第15話:なごみとの土曜日

 土曜日、なごみに頼まれて買い出しについていくことになった。


 俺としては近所のスーパーでペットボトルやら、お得サイズの油やら買い、それらを持たされるのだろうと考えていた。


 当然の様に家に迎えに行けばいいと思っていたら、先に行っててほしいとLINEが届いた。

 しかも、場所は天神駅。


 うちの最寄り駅からいくつか先の駅で、福岡最大の繁華街の駅。

 要するに若者の街だ。


 陰キャの俺とは対極にあるような街で、普段行くことはまずない。


 インキューブ1階の大画面前が福岡の定番スポットだ。

 因みにインキューブとは駅ビルに併設された複合商業施設。

 雑貨屋から飲食店、美容院やら何でもある。


 大画面は、西鉄天神駅を降りて階段を降りたら1階にある。

 駅が2階に着くタイプなのだ。


 天神と聞いていたので、以前ラムに見繕ってもらった服で出て来た。

 危うく黒いパーカーに黒いズボンで出てきそうになったが、黒パーカーをやめて白とベージュの中間みたいな明るい色のVネックのカットソーに切り替えた。


 待ち合わせ時間より早くつくことを学んでいたので早くつき、時間を確認したら15分前。

 こんなもんだろう。

 あんまり早過ぎても、無駄な時間が多くなるし、ギリギリだと電車に乗り遅れただけで遅刻になってしまう。


 待ち合わせの人は多い。

 ぱっと見た感じで50人以上はいる。

 さすが天神。


 ちゃんと見つけられるように大画面の真ん前に立っていると、すごく注目されていた。

 なに? なんか変なところがあったかな?


 なんか周囲で女の子がくすくす言っている。

 きゃいきゃい言ってる人もいるし、チャックでも開いているのだろうか。


 ここでチェックすると「あ、チェックした」って思われるのも嫌だし、なんとなくお腹周りを触ってみたりしながら、密かにチャックが開いていないことだけは確認した。


 ヤバい。

 理由が分からないけど、注目されている。

 いち早く逃げ出したい。



「あのー、お友達と待ち合わせですか?」



 知らない女の人2人が話しかけてきた。

 年上っぽい。

 大学生くらいだろうか。

 服装もオシャレで垢抜けている。

 何より表情がやわらかい。



「あ、いや……」



 反射的に笑顔を作ってしまった。



「私たち、これから糸島までドライブに行くんですけど、一緒にどうですか?」



 糸島は福岡市の西部の糸島市のこと。

 海と山があって、福岡市内から海水浴に行くときの選択肢の一つだ。


 ドライブにいけるという事は、自動車を運転するという事で、18歳以上の年上なのだろう。

 女性は2人、ここで待ち合わせをしていたみたいだ。


 ん? もしかして、逆ナンというやつか!?

 それとも誘拐!?



「あと、えーと……」



 たじろいでいると、後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。



「お待たせしました」



 待ち合わせ時間5分前になごみが現れた。

 振り向くと、バッチリおしゃれした なごみが立っていた。


 白いシャツは長そでで、親指まで隠れていた。その上に緑……じゃなかった、モスグリーンのワンピース……たしか、これはキャミワンピースだったか、なごみはすごく細いので、割と余裕がある感じで着こなしているのが可愛い感じだった。


 髪もちょっと違って、編み込みしてある。

 見慣れたストレートとまた違う雰囲気が感じられて新鮮だった。



「あ、連れが来たみたいだから……」と振り向いたときには、さっきの女性2人は既に姿がなかった。

 少しの間 なごみに見とれていたからかもしれない。



「あ、おはよう、なごみ」


「はい、おはようございます。兄さん」



 あぁ、なぜ なごみ様は満面の笑顔なのか。

 笑顔って可愛いもんじゃないの!?

 俺は背中にすごく汗が流れるとを感じた。



「兄さん、見た目だけはイケメンになったのでナンパされてたんじゃないですか?」


「い、いや、道を聞かれただけだよ、道を」


「どうして、目が泳いでいるんですか?」


「いや、ほら、今日は暑いし……」



 もはや支離滅裂な答えになっているのは自分でも分かってる。

 童話の赤ずきんとオオカミのやり取りの様なやりとりになってしまった。

 俺はここでなんとか誤魔化しきる!



「糸島にドライブは行かなくてよかったんですか?」



 全部聞かれてたー!



「すいません。ナンパされてました」


「別に兄さんがナンパしていた訳でじゃないですし、何か後ろめたいことがあるんですか?」


「いえ、なにもありません」


「じゃあ、行きますか」


「はい、仰せのままに」



 終始なごみのペースだった。

 我が家のしっかりものは街に出てもしっかりものだ。


 お兄さんは安心だよ。


 なごみに連れられて、天神の隣街、大名に歩いた。

 ここは福岡の原宿と言ったらいいのだろうか、ファッションとグルメの街だ。


 古い街並みは通りが細いところにしか残っておらず、縦に細長いペンシルビルが立ち並ぶ路面店が多い通り。


 古くは城下町だったこともあって意図的に通りが碁盤の目になっていない。

 攻め込まれたときにあちこちでZ型に曲がらないといけない作りなのだ。


 因みに行き止まりのところで敵を狙撃していたらしい。


 だから、商業地になっても見通しが悪い。

 その分、角を曲がったら何があるのかワクワクするのだ。


 通りによって店の色や対象年齢が異なり、とても面白い街に仕上がっている。


 小さい服屋さんとか、コスメの店も多く見る物は尽きない。

 食べられる昆虫が売られている店もあった。


 最近、韓国料理の店が多くなってきたらしい。

 東京の西大久保がコリアンタウンだったのはもう昔の話。

 今は多国籍化が進んでいると聞く。


 その一部か福岡に来たらしく、チーズハットグとか少し前に東京で流行ったものが福岡にも流れてきていた。


 なごみは、古着屋に入ってみたり、台湾カステラの店に入ってみたり、ちょっと見て次の店、ちょっと見て次の店、という具合に色々な店を見て回っているようだった。


 ふと、通りを見たら、見覚えのある姿が見えた。

 あれは、ヒカル?


 ちょうど角を曲がったところで視界から消えた。

 この辺りは、見通しが悪いように道が作られている。

 余計に見逃しやすい。



「ごめん、ちょっと」


「どうしたんですか?兄さん」



 その声は聞こえたけれど、ヒカルらしき人物が曲がった通りにかけていく。



「え?ちょっと待って!兄さん!」



 角を曲がってみたけど、人、人、人。

 大名、人が歩きすぎたろ!

 ヒカルの姿は見えなかった。



 視界の先では、ちょうどコインパーキングから車が一台出た。

 この辺りは別に歩行者天国ではないから、普通に車も走る。


 ただ、人が多いからノロノロ運転。曲がって遠くに走り出した車の助手席に一瞬ヒカルが見えた。

 …気がした。


 流石に車には追いつけないから、確かめることはできなかった。

 もし、あれがヒカルなら、運転しているのは18歳以上の免許を持っている人ってことか……


 大学生や社会人と付き合っているって噂もあるからな。



「兄さん、どうしたんですか?急に」



 なごみが追いついた。

 少し走らせてしまったみたいだ。

 せっかくおしゃれしてきたのに。



「あ、ごめんごめん。知った顔が見えた気がして」


「いたんですか?」


「いや、気のせいだった。もう、いいんだ」


「そうですか?」


「ところで、今日のメインの目的地はあるのか?」



 頼む、食べられる昆虫でないことを願う。



「もちろん、ありますよ。こっちです」



 なごみに手を引かれて細い道を歩く。

 ついた店は、ピンバッチの店?だった。



「ここ?」


「はい。ここです」



 なごみとピンバッチがイメージ的に結びつかないのだけれど、本人がここだというので店に入ってみた。


 壁一面にピンバッチが飾られていて、これだけで商売になるのだと感心させられた。


 バッチは種類があるのだけど、ピアスとかはまったく置いてない。

「バッチ屋さん」ということか。



「何かお目当てがあるのか?これくらいなら買ってやるぞ?」


「ほんとですか!? ちょっ、ちょっと待ってください! 選びます!」



 今日一テンションが上がる なごみ。


 好みもあるだろうから、それは本人に任せて、俺はバッチを見て回った。


 アルファベットの形のヤツは、何気にダサくないか!?と思った。

 しかし、燻し銀の色合いとか色々含めると、これはアリなのかもしれない。


 ピンバッチはピンが針みたいになっていて、キャッチが付いているタイプと、軸にネジが切ってあって、ナット状の受けがあるタイプと2種類あるみたい。

 ナットタイプは外周がギザギザのローレットが切ってあってなんか好きだった。


 メカメカしいというか、少し歯車を思わせる感じ。



「兄さん、これはどうですか?」



 我が家の姫はバッチを選んだらしい。

 それは、学校の校章のようなデザインで、おとなしい感じのものだった。


 オシャレのためとは思えない。

 まあ、おとなしめの なごみならばつけていても違和感がない感じ?



「これがいいのか?」


「はい」


「なんか校章みたいだな」


「そっ!そんなことないですよ?ほら、ワンポイントで赤いドットも付いてますし!うちの学校の校章より一回り大きいですし!」



 なぜ、なごみはここに来て饒舌なのか!?


 値段も500円とリーズナブルだったのでプレゼントした。

 そう言えば、お礼で何かをプレゼントするところから今日に繋がったのだけど、こんな安いものでよかったのか……



 会計を済ませ、店員さんが小さな紙袋に入れ、入り口を折りテープでとめてくれた。

 俺は店員さんからそれを受け取ると、そのまま なごみにプレゼントした。



「ありがとうございます。大切にします」



 ピンバッチを使う機会がどれほどあるのか分からないけれど、本人が好きならそれでいい。

 喜んでもらえるものが買えてよかった。


 あとは、なごみの服を褒めるのを忘れたのだけど、似合っているという気持ちは、なごみに伝わっているだろうか。


 そのピンバッチの使い方は翌日知ることになった。

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