第8話:エマに告白

 とりあえず、エマを家に招いて麦茶を出した。

 ちゃんと氷も入れたし、コップもきれいに洗ったやつで茶渋などもない。

 俺の部屋は別にかっこよくもなく、普通に和室の八畳一間でキッチン兼玄関が1畳ほどの広さあった。


 部屋にはコタツ用のテーブルが1つ。

 ベッドは畳を傷めないように足の下に鉄板を敷いていた。

 布団は上げ下げが面倒でダメだと思って早々に諦めたのだ。


 テーブルの上の麦茶の氷がカランと音をたてたころ。

 エマは正座でテーブルについていた。

 なぜそんなに緊張しているのか。

 お願いするのはこちらだし、緊張しなければならないのもこちらだ。



「エマ、折り入ってお願いしたいんだけど、バスケットを教えてほしいんだ」


「……ごめん、アタシはなにをしたらいいのか……」



 やはり、伝わらないようだ。

 しょうがない。

 全てを告白するつもりで言うしかない!



「始めるか!」



 俺はテーブルに手をついて立ち上がった。



「え!? あ!ちょ、ちょっと!まだ心の準備が!」



 エマが手をついて後ろにたじろぐ。

 短いスカートで膝を立てて座っているので、下着が見えてしまっているけれど、気がつかないことにする。



「見てもらった方が早いと思うんだ」


「なななな、なにを見せるつもりなの!?」



 エマが顔を両掌で覆う。

 指の間から目が見えるのだけれど、それは意味があるのか!?



 ***



 俺は本宅の庭に入り、バスケットコートの下に立った。

 手にはバスケットボール。



「あの~……勝手に入ってきてよかったのかな?ここ」



 そういえば、エマには説明してなかった。

 この家は、いわば本宅。

 まひろちゃんと なごみの義理の姉妹が両親と暮らしている家だ。


 庭は比較的広く、バスケットコートまではないけれど、ゴールが設置されていた。

 エマには、「家庭の事情で」と説明して、ここが俺の家であることを告げると安心していた。



「じゃあ、今度こそ見ててくれ」


「うん、分かった」



 全然理解していないのは伝わってきているけれど、俺のシュートを見れば分かるはず。



「たー」(ドン!てんてんてん……)

「たー」(ドン!てんてんてん……)

「たー」(ドン!てんてんてん……)



「どうだ。理解してくれたか?」


「ごめん、ちょっと益々分からなくなった」



 エマが片手で頭を押さえながら、もう片手で待てのポーズで手のひらを向けた。

 リア充とはこうも俺とは人種が違うものか。

 同じ言語なのに こうも通じないとは……



「試しに、お前が見たものを口にしてみてくれ」


「奇妙な掛け声と共にヒロくんがボールを天に投げておちゃらけてた。足はバレリーナみたいな変に上がってた。アタシを学校から連れてきて何故 ここでふざけているのか、ちょっと理解が……」



 うん、そこまで酷いとは。



「すまん、今 お前が見たものが俺の渾身のシュートだ」


「……」


「……」


「……」


「あの……なんか言ってもらえますか?」


「あの、えっと、ドリブルやってもらえるかな?」



 ボールを手にして、その場で少し腰を落とし、華麗なドリブルを……

 地面に投げ落としたボールは跳ね返ってきたので、手のひらで叩き落とそうとするが、手のひらではなく、親指の辺りに当たって、違う角度で地面に落ちた。


 次返ってきたボールは、全く違う位置に戻ってきたので、俺は追いかけてボールを叩き落とす。

 突いた位置と違う位置に戻ってきたので、ボールを追いかけ移動する。

 ドリブルをするたびに右に左に移動する俺。

 多分これあんまりよくないよね。

 さらに……



 エマが両眼を閉じて、額に手を当てている。



「ヒロくん、異世界から来たばかりかな?」



 斜め上の質問が来た。

 ようやく伝わっただろうか。

 俺のダメっぷりが。


 ここで彼女に協力してもらうには、信用を得るしかない。

 俺の事を彼女に話すことにした。



「実は、俺は非リアの陰キャボッチだった」


「え!?」


「今でこそ、超絶イケメンだけど、中学まで小太りのオタクだった」


「うん、イケメンだと思うけど、それは自分で言わない方がいいと思うな」



 エマの笑顔が引きつっている。



「見た目だけは良くなったんだけど、運動がまるでダメで……」


「……」


「……」



 あ、引かれた感じ?

 はい、終了ー。


 俺のリア充伝説はここに完。

 次回からは、「ラムのためになるカラオケ選曲講座」が始まります。




「……できないってこと?」


「え?」


「……ドリブルもできないってこと?」


「そうだ」



 自慢げに答えた。



「アタシがヒロくんに教える、と」


「エマ先生・・ヒロ・・に教えます! てか、教えてください!」


「……」



 エマが上半身を屈めてぶるぶる震えている。



「あーはっはっはっはっ!」



 今度は逆に弓なりになる程 反り返って笑い始めた。



「ヒロ!アタシのいう事なんでも聞くのね⁉」


「はい!先生!ポカリ買って来いって言われたら買ってきます!」


「じゃー、いいわよ?」


「ホント⁉ありがとう!」


「そりゃあ、イケメンがアタシのいう事を何でも聞くんだったら面白いし」



 なんかとりあえず、教えてもらえる事になった。


 教えてくれるという事で、まずはその場でドリブルをやってみて、と言われた。

 俺は右手にボールを持って、頭の高さまで持ち上げたら、そのまま地面に叩きつけて、跳ね返ってきたボールを目線の高さより少し引く位置で何とか跳ね返す。


 動かない分、さっきよりもドリブルの回数が増えている気がする。

 良いんじゃないか!?



「はい、OKー」



 エマの合図でドリブル終了。

 10回以上は跳ねさせることができたので、だいぶ見れるようになったんじゃないだろうか。



「これ見て」



 俺のドリブルをエマが動画撮影していたみたいだった。



「……」


「感想は?」


「ぶざま……」


「そうね。ビックリするくらい下手だわ。その辺の小学生の方がまだ上手。」



 俺のガラスのハートが既に限界ギリギリなんですが……



「まずは、位置ね」


「位置?」



 ドリブルの位置なんてどこでもいいのでは?



「バスケは、ドリブルした上に走るの。目の前でボールを扱う以上、必ず自分の足で蹴る可能性が出てくるわ」



 確かに。



「ドリブルは必ず自分の横で練習すること。NBAの選手でもそこらの小学生でもみんなドリブルは身体の横でするものよ」



 小学校や中学校の時に体育の授業でバスケはあった。

 でも、その時には全く興味がなかったからそんなこと考えもしなかった。

 上手い人のプレイなんて見てなかったし、練習も何とか避けていた。



「じゃあ、それを踏まえて、お手本って訳じゃないけど、アタシのドリブルを見て」



(ダムダムダムダムダムダム、スタン)



 エマが身体の横でドリブルをして、最後 掌に吸い付くみたいにしてボールを取って終わった。



「どう?」


「カッコいい!」


「そう?そうかな?えへへ……」



 くねくねし始めた。

 チョロいぞ!?

 この子、チョロインか⁉



「どこが かっこよかった?」


「まず、ボールを跳ねている高さが俺より低かった。早くボールが返ってきていた」


「そうね。他は?」


「なんか、強かった」


「確かに!他は?」


「なんか、1回1回手に吸い付くみたいな感じだった」


「それもあるわね!他には?」


「えーっと……それくらいしか気づけなかった……かな」


「可愛かった!」


「あ、はい。可愛かった」


「そう? そうかな? それほどでも~」



 この子だいぶ面白い。



「じゃあ、何度も練習ね」


「分かった。あと、一応動画を撮らせてもらえないかな?」


「動画を? ドリブルの?」


「そう、何度も何度も見て自分のものにしてみたい」


「ヒロが? アタシの動画を? 何度も何度も?」


「うん!」


「うっ!……いいわ!撮っていいわ」



 この日、ドリブルするエマを撮影させてもらい、ドリブルの練習をしたのだった。

 夜も7時になると遅いので、エマを自転車の後ろに乗せて、家まで送り、また自分の家に戻って練習を続けた。



 足は肩幅くらいに開いて、少し腰をかがめて、腰の高さよりも低い位置でドリブルをした。

 もちろん、身体の横でのドリブル。


 最初は10回くらい連続でできた。

 そのうち、速く、正確に、多くドリブルができるようにした。


 右手、左手、どちらでも行けるように。

 確かに大変だけど、まひろさんの特訓を考えれば遊びみたいなもの。



(ダムダムダムダムダムダム……)



 そのうち本格的に暗くなってきて、視界が悪くなってきた。

 ドリブルだから見えなくても問題ないけど、真っ暗な中でドリブルしている男がいたら ちょっと怖い。

 近所の人に通報されてしまうかもしれない。


 そんなことを考えながらドリブルの練習を続けていると、スパーン!という音と共に周囲が明るくなった。


 母屋の障子が開けられたようだ。

 縁側の様な、廊下のような場所に立っていたのは、手にお盆を持った なごみだった。



「遅くまで何やってるんですか、兄さん。近所迷惑を考えないんですか?」


「あ、すまん。つい……」


「ご飯があまったから おむすびにしました。休憩がてら食べてください」



 そう言えば、夕飯食べるのを忘れていた。

 お盆を見ると、あまったと言っていいのか分からないくらい しっかりした おにぎりが2個あった。具は焼き鮭ときんぴら。

 みそ汁もあった。



 俺は縁側に座って食べる。

 おしぼりも持ってきてくれている辺り、なごみにそつがない。

 きっと こいつは将来良い嫁になるだろう。



「今度は何を始めたんですか?」


「バスケをしようかと」


「は?」



 なごみがこの人は何を言いだしたのかという顔をしている。

 まあ、分かる。

 ある日突然、バスケに目覚める日なんてあるのだろうか。


 うっかりスラムダンクか黒子のバスケを全巻一気読みした時くらいじゃないだろうか。いや、どちらも全巻読んだけど、わくわくはしても、俺はバスケットボールを持ったことはない。


 つくづく俺は今まで全てに興味がなかったのだと思う。



「クラスにリア充しかいないから昼休み気軽にバスケとかしそうなんだよ」


「ああ……それで。兄さん運動全般酷いですからね」



「酷い」って……

まあ、否定できないところが痛いところだけど。



「そうなんだよ。せめて人並みにバスケができれば、と」


「あんまり無理しないでくださいね」


「気づかってくれるの?」


「ダムダムうるさくて勉強できないだけです」



 なごみがツーンと向こうを向いてしまった。

 そりゃあ、庭でドリブルしていたら うるさいよな。


 なごみと会話しながら休憩がてら おにぎりを食べた。

 ご飯を食べたらもっと頑張るから、いつまでもうるさいのでは?と思ったけれど、気にしないことにした。

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