第14話:なごみにお礼

 中学生の時は なごみとの関係が少し複雑だった。

 なごみは妹で、同じ家に住み、同じ学校に通っていたけど、苗字は違う。



 改めて考えても複雑だ。

 思春期の男子には受けとめきれない程度には複雑だ。


 学校で忘れ物を届けてくれた時に、違うクラスの女子が俺のものを届けてくれたという事でクラスメイトに揶揄われた。


 今思えば、「拾ってくれた」とか適当に誤魔化せばよかったのかもしれない。

 俺のコミュ力では思いつくことはなかった。


 この時、なぜか妹だと言えなくて なごみとの関係がぎくしゃくした。

 学校では全く話さなくなり、家でも必要最低限しか話さなかった。


 こういうのが続くと関係はどんどん悪くなっていく、というか、疎遠になって行く。

 なごみとも、九重家ともなんとなく心の壁ができていった。


 俺は家の中で自分の居場所がなくなっていった気がしていた。

 そんなのもあって、一人暮らしのOKが出たのかもしれない。


 そもそも、九重家の家はいつまでたっても「自分の家」という認識がなかった。

 立派な家だけど、前の旦那さんが九重家のみんなのために建てた家だ。

 昨日今日来た俺が我が物顔で住むのは違うと思っていた。


 そんなのもあってか、高校に入ると同時に俺は家を出た。

 それは九重家が持っている一人暮らし用のアパートがあったことと、たまたま1室空いていたことで実現した。


 そうは言っても、俺が入ることで1室分収入が減る訳なので、それなりにちゃんと考えてくれていたのだと思う。

 父さんも、幸子さんもOKしてくれた。


 まひろさんは「逃げたな」と言っていた。

 この頃は、まひろさんの特訓を受けていたので確かにそれから逃げたい意味もあった。


 なごみも何も言わなかった。

 


 ***



 当初、俺は一人暮らしに過剰な期待をしていた。

 家族には一切の干渉をしない様に言っていたくらいだ。

 だけど、すぐに自分にはむいてなかったと実感することになる。


 まずは、朝は起きれないので遅刻しそうになった。


 料理もつくれないので、適当に買ってきた食材を焼いたり、煮たりして食べていた。

 掃除は初日だけはやっていたけど、面倒になり掃除機は押し入れから出てこなくなった。



 俺の一人暮らしはものの数日で破綻した。

 「こんな人は一人暮らしが向いていない」という代表例があるとするならば、それは俺だろう。



 そこに救世主が現れた。



「まったく……兄さんはダメダメですね。食材が可愛そうです」



 なごみだった。

 夕飯の準備中に突然キッチンに現れた。



「これは……何を作ろうとしていたんですか?」



 この聞き方は、本当に分からない時のトーンだ。



「……山賊焼きです」



 俺は肉とか魚とか買ってきたら、とにかくフライパンで焼いて食べていた。

 ちなみに、味付けはよく忘れたので、皿に盛った後に塩コショウをかけることも多かった。


 鶏を丸々一匹焼くなら「丸焼き」だろうけど、胸肉の塊を買ってきて焼くので「山賊焼き」と呼んでいた。


 俺の料理は、とにかく焼く「山賊焼き」と、とにかく鍋に入れて煮る「鍋」の2種類だった。



「貸してください。これでは食材の墓場です」



 すごく不名誉な称号を頂いてしまった。

 なごみがキッチンに立つと、さっきまで山賊焼きの予定だった鶏肉が たちまちチキンステーキになり、家から持ってきたであろうキャベツの千切りとプチトマトが添えられて彩も良くなった。


 さらに、チキンステーキの上にはトマトソースがかけられていた。

 ご飯は料理の皿の横に盛るのが常だったが、茶碗に盛られ、立派な一食になった。

 すごくおいしそう。

 匂いから違う。 



「召し上がれ」



 テーブルをはさんだ目の前になごみがニコニコして座っている。

 彼女の前には、お茶の入ったコップしか置かれてない。

 ……なんか食べにくい。



「私は後で家のご飯があるので、気にせず食べてください」



 俺の考えていることを察してか、なごみが促した。



「いただきます」


「はい、召し上がれ」



 ちゃんと手を合わせて「いただきます」をしてから食べた。

 なごみとのこんなやり取りは家にいた時は一度もしたことがなかった。

 なごみから逃げて来たのに、余計に話すようになるとは……



「兄さんはよくこれで一人暮らししようと思いましたね」


「面目ないです」


「でも、兄さんらしいです」



 珍しくなごみが笑った。

 何を持って「俺らしい」のか。

 彼女の中の俺像を聞いてみたいとことだけど、どうせろくな話は出てこないのでやめた。

 ただ、なんだか今日はニコニコしていて機嫌が良さそうだ。


 俺は山賊焼き改めチキンステーキをおいしくいただくことにした。



「兄さんは、同じクラスのギャルの子と付き合うんですか?」


「ぶっ」


「きたない!吹き出さないでください」


ずびばぜんすみません



 人は食べているときに変なことを言われたら、本当に吹き出す事を経験した。

 なごみ様は急にご機嫌が斜めになってあらせられた。



「で、どうなんですか? 好きなんですか? ギャル」


「いや、ラムはリア充の師匠というか、みんなとの会話とかをサポートしてもらってるだけだから」


「どういう関係なんですか、それ」



 答えようにも俺にも分からない。

 変な汗が止まらないのだけは分かる。



「じゃあ、庭で一緒にバスケットボールしてたあの子ですか?家にまで連れてきて……」


「あれは、バスケを教えてもらってて……」


「休みの日に部屋まで連れ込んで……」



 よく見てますね。

 まあ、家からすぐだし目撃されていても不自然ではないか。



「エマはご飯を作ってくれたんだよ」


「おいしかったですか?」


「あ、はい」



 こういう時に嘘はよろしくない。

 正直に話しておいた方が結果的に良くなるはず。



「何作ってもらったんですか?」



 珍しく突っ込んでくるなぁ。



「えと、ぶっかけうどん」


「もう、ぶっかけうどんは作ってあげません」



 プイと横を向かれてしまった。

 俺の何が悪かったのか……


 まぁ、エマが作ってくれたのが、ぶっかけうどんでよかった。

 あれがカレーとかだったら、俺は二度とカレーが食べられなくなっていたことだろう。



「高校に入ってから、急にモテモテでいいですね。兄さん」



 別にモテてる訳じゃないんだけど……

 なごみが目を合わせてくれない。

 ヤバい、ちょっと泣きそう。



「兄さんに彼女さんができたら、私はお払い箱になってしまいますね」


「いやいや、お前はいつまでも俺の妹だから」


「そう……ですか。いつまでも」



 きょとんとした顔をしていた。

 俺は何か回答を間違えただろうか……

 その日は俺が食べた食事の皿を洗って帰って行った。


 マジ天使。


 将来のなごみの彼氏が羨ましい!

 いや、もう なごみには、そういう人がいるのかもしれない。

 俺にも聞いてきたくらいだし。


 恋バナをしようと持ちかけてみたら、俺がノー彼女で話し相手にもならなかったみたいな……

 恋バナの一つも付き合えない役立たずな兄ですまん。



 *



 翌日、なごみは掃除にきた。

 別に見られて困るものはなかったので、普通に家にあげた。


 洗濯物は、洗濯機に次々放り込まれ、洗われた。

 散らかった部屋は、次々片付けられ、足のふみ場がなかった床は畳が見えるようになった。


 こういうのは、才能ではないかと思う。

 テトリスで次々ブロックを積み上げたり、次々消していくのに似ている。

 気持ちいいくらい片付いていった。



「こんなもんですかね。今日はこのくらいにしておいてあげます」



 どっかの悪役みたいなセリフを言いながら少し笑った。

 こんなもんも何もこれ以上片付けたら、次に要らないものは、散らかす張本人ということで俺が片付けられてしまいそうだった。


 それから なごみはちょくちょく部屋を片付けて料理を作りに来てくれるようになった。

 俺は学校では食堂を利用していたが、ある時から弁当まで作ってくれるようになった。


 俺はなごみに日々、迷惑をかけている自覚はあった。

 だから、ある時、何かお礼をしようと思ったのだ。



「お礼?……ですか?」


「そ。いつも面倒かけているし」



 なごみが絶賛料理中なのに後ろから話しかけている時点で、既に料理の邪魔をしている訳だけど。



「お礼なんて……あ、じゃあ、今度の土曜日、お買い物に付き合ってください」



 なんか面倒なのがきた。

 できれば、出かけない方向で考えていて、何かプレゼントする感じで済ませたかった。

 ただ、なごみが買い物をご所望となると荷物持ちだろうから労働で払えと言うことか。


 普段かけさせている手間を考えれば、十分お釣りが出ると思い、OKした。

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