第22話:ネコの運転

 身長150センチにも満たない、華奢な少女が俺よりも力があると分かった。日々筋トレをしている俺としては納得がいかないのだけど、全力腕相撲で連敗した。それはもう、瞬殺で連敗した。認めない訳にはいかない。


 念のために、組手の様なことをしてみようと思ったら、すぐに背後をとられてしまった。そして、俺よりもふたまわりは小さいネコに腕を捕まれ、背中から上にねじ上げられたら俺はもう動けない。


 力自慢と言うよりは、暗殺者アサシンだな、これ。

 ほんの一瞬 意識が逸れた時には既に背後を取っている感じ。

 物理的に不可能にも思えたが、現実的に俺はネコに組み伏せられてしまった。

 受け入れがたいが、受け入れる必要がある。


 とりあえず、当面の問題はこのログハウスから脱出する必要があった。力自慢がいることはこちら側に有利と言える。



「ネコなら、窓部分を壊せるか?」



 ネコは無言で親指を立ててサムズアップした。



「ヒロくん、それだと外に見張りが大勢いた時に不利になります」



 確かに、そうだ。トトが言うのはもっともだった。相手が本気ならば、俺が一番立場が弱い。トトは使い道があるので、少なくとも殺されることはないだろう。


 ネコは明らかに俺よりも力が強く、相手の力に抗う能力がある。一方で俺は、少し前まで、ボッチのオタクときたもんだ。まひろちゃんの改造手術(特訓)も腕相撲でネコに負けるレベル。



「戦略が必要です」



 トトが言った。



「戦略?」


「そうです。『戦力』はトトとヒロくんの二人、私は正直 力がないので役に立ちません。あとは、その限られた戦力をどう使うか『戦術』を考える必要があるのです」



 将棋で言えば、駒ごとにどちらに動くことができるかという「能力」がある。強い駒、弱い駒があるけれど、それらを使って勝つためには「どう駒を動かすか」考える者が必要だ。


「彼を知り己を知れば百戦殆からず」と言ったのは、孫氏だったかな。



 *



「この食料は俺のもんだ!俺は巻き込まれただけだろ!」


「食料は限られているんだから、分け合いましょう!」



 大声で言い争ってみた。少ない食料を取り合っているという設定。

 壁を蹴ったりして大きな音をたてても無反応。外には誰もいないように感じられた。確かに、食料(?)と水は置いてあるし、扉は無いにせよ、トイレもある。


 数日足止めしておこうという感じか。そうだな、俺たちにトイレがあって、見張り役にはなしとか見張り役に不満が出そうだ。部屋に閉じ込めて出入口が全くないのも納得だ。


 窓だって全部板が打ち付けてあるし、女の子二人と、おめおめと誘拐される男では脱出できないと踏んだのだろう。



「とりあえず、外に出てみるか」



 俺の提案に、トトとネコが頷く。



 バキィという音と共に窓に打ち付けられた板がネコにより蹴り破られた。板の厚さだけでも20センチはあろうかというものなので、俺だと蹴り破ることはできなかっただろう。しかも、その板はバルサ材のように柔らかい木材ではなく、ヒノキの板材のように硬い木材なのだ。俺は絶対ネコとケンカしないことを決意した。


 ネコのあの細い足で何故そんなことができるのか……日々筋トレしている俺としては、自信を無くすぜ。


 開いた窓の開口部から外に上半身を出すが、外は真っ暗だ。街灯も含め光が殆ど無い。森の中という感じで、キャンプ場かなにかだろうか。


 幸い見張りもいなかった。その点は助かった。あとは、ここがどこかということと、どうやって帰るかと言うこと。スマホは取られてしまったようだから、地図ソフトも使えない。


 ある程度歩くにしても、どちらに向かって歩いたらいいのか分からない。


 舗装はされていないけれど、道になっている所を少し歩くと駐車場があった。雰囲気からやはりここはキャンプ場なのだろう。ただ、泊まっている客は見当たらなかったので、宿泊施設のスタッフ用か何かの古い軽自動車が1台だけ停まっていた。



「あれを使う」



 ネコが言った。

 使う、と言ってもカギも無ければ、運転手はいない。運転手どころか、誰一人いないのだ。



 ネコは、そこらに置いてあった薪を束ねていた針金を引っ張り出して来て先端を折り曲げた。そして、軽自動車の窓とドアの隙間、パッキン部分に迷わず差し込んだ。


 何をしているのか訳が分からず、俺はその様子を眺めるだけになった。トトも黙って見ている。ただ、いつもの おどおどとした雰囲気はなく、ネコを信じているのだろう。落ち着いた様子だった。


 こうして普通にしている方が、魅力的な女の子に見えるな、とこんな時に不謹慎ながら思ったのだった。


 カチャカチャと音がしたあと、ネコが針金を引き上げると同時に軽自動車のドアロックが開いた。



「はぁ!?」



 軽自動車とは言え、こんなもん!? セキュリティは!?



「ワタシは特別な訓練を受けてる。マネはダメ」



 できねぇよ!というツッコミは声にならなかった。ツッコんだら負な気がする。



 ネコは運転席のドアを開けると、ハンドル下の辺りを何かしている。

 すると、ほんの20〜30秒後、軽自動車はエンジンがかかった。



「マジか!?」



 俺は既にツッコミ担当になっていた。

 ハリウッド映画ならば、カギ部分からリード線を引き出して、接触させて火花が出ると同時にエンジンがかかる。その後、助手席の相棒がサンバイザーを下ろすとそこにカギがあるというがパターンお約束だ。


 ところが、ネコの方法は全く違った。ハンドル下のカバーは引きはがしていたけど、カギ穴になにかを差し込んだりもしていなかったし、リード線を接触させて火花を出したりもしていなかった。



「お嬢様、ヒロ、乗って」


「はいっ」


「あ、はい……」



 なんの疑問もなく、ネコが軽自動車の後部座席に乗っていく。運転どうすんだよという俺の疑問は、予想通りというか、当然というか、ネコがハンドルを握った。



「ネコ、さっきカギを……」


「カギがないので、イグニッションスイッチを直接……真似したらダメ」



 できねーよ!

 心の中だけでツッコんだ。



「ネコ……運転できるのか?」



 俺が助手席で運転席のネコに聞いた。運転できるのかもなにも、既に発車しているし、危なげなく走行している。俺は、これまで自動車やバイクは大人が運転するものだと思っていた。それまで、俺の一番身近な大人は まひろちゃんだったので、クラスメイトのネコが運転している時点で俺の認識は改める必要があった。



「大丈夫。免許は持ってる。ただ、今は不携帯。緊急時だからオケ」



 なんでだよ!? いくつだよネコ! 色々と謎が多くてどこからツッコんでいいのか分からないけれど、俺たちの脱出劇はなんとか実現できたようだ。



「ネコ、このままお屋敷に戻ります」


「はい」


「ヒロくんも念のため、今夜はうちに……」


「え?あ、ああ……」



 みなさんは、誘拐犯の監禁から逃げてきた夜、どうしていますか? 俺はどうしていいのか分からなかったので、トトの言う通り安全そうなトトの屋敷というのにお世話になることを選んだ。言われるがままだけど。



「改めてすいません、ヒロくん。巻き込んでしまって」



 俺なんか「俺が守る」的なことを言ったのを思い出した。ホント顔から火が出るわ。何もできてないし、助けてもらってるし。



「いや、みんなケガもなかったし……ただ、事情はもう少し詳しく知りたいかな」


「はい」



 軽自動車には古いながらもカーナビが付いていた。場所を見る限り油山の中腹らしい。油山というのは、福岡市内にある山で標高597メートル。登山というよりは、ハイキングという感じの山で、麓の駐車場から山頂まで普段着で歩いて2時間程度の山だ。名前の由来は、天竺から渡来した清賀上人が、油山内にある寺において、日本で初めて椿の実から椿油を精製したことに由来するらしい。福岡市民に愛される普通の山だ。


 場所的にも福岡の繁華街、天神から自動車で15分くらいのところ。街の中心地から山まで自動車で15分ってコンパクトシティ福岡ならではの立地だと思う。


 トトの屋敷につくまで誰も口をきかなかった。無意識に安全確保を最優先だと思ったのかもしれない。

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