第27話:軍服と覚醒
ネコに筋肉の使い方の特訓を受けている。トトの家の道場みたいな部屋で今日も特訓だ。学校はサボっているので、やることがないから丁度よかった。
身体でも動かしていないと、俺のような小心者は学校をさぼったという事実だけで罪悪感から変な汗をかき始めてくる。ちなみに、小学校と中学校は皆勤賞を取ったから。学校を休むというのは俺の中にはない選択肢だったのだ。
今日の特訓はかなり難しい。ネコが飛ばしたトランプが回転しながら俺に向かってくる。単なるトランプなので、叩き落とせはなんということはない。ただ、同時に2枚、3枚と飛んでくる。軌道を変えるなどして、完全に3枚が同時に襲ってくるので、3枚目が落とせない。
午前中やっても全然進歩がなく、ネコは少し退屈をし始めていた。その様子は変わらない表情から読み取れてしまった。
「ネコ!ごめん、難しくて。頑張るからもう少し特訓に付き合ってくれないか」
「ん、大丈夫。元々誰にでもできることじゃない」
理解してくれているようだけど、「あなたにはできない」と言っているようでもあった。
「なあ、ネコ。お前がもうちょっと楽しめる様な工夫はないのか?付き合ってもらってるばっかりじゃ悪いし」
「ん、大じょう……ある。ちょっと待ってて」
ネコが席を外した。まあ、いいや、速く動く特訓。今のうちになにかないだろか。
「お待たせ」
考えがまとまる前にネコが戻ってきてしまった。相変わらず無表情ではあるけれど、心なしかウキウキしている?
「これ」
ネコが持って来たのは、学ランだった。いや、持ち上げてみたら分かった。これは、学ランではなく、軍服だ。
「これは?」
「推しのコスプレ」
コスプレはいいけど、軍服って……
「帽子」
「ああ」
「髪型を変えて、片目を隠す」
「お、おう」
「マント」
「マント!?」
「ブーツ」
「ブーツ!?」
「白手袋」
「白手袋!?」
「サーベル」
「サーベル!?」
俺の知らない何かのキャラなのか!?その「推」しとやらは軍服で帽子をかぶって、マントを翻し、サーベルを腰に差している。前髪は流して片目を隠している。軍服も日本軍なのかドイツ軍なのかよく分からない。
「こんな格好でネコは楽しくなるのか?」
「……」
ネコが止まってしまった。まあ、軍服を着たくらいで興味を取り戻して特訓してくれるとは思ってなかったけどさ。
「ノワール様……」
「ん?」
なんか聞いたことがない名前が聞こえたみたいだけど……
「こ、これは!砂漠の薔薇学園ノワールの主役、ノワール様そのもの!」
「な、なに…?」
たしか「砂漠の薔薇学園ノワール」とは、確か少女マンガで戦国軍事学園物だったような……ノワールは確か、その学園の生徒会長で将軍のキャラだったかな。
普段、言葉が少ないネコなのに、急に饒舌でなんか怖いんだが……
「ノワール様……好き……」
「は⁉」
目が完全にハートになっている。普段のネコらしくない。
「とにかく、これ着てネコがやる気をしてくれるなら、俺はこの格好で特訓を受けるから、ネコも全力で俺を鍛えてくれ」
「はい!ノワール様、好き!」
ネコがトランプを10枚構えた。さっきまでは3枚だった。まさか……
「はいっ!」
手を左右に伸ばすと、トランプが10枚同時に飛んできた。なんかさっきよりも回転が速いような……!? 回転している音もさっきと比べ物にならない音がしている。これはヤバいんじゃ!?
トランプが当たる瞬間、危機感から、無意識にサーベルを引き抜いていた。トランプは10枚全部が真っ二つ。
「こ、これは……」
「すごい……10枚全部……好き」
再びネコはトランプを準備した。
「はいっ!」
再び10枚同時の高回転トランプ、所謂 トランプカッターが飛んできた。今度は、タイミングを見て……
「おりゃっ!」
やはり10枚同時に切り落とした。普通の速さでは2枚、3枚なら切り落とせても、10枚同時は普通の考えじゃ追いつかない。トトに習った動きができてないと追いつかないのだ。
「できた……」
「そう、ヒロに足りなかったのは自信と危機感。好き」
なんか、ちょいちょい変な言葉が入っている気もするけれど、とにかくできるようになった。
「ヒロは、やればできる。あと、カッコイイ。好き」
「そ、そうか、ありがとう。後はもっと慣れて100%できるようになる。付き合ってくれるか、ネコ」
「はい、ノワール様。好き」
どうも、ネコは二次元のキャラが好きらしいな。かなり傾倒しているらしい。そして、俺のコスプレはなんかそのキャラに似ていたらしい。俺とその推しのキャラを混同しているようだ。
ただ、テンション上げて特訓に取り組んでくれるのならば俺としてもあり難い。
***
「だーーーーーーーーっ、疲れたーーーーーーーっ」
道場では俺が大の字になって倒れている。朝から夕方までぶっ続けで特訓していたせいで完全に疲れ果てていた。
「普段使わない筋肉を、使わない使い方で使った。疲れて当然。そして、好き」
ネコは庇ってくれたようなことを言っている。とりあえず、今までの俺とは違う。少しは進化した。何かが起きた時に大切な人を守ることができるかもしれない。
「ネコ、ありがとう。でも、本気のネコはトランプは同時に最高何枚まで飛ばせるんだ?」
「んー、20枚は確実。ノワール様、好き」
まだ、俺はネコの全力の半分も行ってないということか。少しがっかりした。しかも、この様子だと、本当は30枚とか40枚も狙えるのかもしれない。少し気を使って、控えめに言っていると俺は察した。
「でも、普通の人の10倍は速い。そんな人はほとんどいない。とてもすごい。好き」
気を使ってくれているのかな。彼女ならば5メートル離れたところくらいまでは
「これからも、特訓に付き合ってくれるか?」
「もちろん、一生そばに置いて。好き」
更なる努力をすることとしよう。筋肉量では圧倒的に多い俺の方が、まだ半分にも満たないなんて。
(テトテトテン)俺のスマホが鳴った。夕方くらいだし、
『兄さん? 今どこですか!? 学校に行ったら昨日もお休みだったんですけど!』
やっぱり、なごみだ。案の定、俺のクラスに様子を見に来たのだろう。そして、昨日、今日と休みにしていることを聞いた、と。もちろん、学校には体調不良と言っているので、ズル休みながら学校的には病欠となっている。学校的には全く問題ない。ただ、家にも帰っていないことを なごみは知っている。それをそのままにしておくような性格じゃない。
「ごめん、ごめん。ちょっと、ごたごたしてて。一両日中には帰る予定なんだけど……」
『身体は大丈夫なんですか? ご飯はちゃんと食べていますか?』
お前は、俺のオカンか。
その声から、本当に心配をかけているのが分かった。俺の誠意としては、一度帰って、顔くらい見せて可能な限り最低限の現状報告をしなければならないだろう。
「なごみ。心配かけてごめんな。俺は大丈夫。今日は一度家に帰るから」
電話の向こうなのに、なごみのほっとした顔が思い浮かんだ。
『そうですか。お夕飯どうしますか?』
「食べる」
「分かりました」
電話を置いた後、ネコに頼んだ。
「俺は一回家に帰る必要ができた。手伝ってもらえるか?」
「はい、でも、お嬢様に話さないと。でも、好き」
ネコがトトに話を通してくれて、トトがお父さんに話を通れしてくれる算段だ。簡単なことであっても、流石にヤクザの親分と交渉とか普通の高校生には荷が重い。なにより、黙って帰るのは不義理になると思ったのだった。
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