第24話:ネコと特訓

 誘拐から自力脱出した俺たちは、トトの屋敷で事件が解決するまで数日過ごすことになった。こんな時、普通のラノベやマンガの主人公なら、自力でなんとかするのだろうけど、俺は偽物のリア充。ヤクザの抗争に関われるほどの力はない。


 大きな屋敷の大きな部屋に泊めてもらったのだけど、気分は旅館に泊めてもらった感じ。ただ、廊下ですれ違う人すれ違う人全てがヤクザなだけ。俺の顔見知りはトトとネコだけ。ある程度の心細さはあった。


 風呂も大きいし、この屋敷にも数人の人が寝泊まりしているのか、住んでいるのかしているのだろう。


 夜はネコが部屋に食事を持ってきてくれた。一人で食べると心細いと思ったのか、ネコも一緒に食べてくれた。


 問題は次の日。


 40畳とか50畳とかあるような大きな部屋でみんな揃って朝食だった。屋久杉だか何杉だか分からないけれど、大木を長手方向にスライスしたどデカいテーブルに20人ほどがついている。


 一番の上座にトトの両親が座っていた。そして、その向かいに俺とトトが並んで座っている。ネコはトトの1つ下座。警備的な意味もあってすぐ近くにいるのだろう。つまり、俺たちの下座に20人くらいのヤクザの方が胡坐をかいて座っている。


 料理は若手が運んでくるみたいで、俺は座っていればいいらしい。



「すいません、なんかピリピリしてしまっていて。いつもはもう少し和やかな空気なんですけど」



 ヤクザの方々の和やかな空気が想像できないけど。

 確かに、トトの両親を見ても、表情が硬い。



「ヒロくんと言ったかな。昨日は遅かったし、お礼がそこそこになって申し訳なかったね」



 テーブル挟んで向かいのトトパパが言った。トトママも目を閉じて静かに会釈した。



「いえ、そんな。結局俺は何もできませんでしたし」


「娘から聞いたよ。トトがワゴンに連れ込まれた時、一緒に飛び込んだんだって?」



 そんなこともあったか。とっさのことだったし。ただ、その後、1ミクロンも役に立っていないので、お礼を言われると居心地が悪い。



「迷惑かけてしまっているから、せめて数日家にいる間はできるだけ寛いでくれ」


「ありがとうございます」


「お前たちも、客人に失礼のないようにな!」


「「「「あい!」」」」



 急にトトパパがデカい声で部屋中に聞こえるように言ったので、びっくりしたけれど、あのいかつい顔の人たちが揃って返事したのは もっとびっくりした。



 朝食はしっかりとしたもので、一汁三菜という感じ。ごはん、みそしる、焼き魚、ノリにたくあん。裏を見たら料理人の人もいるのかもしれない。


 ヤクザ20数人に囲まれて朝食を取ると考えたら無理だっただろうけど、すぐ横にトトが座っていて、普通にしているのを見ると、どこか安心して朝食は完食できた。食事の時は、全員仕事の話などせず、大人しく食べていたのでこれが本来なのかもしれないと思った。


 うちの場合、小学生の時には、仲良く食事を取る両親と まひろさん、なごみがいたので、テレビを見ながらその話をしていたり、学校や友だちの話をしながら食事をするのが常だった。「作法」みたいなものの観点から考えると、お行儀が悪い家だったのかもしれない。



 食事が終わると、すぐに皿などは下げられて、トト誘拐事件の現状把握や進捗の話が始まった。俺も興味はあったけれど、部外者なのでネコにより客間に戻るよう促された。



 客間に戻ると、静けさが戻った。外を見ると見事な日本庭園も見える。地面には岩が置かれ、周囲は砂があり、線が付けられている。ネコに聞いたら枯山水かれさんすいといって、岩は島を表し、砂につけられた線は海の波を表しているのだとか。


 そして、この屋敷の場合は、撒かれている砂が一般よりも目が粗くて、枯山水の上を歩くと音がするようになっているらしい。まさか、防犯の意味もあったとは。ここがヤクザの屋敷であることを一瞬忘れかけたけれど、大きさも含めて普通の家ではないことを思い出してしまった。



「ネコ、トトが学校休みだとお前は手が空くか?」


「?」



 ネコは、無言で首を傾けた。ホントこいつ言葉が少ないな。



「お前の筋肉の使い方をちょっとでも教えてほしくて」


「ん、了解」



 OKらしい。屋敷内には稽古場と言ったらぴったりかもしれないが、畳が敷かれた柔道の練習場のような部屋もあった。そこにトレーニングウェアを着てネコと一対一で教えてもらえる事になった。


 ネコのトレーニングウェアは身体にぴったりしていて、身体のラインがバッチリ出るものだった。身体の凹凸がある方じゃない彼女だけど、それでも女性的な曲線を見せられるとなんだか落ち着かない。



「俺は、お前の筋肉の使い方に興味がある。俺の方が絶対筋肉量は多いのに、腕相撲では瞬殺された。俺も同じように筋肉を使いたい」


「ん、ヒロが言っているのは正解。ワタシの方が筋肉は少ない。でも、力はワタシの方が強い」



 本来、そんなことがある訳ないのだ。日本のRPGゲームでは女の子のキャラクターがたくさん出てきて、細腕でごつい武器をブンブン振り回した入りする。一方で、海外のRPGの場合、筋骨隆々の男のキャラが同様にごつい武器を使う。海外ニキゲーマーに言わせると、非現実的だと。その点は俺も同様に思っていたけれど、これはゲームなのだと割り切っていた。


 ところが、いまそれに答えを出す存在が現れた。ネコだ。身長150センチにも満たない。細身で腕も足も細い。胸もフラットな感じで、すごく華奢な存在だ。肩くらいまでの髪でショートカット。普段、無表情で何を考えているのかも分かりにくい上に、言葉が少ない。


 彼女からその秘密を聞きだすのは至難の業だろう。でも、俺には必要だった。ノリタカやエマとバスケをするにもスピードが必要だ。それに、今回みたいに何かあった時に守れる力があるというのは、俺の中のヒーロー像に必須。なんとしてもマスターしたいと思う。



「筋肉は普段2割くらいの力で動いている」


「え?そんな少ないの?」


「ん」



 柔道場のような部屋でネコは寝転んでいる。自由だ。俺は向かいに正座している。教えを乞うのだから当たり前の姿勢だけど。



「そのリミッターを解除して100%で動いたら骨が折れる」


「そこまで!?」


「だから、折れないくらいの加減と、折れない角度を覚える必要がある」



 思ったよりも複雑そうだ。



「まず、どうすれば、リミッターは解除できるんだ?」


「スポーツマンがやるのは大きな声を出すこと」



 確かに、砲丸投げとかをテレビで見ていると、大きな声を出している。あれに言いがあったのか。



「2つ目は、イメージ。信じ込むこと」


「それだけで できれば苦労しない」


「最後は、ワタシの方法、瞬間的にだけ解除する。命の危険を感じると人間無意識にリミッターが解除する」



 マジかよ。ネコの少ない言葉を噛みしめながら理解すると、新しい発見はいくつかあった。リミッター解除は意識と直結している、つまり、脳の使い方らしい。そして、例えば、走っているとしたら、どこかに力を入れて、どこかを抜くみたいなことはしていない。ただ、蹴る時の足だけ一瞬リミッターを解除するだけでその分、速く走れるらしい。


 陸上選手が日々走りの練習をして速くなるのは、無意識にこういったことが行われているからかもしれない。ネコはその筋肉の使い方をマスターしたのだから、走るのも速いし、力も強いというチートキャラになってしまっているのだろう。


 トトの準備したトレーニングは俺がこれまでに経験したものとは全く違った。


 裁断機のような器具に手を固定する。実際は指の前5ミリくらいの位置に刃が降りる指用のギロチンの様なものだが、ネコが思い切り刃を下ろすのだ。ザクッという音と共に、背中がスッと寒くなる。


 刃の位置は元々指を傷つける位置ではないので、ケガは全くない。しかし、もしかしたら……と思って背筋が寒くなる。そして、この刃物が落ちた瞬間の握力をもう片方の手で測ると、何でもない時よりも確かに数値が伸びているのだ。こんな肉体の裏ワザはネットとかでも見たことがなかった。


 他にも俺が仰向けに寝ていると、頭のすぐ上にネコが立つ。あまり起伏のない身体だとは言え、女性を下から見上げるというのは何ともいけない気持ちになると緩いことを考えていたら、次の瞬間死の恐怖が訪れた。


 頭のすぐ上にバスケットボールを落とされた。これも頭に当たる訳ではないので、痛くもないしケガもない。しかし、ネコの力と速さで頭の真上でドリブルされたら、危機感が半端ない。目を瞑りそうになるけれど、それは逃げだと目を開けたままにする。


 その後も、昼食以外はいくつか訳が分からない特訓をしたのだけれど、汗だくだった。まひろちゃんの特訓の時よりもきつい。身体はほとんど使っていないのに。色々頭が混乱しているのは分かる。



「今日はここまで。お疲れ様」



 ネコが声をかけた時、俺はその場に崩れ落ちた。なんか くたくただった。



「普通、1日持たない。ヒロはすごい。何か身体を鍛えたことはあるはず」



 身体を鍛えると言ったら、まひろちゃんの改造手術(特訓)だろう。ずんぐりむっくりの俺をスマートでしなやかな筋肉の男に作り変えてしまったのだから。



「これ」



 そう言うと、ネコは缶ジュースをこちらに投げてくれた。ただ、投げ損ねたのか、機動的に俺の顔に直撃コースだった。反射的に350mlの缶を掴んだ時 異変が起きた。


 俺が力強く握った炭酸ジュースの缶が潰れて吹き出していたのだ。



「今日の特訓の成果。ヒロは筋がいい」



 信じられなかった。俺はリンゴだって握りつぶせないのに、ジュースの缶を握りつぶすなんて。



「普通、握力が80キロくらいあればリンゴはつぶせる。でも、ジュースの缶は人間には無理」



 そう言うと、ネコは持っていたもう一つのジュースの缶を易々と握りつぶして見せた。すごい。まだネコほどではないけれど、俺にもその片鱗が見えた。人間成果が出ると現金なもので、もっと練習したくなるのだった。



「明日もお願いできるか?」


「ん」


「でも、どうしてこんなに親身になってくれる?」


「学校で何かあったらお嬢様守って」


「お前は?」


「一人だと足りない時がある」


「なるほど、分かった。約束する」


「じゃあ、明日は本気で行く」



 いやいやいや、本気って!? これ以上どんな特訓があるのかちょっと危機を感じるのだった。もしかして、それも特訓のうち!?

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