第23話:トトの帰宅

「はーーーーーーーーーーー」



 俺はいま、ボロボロの軽自動車に乗せられて、お屋敷に連れてこられた。

 以前からチャリンコでこの辺りは走ったことがあった。住宅街にずっと壁があると思っていたら、ここは民家だったとは。和風の壁であることから料亭とか旅館とかそういう施設だと思っていた。



「トト、ここがお前の家?」


「はい……」



 そして、この大きな屋敷がトトの家だったとは。

 門はくぐり、軽自動車は徐行しているが、まだ正門につかない。



「お前、お嬢様?」



 助手席から後ろを見て、後部座席のトトに聞く。



「一人娘ではあるのですが、お嬢様という訳では……」



 はー、それしか言葉が出てこない。普段自信なさそうにしている、いかにも普通が服を着ているトトは実はヤクザの娘でこんなデカい家の一人娘って……俺が誘拐に巻き込まれてことくらい現実味が無くて、言葉がなかった。



「普段、おどおどしている印象だったけど、そうやって普通にしている方が似合ってるなトト」


「そ、そうでしょうか?」


「いや~、びっくりしたー」


「それだけ?それだけですか?」


「どういうこと?」


「ヤクザの娘ってことで怖いとか、騙してて憎いとか……」


「ヤクザの娘はびっくりしたけど、トトはトトだし怖いってことはないかなぁ」



 騙していると言えば、俺も大概騙している。学校では陽気に振舞っているけれど、実はオタクの陰キャボッチなのだから。素の俺が一番付き合いやすいと思っていたトトは俺ともっとも離れた位置にある世界の人だった。


 そんなことを考えていると、軽自動車は建物の入り口につけられた。


 ネコが急いで降りて、後部座席の扉を開けた。



「お嬢様、どうぞ」


「ありがとう」



 その慣れた感じ、本当はお嬢様なんだなぁと実感させられた。

 ネコは助手席のドアも開けてくれた。俺は普通に自分で開けて出られるけどな。


 俺たちが軽自動車から降りると建物から わらわらと大勢人が出てきた。スーツの男と洋服の女性はトトの両親らしく、無事の帰還を抱き合って喜んでいるようだった。その点は微笑ましい光景。それ以外の20人ほどのスーツや普段着の男たちは、明らかにカタギの人じゃない!なんだろう、顔が怖いという訳ではないけれど、眉間にしわが寄っている感じというか……



「お前は何だ!?」

「お前が誘拐犯か⁉」

「よく顔出せたな!」



 などなど、全然歓迎されていなかった。俺とトトの間には人の壁が作られトトとは引き離されてしまった。それでも、ネコが「お嬢様のご学友」とか「巻き込まれた」とか、とても短い言葉で説明してくれたので、敵対ムードは一転した。



「お嬢に付いていてくれたんだな!」

「歓迎するぜ、坊主」

「ここに来たってことは、泊っていくんだろ!?」



 などなど綺麗な掌返しが見られた。危なかった。普通の高校生にとってヤクザってメチャクチャ威圧感がある。こんなたくさんの人から敵意を向けられるとメンタルがやられそうになる。


 そんな中でも、ネコはある程度以上に認められているようで、「よくやった」とか「さすが」とか評価も高かった。肩をバシバシ叩かれているけれど、いつも通り無表情の彼女。あいつだけは全てがいつも通りで逆に落ち着くわ。


 身の安全が確保できたので、改めてトトの家を見たら、これはもう家とは言わない! 旅館とかそう言った大きさで、庭なんか日本庭園のカタログができそうなくらい純和風だ。庭には池もあるし、竹でできたカコーンと音がする鹿威しも付いていた。リアル鹿威し初めて見た!


 俺は、客間に通された。

 家の中はなんだか慌ただしい。そりゃあ、一人娘が誘拐されて首謀者や実行犯が捕まっていないのだ。ヤクザ的には許せないのだろう。



「家の連絡先分かりますか?」



 襖が開けられ、トトが顔を出した。普段のトトからは似つかわしくないほどの大きな家と、ガタイのいい男たちに囲まれている感じ。それでも、彼女にとっては普通の事なのだろう。怯えたりすることなく、普段通り……いや、普段よりも落ち着いているように見えた。


 逆に、普段はなんにあんなに怯えているのか。そう考えると、なんだかおもしろくなってきた。



「どうしたんですか?」


「え?」


「顔が笑っていますよ?」



 不思議そうに首を傾げるトト。本当に普通の女の子に見える。



「ああ、普段の怯えているトトと違って落ち着いているなって。こんな大きなお屋敷にいるのに」


「そそそそ、それは、私の言動のどこかでヤクザの娘ってことがバレたら全てが終わりだし……」


「じゃあ、あのログハウスで教えてくれた時は大変だったんだな」


「……ヒロくんを巻き込んだ時点で、もうダメだと割り切りました」


「ちょっと待て!俺はトトが嫌だったら別に言いふらしたりしないぞ?」


「え⁉ でも、私ヤクザの娘ですよ?怖くてこれまで通りという訳には……」


「俺の場合、ヤクザに知り合いはいないけれど、もっと怖い存在を知っているから普通の怖さかな。何といっても、トトはトトだし、別に怖いとは思ってないよ」



 それを聞くと、トトはその場に座り込んでしまった。



「おい、大丈夫か⁉」


「はー、はい。私、もうダメだと思ってました。転校しないと、と」


「せっかく同じクラスになったんだし、友だちだろ?俺も言ってないことがあるから、それを話すし。それで平等だろ?」


「ヒロくん、どんな人なんですか。流石、リア充ってやつですね」



 まあ、俺は偽のリア充なんだけどね。今度はその話をしないといけないな。



「あ、そうだ。ご自宅に電話しておいてください」



 トトが手に持った電話の子機を見せた。

 そう言えば、そんなことを言っていた。一人暮らしなので、連絡するべき人はいないのだけど、なごみくらいには連絡を入れておくか。夕飯を作りに来てくれたかもしれない。ずっと帰らないと不安に思うかもしれない。



「はい」



 幸い語呂合わせで なごみの番号は覚えていた。スマホがないので連絡できる人が限られる。



「なごみ、俺だ」


「あ、兄さん!どうしたんですか?まだ帰ってないみたいだし、この番号……」



「俺だ」で分かるのは嬉しいが、オレオレ詐欺に会わないだろうか、こいつ。ちょっと心配になる。



「ちょっと事情があって、今日は友だちの家でお世話になる」


「分かりました」


「ご飯つくりにきてくれてるかも、と思って連絡した。あと明日弁当は要らないから」


「それはいいんですが、誰ですか? 友だちって。本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫!大丈夫! 詳しい事情は帰った時に話すから!」



 強引に切り上げて電話を切った。無駄に鋭い時があるので、これ以上 情報を渡すと誘拐された話とかしないといけなくなるので、絶対に避けたかった。



「ご自宅、大丈夫でしたか?」



 トトが不安そうに尋ねた。



「ああ、大丈夫だよ。俺は一人暮らしだし」


「ええ!? そうなんですか!?」



 じゃあ、誰に電話したのかと聞かれそうだったけれど、予想と違うことを言われた。



「すいませんが、数日間お屋敷で過ごしてください」


「え? なんで?」


「いま、実行犯の半グレを追ってるみたいなんですが、多分明日には掴まると思います。でも、首謀者がまだ分からなくて……」



 半グレはいわばトカゲのしっぽ。掴まえても、本体は逃げる。そして、本体さえいれば、半グレの代わりはいくらでもいる、そんな理由だろう。



「私も数日 学校をお休みしますので。ヒロさんの身の回りのことはネコに頼みますので、すこしだけ時間をください」



 俺単体でいて誘拐される可能性は少ないだろうけど、一応心配してくれているようだ。身の回りの世話なんて要らないのだけれど、いかつい顔のヤクザに面倒をみられるよりは、クラスメイトであるネコに面倒を見てもらった方が話しやすいし、接しやすいという配慮だろう。



「じゃあ、その間に頼みたいことがあるんだ」


「はい、できることでしたら」



 俺はログハウスでした約束を思い出していた。

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