第21話:トトとネコ
ログハウスの外は風で木がそよぐ音など割とうるさい。見張りがいるかの判断は音だけでは難しい。
カメラとかはなさそうだ。素人判断なので、どこかに埋め込まれていたりしたら分からないけれど。
まずは、俺も落ち着いて、現状を把握しようか。
「ごめんなさい。多分、私のせいです」
意外にもトトが最初に口を開いた。イメージ的にはオロオロして一番取り乱しそうな彼女だったが、今は落ち着いている。リミッターでも振り切ったのか。
「なにか、知っているのか?」
俺はトトが話しやすいように、できるだけいつも通りの静かな口調で質問した。
「その、これは私の家の問題にヒロくんが巻き込まれたのだと思います」
さっきの誘拐犯が家族だとは思えない。誘拐ときたら、身代金。彼女の家が資産家で身代金のために誘拐されたという事かと予想した。
「トトの家はすごいお金持ちとか?」
「いえ……今の世の中、それほどお金持ちという事では……ただ、収入源がいくつかあると言いますか……」
なんとも歯切れの悪い回答だった。
「俺が守るから、知っていることを教えてくれ」
情報次第では対処も変わってくる。とにかくトトから情報を聞き出すことが最初だと思った。
「その……」
トトが相変わらず、言葉が進まないところを無理やり押し出すように話し始めた。
「お嬢様、ワタシが」
普段、ほとんど話さないし、表情が読めないネコがトトの言葉を遮った。トトのことを「お嬢様」と呼んだ彼女とはどういう関係なのか。全然状況が分からずに苛立ち初めた。
しかし、ここで焦って彼女たちから情報を無理やり聞き出そうとすると、貝のように口を閉じてしまうかもしれない。こんな時ほど落ち着きたいもの。
「お嬢様は特別な家の一人娘」
「‼」
「……黙っていて、すいません。その……」
「いや、ネコがじゃべったと思って」
「そっちですか」
ネコの説明に、申し訳なさそうに言葉を添えたトトだったが、俺が驚いたのは、普段ほとんどしゃべらないネコが文章を喋ったことの方だった。
「トトとネコの関係は?」
「ワタシは、お嬢様のガーディアン……ボディガードみたいなもの」
「違います。友達です。……古くからの」
「……友達も兼ねてる」
そこは兼ねられるものなのだろうか。普段、表情が読み取れないネコがなんだかテレているように思えたのは気のせいだろうか。なんにしても 二人はかなり複雑な関係のようだ。
トトが埃まみれの椅子の埃を払って座った。どうやら長くなる話のようだ。俺もトトのテーブルをはさんで向かいに座った。ネコは座っているトトの横に立ったが、トトに促されて結局隣の席に座った。
「先日、お嬢様のご祖父様が亡なった」
そういえば、少し前 トトが学校を何日か休んだことがあった。忌引きだと聞いていたので、家庭内に不幸があったとは思っていたけれど、聞きにくい話題だったので、それ以上突っ込んでなかった。
「そこで、関係者がお嬢様を誘拐した」
単純だけど、それだけではよく分からない。基本ネコは必要最低限の言葉しか出てこないみたいだ。
「私の家というか、仕事の関係で2つのグループが分かれてしまって、その一つが私を誘拐しただと思うのです」
トトが補足してくれた。
少し状況は理解できたものの、何か違和感を感じた。所謂 お家騒動で子供や孫を取り込もうとする話は、マンガやラノベでもある。しかし、今時 高校生の孫に何を期待するというのか。しかも、あんなチンピラみたいなのまで雇うって……
「少し手荒い招待じゃないか?そのグループ」
「分裂した1つ目のグループは、私をトップに挿げるつもりの保守派で、もう一つのグループが、全てを作り直そうとしている改革派です。今回はその改革派の方でして……少人数ながら若手が多くて血の気が多くて……」
結局、トトが話し始めた。
「ちょっと待って。それじゃあ、その改革派というのは、チンピラを雇っている訳じゃなく、改革派がチンピラってことになるんじゃ……」
「うちの家では組織の構成員を組員と呼んでいるのですが、さっきのはその組員の更に下のものだと思うので、半グレくらいかもしれません」
「つまり、トトの家業って……」
「いわゆるヤクザですね」
ラノベやマンガのラブコメにほぼ出てこない単語が出てきたよ。
「あ、でも、誤解しないでくださいね。うちは、武闘派じゃないんです。賭博系と的屋系みたいな古い組織なので、ヤクザと言ってもそんなに荒々しくないんですよ?」
ヤクザの種類とか知らないし、おっかない話になってきた。でも、話に出た、保守派、革命派両方にとってトトは利用価値があるようだから、殺されることはなさそうだ。そう言った意味では、身の安全が確保されたように感じた。
「とりあえず、命は取られない感じかな?」
「そうですね。少なくとも私は……」
トトが申し訳なさそうに答えた。
「じゃあ、俺……は?」
「革命派にとっては、私という概念がいればいいので、極端な話、植物状態でも生きていれば利用価値があります。トトとヒロくんは、特に必要性がないので、最悪処分される可能性があります」
この場合の「処分」って、殺されるってことだよなぁ。
「多分、今 私を誘拐した人たちは、お父さんとお母さんを脅迫していると思います。素直に信じて応じてくれたらいいのですが、信じない場合……」
「どうなるの?」
「トトかヒロくんを一部切り取って送り付けて、本気をアピールするかもしれません」
こわっ! 俺は一部を切り離す能力がないので、切られた分、少なくなっちゃうじゃないか。指を折って数えても、10数えられなくなってしまうってことじゃ……
「ただ、私たちにはネコがいます」
二人で座っているネコの方を見た。この身長150センチいっているかどうかも怪しい少女に何ができるというのか。
「ネコ、ちょっといいか?」
俺は大きなテーブルの上に寝そべるようにして、肘をテーブルの上に乗せ、テーブルの向こう側に座っているネコに腕を出して見せた。腕相撲のポーズだ。
ネコが頼りになるというのならば、高校生である俺に腕相撲で勝つことができるだろう。それもできないならば、単なるお飾り。ガーディアンとは名ばかりの、単なるお付きの者か、お手伝いという事になる。
「お嬢様……」
ネコがトトの方を見た。まるで許可を取るかのように。
「手加減してくださいね。ヒロくんにケガが無いようにお願いします」
「了解」
いやいやいや、無理があるだろ。ネコは背も低ければ、身体も細い。胸もフラットな感じで、色気も無ければ、力もない、そんな印象だった。俺は、ネコにケガがない程度には力を入れて腕相撲をすることにした。
テーブルの上で、ネコと俺は腕を組んでいる。小さな女の子と手をつないでいると思うと少し照れるが、トトに現実を理解してもらわないといけない。ネコの表情は相変わらず「無」なので、読み取ることはできない。
「スタートの掛け声はトトたのむ」
「分かりました」
手を握った感じでは、強さは全く感じない。ラムの手や、なごみの手を握った時とそれほど変わらない感じだ。
「よーい……スタート!」(ズダン)
瞬殺で負けていた。気が抜けていたか⁉ 気づいたときには既に負けていた。
「すまん、気が入ってなかったらしい。もう一度いいか?」
「ん」
ネコは相変わらず無表情。バカにしたりもしていないし、どや顔もしていない。もう一度と言われたので、素直に応えているだけという印象。
「では、もう一度。よーい……スタート!」
今度は俺が先手を取って力を入れた。ところが、全然腕が動かない。身体ごと傾けて、手首に角度をつけて腕を倒しやすく力を入れ続けるけれど、組まれた腕は全く角度を変えなかった。
ネコも表情を全く変えずこちらを見ている。
「ぬおーーーー!!」
鍛えた筋肉を総動員で倒しにかかる。空いている左手は、テーブルを掴み、身体全体で倒しにかかっている状態。
それに反して、ネコはいつもの様に「眠たいなぁ」と言わんばかりの無表情。喜怒哀楽のどれでもない表情をしている。今ここに物理法則に反した存在がいた。細く華奢な腕の少女を、太い上腕二頭筋の男が倒せないでいる。
「ネコ、あまり長引かせるとヒロくんがどこかを痛めてしまうかもしれません」
「了解」
そういうや否や、次の瞬間だった。バタンという音と主に俺の右手の甲がテーブルに押し当てられていたのだった。
「な、なんで!? 俺の方が明らかに腕も太いし! 波紋の呼吸か!?」
理解ができない俺の素直な声だった。
「筋肉の使い方にコツがある」
ネコが無表情で教えてくれた。
「使い方って言っても、限度があるだろう」
「人間は、ケガをしたりしない様に無意識のリミッターがある。ワタシはそれを意識して切ることができる」
「そんな中二的な使い方が……」
「筋肉は、あなたの方がたくさんついている。でも、腕相撲なら100回やって100回勝てる」
俺だってバカじゃない。今の2回でそれが事実だと理解した。特に泣きの2回目なんか、ネコは余裕すらあった。ネコの思ったタイミングで俺の全力の腕を簡単に倒すことができた。
「ネコ、ここを脱出して無事に帰れたら、その筋肉の使い方を教えてくれ」
「ん」
盛大なフラグを立ててしまったのだが、ネコの力は本物だと理解したのだった。
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