから」


「ヒロさんは……女の方ですか?」



 斜め上の質問がきたーーー!!

 今の話の流れとかから、どこに俺が女だと思う要素があった⁉



「どこに俺が女だと思う要素があった?」


「だって……男の人はみんな背中に絵が描いてあるから……」



 トトが幹部の方々の方をチラリと見た。



「すまん、もう少し詳しく説明してみてくれ」


「えっと、あそこのいる幹部たちは、私にとって叔父さんみたいなもので、小さい時はお風呂に入れてもらったりしたんですが、みんな背中に絵が描いてありました。お父さんも。でも、お母さんには絵がないし、女の人は背中に絵が描かれてないのかなって」



 ああ、トトは本物だ。そんな誤解が生じる可能性をこれまでの人生で考えたことがない!そして、あそこの幹部の方々の背中にはもれなく何かしらの絵が描かれているってことか。



「はっはっはっ、坊主、うちの娘はこれくらい初心うぶなんだ。使い捨てたら、それなりに責任取ってもらうからな!」



 あ、お父様、笑っているけど、目が笑っていないので怖いです。とても怖いです。



「あなた!そんなに脅したらダメでしょ! ヒロくんは まだ・・普通の高校生なんですから!」



 トトママが助け舟を出してくれたのは嬉しい!だけど「まだ」がついている辺り、方向性が同じ予感がする!



「結局、ヒロくんは男の人ですか!? 女の人ですか!?」



 朝食時に、ヤクザの自宅でカオスが起きていた。



 ***



「ごめんなさい、両親が先走ってしまって……」



 朝食が終わって、俺が使わせてもらっている客間に戻るとトトが謝った。



「まあ、誤解もあったみたいだし、作戦的にはいい作戦かもしれないしな」



 マンガやアニメならば、偽装カップルのエピソードは普通にありそうだ。嘘とは言え付き合った振りをしているうちに、段々お互いのことを好きになるっていうパターン。


 ただ、その場合、誘拐されたり、命を狙われることはないだろう! 普通の学園物に普通ヤクザは出てこないし!



「実は……もう、ちょっと婚約の話を業界にリークしちゃったらしくて……」


「え⁉」


「あ、でも、全然大丈夫です! 学校とかに伝わったりはしないですし!」



 アセアセとしているトト。本当だろうか。

 まあ、俺が婚約者という事になれば、当然、改革派は俺を仕留めに来るだろう。おとりというか、ホイホイ的というか……


 まあ、今日も俺はネコと特訓だから、特に実害はないかな。



「分かったよ。今日もお世話になるけどよろしくな」


「はい! もちろんです!」



 ***



 今日のネコの特訓は昨日までとまるで違った。再びトトの家の柔道場みたいな大きな部屋なのだけど、内容が全く違った。


 ネコがトランプを指に挟んで、ピンと弾くと前に飛ばすことができるみたいだ。ちょうどマジックのトランプブーメランみたいな感じ。


 ただ、ネコが飛ばすトランプは、置いていた大根を真っ二つにした。

 ダメだ! あのトランプに当たったら、どこか大事な部分が切り落とされてしまう。



「最初はゆっくり飛ばすから、叩き落とすか、トランプをキャッチする」


「指、飛ばない?」


「最初は当たっても痛くないくらいの回転にする」



 その「最初は」ってのが引っかかる。後はすごい回転で飛ばす特訓に進むのだろうか。ネコは表情が基本的に「無」だから、本気か冗談かは、表情では読み取れない。



 驚いたことに、トトはトランプを同時に2枚、3枚と飛ばすことができた。回転自体は危険なものではないけれど、同時に10枚くらいまで飛ばせるのだ。今日の特訓はそのトランプを避けたり、叩き落したり、掴まえたりすると言うもの。


 2枚同時までは比較的早くなれた。右手と左手で違う動きをすればいいだけだ。3枚目は難しい。たしかに、普通の練習では3枚目は叩き落とせない。


 たしか、原始的な民族でも1と2までは数えられるとか言ってたな。右手と左手で2だ。3は口を使うとかで3以上数える文明は一段超えているという話を聞いたことがあるけど、指は10本あるのだから真偽のほどは分からない。



「何枚同時までいける?」



 分かりやすいネコの挑発だった。やってやろうじゃないか!

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