第7話:エマを呼び出す

 食堂で食事を取った後、7人で体育館に行った。

 そこでは既に遊んでいる生徒がいて、バスケットコートは塞がっていた。


 正直、俺は安心した。

 そう、非リアの弱点……運動音痴。


 気軽に運動するとしても、人並みに動けないのだ。

 ちょっと動いただけでその劣等具合はすぐ分かり、リア充のみんなからしてみれば俺はすぐに見損なわれてしまうだろう。


 どうしよう……


 今日は何とかなったけど、いずれ昼休みみんなでバスケットをするだろう。

 その時に、そこそこの動きができないと、俺の非リア オタク ボッチがバレてしまう。



 ***



 昼休みにバスケットはできないと分かって、俺たち7人は教室に戻ることにした。

 待っていてもコートは空かないようだった。

 いつまでも待っていてもしょうがないと、諦めたと言ってもいい。


 戻った教室では、この7人がクラスの最上層のチームであることを決定づける出来事が起きていた。



「ヒロたちって食堂で3年のエリアで食べてたよね!」



 教室で自分の席に着くと、数人の男女が寄ってきて話しかけてきた。

 そう言えば、ラムが座ったから、何となく座って、そのまま食べてたな。



「3年の席だったか。あんまり考えてなかった」


「いや、すげーって。俺なんか ひやひやしたよ」



 いや、それは俺もなんだけど。



「小島先輩とか要注意らしいから気をつけてな」


「小島先輩?」


「3年で、なんか何人かとつるんでて、感じ悪い先輩らしい」



 進学校にも そんなのはいるんだな。

 今日は出くわさなかったらしい。

 ラッキーだった。



 ***



 昼休みの終わりごろ、俺は一大決心して部活少女エマに話しかけることにした。

 彼女に伝えなければならないことがある。


 エマは自分の席について他の女子と楽しそうに話している。

 ここであの話・・・をすることはできない。


 俺は静かにエマの机に近づく。

 それに気がついて、エマ以外の女の子がフェードアウトした。

 すごい、これがリア充か。

 自然と話したい人と1対1で話すことができるらしい。


 机のところまでついた頃には、エマが「あの、えっと、えと、えと……」と若干挙動不審だった。

 不思議なもので、相手が慌てると こちらは落ち着くことができた。



「エマ、大事なお願いがあるんだ。放課後、教室に残っててくれないか」


「え!? それって、もしかして……」



 エマが座ったまま飛び上がる様に驚いた。

 もしかしたら、既に気づいていたのかもしれない。



「今日、話をしてお前しかないと思ったんだ」


「きゃいっ!」



 変な声が聞こえた。

 しかも、顔を真っ赤にしている。



「あ、あ、あの……アタシそういうの あんまり免疫がないから、その……」



 分かる!

 俺も教室内で男女が話しているなんて、誰かに注目されていそうで落ち着かない。

 ここは早めに話を切り上げて放課後に1対1で話すことにしよう。



「じゃあ、放課後、教室で待っててくれ」


「ひゃ、ひゃいっ!」



 ***



 放課後、中々人はいなくならない。

 エマは席についたり、立ち上がって教室内をうろうろして、また席に戻ったり、落ち着かない。


 俺からとんでもないことを言われると緊張しているのかもしれない。

 全然そんなんじゃないのに。

 ただ、俺としては、万が一にも他の人に聞かれることは避けたい。


 しばらく時間をつぶした。


 ちょうど、人がいなくなったタイミングでエマの席に近寄る。

 なんとなく、空気感が中学の頃、ヒカルに告白したときに似ている気がした。

 そう考えると俺も少し緊張し始めてきた。



 放課後の静かな教室。

 窓の外では、部活の生徒たちの声が遠くに聞こえる。

 外の無限の明るさと対照的に少し影の差す教室の中。


 俺が近くに行くと、エマはガタガタと音を立てて立ち上がった。

 身長が150センチちょっとのエマの前に立つと、俺とは頭1個分くらい身長差がある。


 見上げられるような形になり、その目線の可愛さに頭がくらくらする。



「エマ、放課後付き合ってほしいんだ」


「つきっ!つき!」



 変な言葉を連呼しながら、エマが後ずさる。

 2、3歩後ずさったところで、躓いて尻もちをついてしまった。



「大丈夫?」



 慌てて起こそうと手を出すと、エマが反射的に掴まった。



「あ、あわ、アタシ、手を……OKしちゃった!」



 エマを引っ張り起こしたのだけれど、真っ赤になって天頂から煙が出そうな勢いだ。

 なんだか、調子がおかしいけれど、俺としても何としても受け入れてもらわないと困る。



「エマ!俺にバスケットを教えて欲しいんだ!」



 頭を90度の勢いで下げて頼む。



「そう、バスケット……え?バスケ?」



 なんか急にエマの空気が抜けたみたいに、シューッと小さくなっていくようだ。

 元々 背は小さいのだけど、益々小さな存在になっているというか……



「俺、運動がまるでダメだから、昼休みノリタカとかがバスケしようとか言いだしたら、上手くできなくてかっこ悪くて……」


「ア、アタシはなにをしたらいいの!?」


「俺が人並みにバスケできるように指導してほしいんだ」


「人並みに?指導?」



 エマの頭からハテナが にゅるーって出ているのが見えるようだ。

「人並みにバスケがしたい」という願望は、リア充たちにとって そうも理解しがたい要求なのだろうか。



「とにかく、俺のうちに来てほしい」


「え!? うち!? いきなり!?」



 この時、俺は有無を言わせず、エマを自転車の後ろに乗っけてうちまで連れ帰った。



 ***



 場所は変わって、俺のアパートの前。



「エマ、ここが俺んちだ」


「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待って!」



 エマが膝に手をついてぜーぜー言っていた。



「どうした?」


「人生で初めて男子と自転車二人乗りしたとか、

 人生で初めて男子の腰を持ったとか、

 人生で初めて男子の家に来たとか、

 色々人生初めてがあって心が追い付かないんだけど……」



 確かに俺の場合は、まひろちゃんを自転車に乗せて走りまくったトレーニングもあったから、既になんとも思わなくなっていたけど、エマは慣れていなかったか。

 悪いことをしたな。



「そんなの ぶっ飛ばして、なんでそんなに速いの!?」



 女の子に速いのを驚かれるのはなんかショックだ。

 理由は分からないけれど、なんだかショックだ。



「多分、時速30キロ以上は出てたよね!?

 ロードバイクとかじゃないよね!?

 ママチャリだよね!?

 二人乗りだよね!?」



 慌てると捲くし立ててくるな、エマ。

 面白い子だ。

 ヤバい、好きになりそう。

 いや、既に少し好きになってる。



「まあ、ちょっと自転車のトレーニングをしたから」


「いや、ちょっとであのスピード出ないから!」



 変なことを気にする子だな。



「それより、ちょっとあがってよ。お詫びにお茶くらい出すから」


「え!? うちに!?」



 なんか再びそわそわし始めるエマ。

 はたから見てると くねくねしている。



「あのっ、手土産とか持って来てないし、その、心の準備とか……」


「あ、俺、一人暮らしだから親とかいないんで手土産とかなくても大丈夫だよ」


「え!? 一人暮らしなの!? それはそれで心の準備が!」


「まあまあ、気にしなくて大丈夫だから。お茶出すから」



 エマの手を引いて家に連れて行った。


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