第16話:なごみのピンバッチ

リア充は情報量が多い。

その情報の中には「噂話」も含まれる。

確かに、リア充と言えば友だちと面白おかしく話しているイメージはある。

そんな噂話をノリタカが持ってきた。



「なぁ、隣のクラスの『大和撫子の君』知ってる?」



いつものメンバー7人で集まって話していた。

なんだ、その仰々しい名前のヤツは。



「どの子?」


「派手じゃないけど、おとなし目で可愛い子いるだろ?」


「あ、僕も心当たりある。名前までは知らないけど」



ノリタカやイツキまで知っているとのことだし、そんな可愛い子が隣のクラスにいるらしい。

俺の知っているやつと言えば、なごみくらいしか知らないし、そもそも彼女とも学校ではほとんど話さないので、会いにも行ってない。

なごみのクラスにどんな子がいるかも知らなかった。



「なんかさぁ、日々告白される感じじゃないけど、修学旅行の夜に枕投げの後の恋バナで『実は俺あの子好きなんだ』っていう話の時に出てくる感じの可愛さって分かる?」



あぁ、分かる!


ノリタカのたとえは「あーね」とか、共感を得ているようだった。



「普段特に意識しないのに、ある日夢に出て来てから、急に目を合わせるのが恥ずかしくなったり、話しかけるのが恥ずかしくなる感じの子」



それは、どこかの「あるある」なのか⁉



「で、その子がどうしたとー?」


「校章2個付けてきたらしいぜ」



ラムの質問にノリタカが答えた。


校章? なんか急に聞き覚えのあるワードが。



「校章がどうかした?」


「ヒロ、お前知らないのか? 校章ってあるだろ?」



確かに知っている。

夏服の場合、付けても付けなくても校則違反にならないやつ。


一応付ける穴はシャツにあるから、付けたいやつだけ付けておけばいいという認識だった。

ちなみに、俺は面倒なので当然つけていない。



「付き合ってる場合、男の分の校章を女が付けるんだよ、2個。」



そういえば、聞いたことがある。

彼氏持ちの女子は校章を2個付けている。


指輪やネックレスは校則で禁止されているので、大っぴらかには身につけることができない。

そこで考え出されたのが校章だった。


襟の部分に穴が開いていて、穴が刺繍されている。

たしか、フラワーホールとか言ったか。

実際には穴が開いていないので、通常はフラワーホールの中央に校章の軸部分を通して、裏からローレットのキャッチで止めるのだ。


ところが、彼氏がいる女子は、このフラワーホールの両端に2個の校章を取り付ける。

「彼氏の分の校章も取り付けている」=「彼氏がいますよ」という意味だという。


校則に校章を2個付けてはいけないという決まりはないので、法の穴をついたうちの高校独自のおしゃれ(?)と言える。



カップルが両方同じ学校の場合は当然同じ校章を2個付けるのだけど、他校の生徒と付き合っている場合は、男の分が他校の校章になっていたりとアレンジもあるのだとか。



「その隣のクラスの大和撫子の君が2個付けてるの見つけてさ、俺ちょっとショックだよ」



狙っていたのか。

うちのクラスにも十分可愛い子がたくさんいるのに、よそのクラスに遠征に行こうというのだからノリタカのアクティブさが伝わる。



「まあ、そんな名も知らない子に彼氏がいてもいいじゃないか。うちのクラスにもたくさん可愛い子がいるぞ?」


「そうかぁ?」



ノリタカがエマを見た。



「なんだよ。アタシじゃ不満か!? アタシじゃ力不足か⁉」


「別に不満とかじゃないけど、ちんちくりんだからなぁ。俺は隣のクラスの『大和撫子のきみ』がいいんだよ!」


「よーし、そのケンカ買った! 表に出ろ! アタシの中の大和撫子見せたらぁ!」



ノリタカとエマはいつも仲良しだ。

羨ましい。

エマの力づくで見せつける『大和撫子』も気にかかる。



***



昼休み、教室のドアから なごみが顔だけ出してうちのクラスを覗き込んでいた。



「あ」



なんとなくバッチリ目があってしまった。

中学での一件以来、なごみは学校内であまり話しかけてこない。


ところが、教室まで顔を出したという事は何かあったという事だろう。

ドアのことろまで行ってみた。



「あ、兄さん、よかった。ルーズリーフ持ってませんか?」



この場合の「よかった」は、知らない人しかいない教室で誰かに呼び出しを頼む必要がなくてよかった、だろう。



「ルーズリーフ? あるよ。忘れたのか?」


「私もつい先日買ったのに、持ってくるのを忘れてしまって。家に帰ればあるって分かってるから買うのがもったいなくて」



あるよね。

そういうの。

同じ学校に兄妹がいるというのは、こういうメリットもある。

まあ、年に1回あるかないか程度だけど。



「ちょっと待ってて」と言って、自分の机に入れておいたルーズリーフの紙を十数枚袋から取り出して、なごみの所に戻る。



「ほい」


「ありがとうございます。帰ったら返しますね」


「いいよ、そんくらい」


「では、ありがとうございます」


「ん?」



ふと襟元を見ると、なごみの襟元にも校章が2個ついていた。



「お前もか」


「何がですか?」


「校章」


「あ!」



慌てて校章を隠すなごみ。

2個ついているという事は、彼氏ができたという事か。

なごみを狙うとかお目が高いな。


「おめでとう」


「ちちちち違うんです!これは、あの、告白除けというか、なんというか」



普段の なごみからしたらあり得ないくらい慌てている。

どうした どうした。



たまたま・・・・最近告白ごとが多くて、いつもお断りに心を砕いていたので、たまたま・・・・兄さんがバッチを買ってくれたので、それで……」



よく見れば、なごみが付けている校章の一つは、先日俺がプレゼントしたバッチだった。


確かに、バッチはたまたまプレゼントすることになった。

たまたまか。


なごみに彼氏ができたと聞くと、お祝いしたい気持ちも確かにあったが、チクリとしたところもあった。

恐らく、先を越されたという危機感だろう。


俺の心は自分で思っているよりも意外と狭いようだ。

広い心のリア充になりたいものだ。



「これは兄さんと付き合っているという訳ではなく、あくまで偽装と申しますか……」


「ああ、分かってるよ なごみ」



「分かってるから皆まで言うな」と兄らしく理解を示してみたのだが、なごみは急に機嫌が悪くなって、俺の上靴の先をコツンと蹴って自分の教室に帰ってしまった。


笑顔の具合が良くなかったのだろうか。

片方の口角が上がると悪い顔に見えてしまう。

どちらかの口角が無意識に上がってしまったのだろうか。



席に戻るとノリタカが肩をガシリと掴んできた。



「よ!大和撫子の君のこと知ってんじゃん!な~に話したの?」


「誰だよ、大和撫子の君って」


「たった今、話してたろ!どういう関係だよ!?」



俺はここで理解した。

ダブル校章が流行っているのではなく、話題の『大和撫子の君』とやらが なごみという事か。



「ダーリン、浮気だったちゃ?」


「ヒロ! 誰!? あの泥棒猫は!」


「ん、気になる」


「わ、私も気になります」



ラム、エマ、ネコ、トトも興味津々のようだった。



「いや、全然……」



とっさに誤魔化そうとした。

また中学の時の様に揶揄われる未来を一瞬想像してしまったのだ。

ただ、あの時とは違う。

いまの仲間はリア充ばかり。


本物のリア充は心もリア充で、相手に対してマウント取ってきたりしない。

相手を傷つけたりすることを、わざわざ言ったりはしないのだ。



「い、妹だよ」


「お前なぁ、嘘つくなら、もう少しましなこと言えよ」



ノリタカが俺の頭をグリグリしている。

なんてことだ。

ちゃんと本当のことを正直に言ったのに、軽口を言ったかのように捉えられてしまった。



「ま、ヒロがそう言うなら、今日のところはそう言うことにしといてやるか。今度ちゃんと紹介しろよ!」



ノリタカがニカッとさわやかな笑顔を見せたけど、違うから!

妹だから。本当に。義理だけど。


なんだかんだ言って、なごみはモテそうだから、ホントに告白除けのためにあのバッチを付けているんだろうなぁ。


それなのに、うちの仲間たちはニマニマしているし、小突いてくるし、勘違いが甚だしい。


リア充は時として、話を聞いてくれない、と。

今日の俺の新発見だった。


今日のところは、本当のことを言えたのだから、俺的には「成長」と捉えよう。

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