第5話:ラムはリア充磁石

 は学校の駐輪場にいた。

 自転車通学だから、学校内の駐輪場にいた。

 まだ入学直後だからか1年生はほとんどいないのだろう。

 駐輪場にいるのは2年以上の先輩が多いと思う。

 みんな自転車を停めたらすぐに教室に行ってしまう。


 まるで工場か何かのベルトコンベアの様にみんな同じ動き。


 駐輪場に来る。

 自転車を置く。

 教室に行く。


 動きが予想できてつまらない。

 これまでの自分の行動みたいに。


 そんな中、その流れからはみ出た人間が2人いた。俺とラムだ。



「はよー」


「おはよ……うーす」


「そうそう。いい感じ」



 ラムが俺の挨拶を肯定した。

 俺たちは教室よりも先に、この駐輪場で落ち合った。

 この学校の誰とも違う動き。

 この美少女と朝から待ち合わせだった。



 昨日、カラオケの後コーヒーショップでも「リア充」についてレクチャーを受けていた。

 レクチャーと言っても、リア充とは何たるかを言われてもその全てをマスターすることはできない。


 俺が言われたことは一つだった。



「自分の中のヒーローになりきるったい!」


「ヒーロー?戦隊ものとかの?」


「ん、そんな感じ。その自分が憧れるヒーローが教室にいたら?何を考えて、なにをする?誰と何を話す?」



 できるかどうかは別として、すとんと腑に落ちた気がした。

 ヒーローがおどおどしているはずがない。

 いつも自信に満ちていて、言動は気持ちいいくらいはっきりしているものだ。


 この瞬間から、僕の一人称は「僕」から「俺」に代わった。



「じゃ、教室いっか!行こうか!



 駐輪場でラムがにかっと笑った。

 彼女の笑顔も俺にとってヒーローのそれだった。



 ***



「はよー!」と必要以上にでかい声で挨拶しながら教室に入った。

 この教室の中に友達と呼べるヤツはまだいないので、誰も反応しない。


 ここで大体心が折れる。

 二度とでかい声で挨拶なんかするもんかって。

 まだこの教室の常識はできていないだけなのだ。



「あ!ヒロ!おはよー!」



 そう、ここには先にラムがいた。

 俺が教室に入ると、笑顔で駆け寄ってくる。

 こんな子いたら絶対惚れるわ。


 ラムがいてくれる。

 俺が空回りしそうなときは彼女がサポートしてくれる。


 俺が投げた大暴投の球だって、彼女がしっかりキャッチしてくれるのだから、俺は思い切り球を投げることができた。



 俺が席について机横のフックに荷物をかけている時には、既に前の席の机にラムが座っている。

 ちょうど目線よりちょっと下の高さに、彼女の膝の高さが来るので、短いスカートから伸びている白い太もものかなり奥の方まで見えてしまう。



「昨日楽しかったねー、また行こうね」


「あぁ」



 スカートの中身に気を取られていることを気とられないように、できるだけ平常心で答えた。ヒーローは可愛い女の子のスカートの中に気を取られたらダメだろう。


 そんな会話を聞きつけて、周囲の連中が話しかけてきた。



「なになに?昨日どっか行ったの?」


「昨日って入学式でしょ!もう!?」



 なにこの爽やかイケメン。

 少女マンガから抜け出してきたようなイケメン。

 サラサラヘアで、涼しい目で、涼しい顔で。

 こんなヤツもいるのか。


 もう一人はショートカットの可愛い感じの子。部活少女って感じ。



「ヒロとカラオケ行ったん。今日も行くっちゃん」


「ホント?僕も行きたいな」


「あ、私も!私も!」


「あ!俺も!俺も」


「いーよ。歓迎会?懇親会?そんな感じ?」



 みんな新入生なのだから、「歓迎会」は違和感がある。

 懇親会か交流会が適正だろう。

 ラムがさっそくOKしていた。



「じゃあ、今日の放課後カラオケ行く人―!はーい♪」



 ラムが声高らかに手をあげて笑顔で言った。

 自分で言って、一人目の返事までした。


 すると、我も我もとどんどん集まってくる。

 リア充の声のデカさは、そのまま情報発信力にもなっているというのをまざまざと見せつけられた。


 彼女のたった一言でリア充が集まってくる。

 彼女はリア充を引き付ける「リア充」磁石なのかもしれない。


「詳しくはLINEするからアカ交換しよ」とラムが言うと、みんな俺とラムとアカウント交換していった。

 あっという間に俺のスマホの連絡先の「友達」が「3」から「18」になった。


 そして、この瞬間、俺とラムのいるグループがこのクラスの最大派閥、トップグループになったのだった。

 ちなみに、この時点で参加しなかったやつは、トップグループを離脱したことになる(らしい)。



「すごー、あっという間だな」



 スマホの画面を見ながら目の前の机の上に座っているラムに言う。



「よろしくリーダー」



 ニヤリとこっちを見て笑った。

 どうやら、俺をリーダーにすげるつもりらしい。



「よろしく相棒」



 ヒーローには相棒が必須なのだ。

 俺はラムを勝手に相棒の座に据えた。



 ***



 高校入学の2日目なんてたいしてすることはない。

 ホームルームとか学校についての説明とかそんな感じ。

 とにかく授業はない。


 ただ午前中で帰るとまではいかない。

 昼食を取って5時間目まではある。


 その一つにクラス委員とか、各係決めとか。



「まずは、クラス委員2名を決めるー。仕事内容はプリントとかの回収とか連絡事項の伝達とか、こういった場での司会とかー。やりたいやつー!」



 担任の雑な説明に教室は静かになった。

 雑務ばかりでやりたいヤツなんているのか。

 デメリットばかり言って。

 そうか、メリットは無いのか!?よし、みんなのために聞いてやるか!



「すいませーん」



 俺は手上げて質問することにした。



「お、かがり。やってくれるか」



 あ、篝は俺の名前な。篝宏かがりひろ、割と珍しい苗字かも。



「いや、そうじゃなくて、デメリットばかりじゃなくて、メリットはないんですか?」


「確かにな。嫌なことばかり言われたらやりたくないよな」


「はい」


「あるぞ。メリット。ただ、クラス委員になったヤツしか知ることができない。お前に任そう!」


「いや、だから……」


「「「ははははは」」」



 クラスに笑いが起きてしまった。

 そして、なし崩し的にクラス委員にされてしまった。



「はーい!ヒロがやるならウチもやるー!」



 なんでだよ。


 誰もが引き受けたくないであろうクラス委員をラムが自分から引き受けた。

 隣の席に座るラムに「どういうつもりだよ」と視線を送ると、ドヤ顔が返ってきた。

 どういう意味だよ。

 俺には分からないよ!



 ***



 放課後、カラオケのメンツは教室で集まって、ぞろぞろとみんなで駅まで歩いていくことになった。

 俺たち自転車組は押していくことになるのだが、ラムは自然な感じで俺の押すチャリの荷台に座った。


 カラオケ屋に向かう間、色々な人から話しかけられた。



「ごめん、名前、ヒロくんだっけ?」



 自転車を押しながら歩いていると、クラスの女子に聞かれた。



「ヒロだよ。ヒーローのヒロ」


「覚えた。ヒロくんよろしくね」


「うん、よろしく」



 なぜ、この女子はクスクス笑っている!?

 俺の反応変だったかな!?帰って泣いていいですか!?

 俺は、俺の中のヒーローみたいに対応できているだろうか。



「ラムちゃんとは同中おなちゅう?」


「いや、昨日会ったばかりだよ」



 今度は別の男子から声をかけられた。

 何とかみんなの名前を覚える必要がある。



「ヒロくんってさ、ラムちゃんと付き合ってんの?」


「いや」


「ウチが一方的に絡んでるだけー」



 クラスの女子が聞いてきたことに答えたけれど、荷台に座っていたラムが参入して変なことを言うから俺がモテるみたいな誤解が生じやしないだろうか。



 15人とか今までで一番大人数で歩いている気がした。

 もうこれはクラス行事だろう。



 ***



 予約とかはスマホで事前予約している。

 昨日、先に店に行っていたのが良かった。

 事前にアプリをチェックしたら、部屋まで押さえられることが分かった。

 何事も予習は大事だな。


 俺たちは昨日、高校生になったとはいえ、それまでにカラオケに来たことがある人はどれくらいいるのか。

 それともリア充はみんな中学の頃からカラオケやファミレスに子供だけで行って平気だったりするのだろうか。



「部屋は予約しといたから。609号室だってさ。店に入ったら、受付せずにエレベーターで6階に行けばいいらしいから」



 誰に向けてではなく、みんなに言ってみた。



「サンキュ」

「助かる」



 なんて声がちらほら聞こえた。

 どこで何をしたらいいのか分かれば、人間動きやすいもの。

 昨日は自分もキョドりながら入店したし。



 着いた部屋はパーティールームみたいな広さ。

 広すぎるかもと思ったけど、アプリで予約している時に横でラムが「広すぎて困ることはない」とアドバイスしてくれた。


 別に料金が変わる訳じゃないらしいので、思い切って広いところにしていたのだ。

 こういうのは慣れているヤツがいないと その発想自体出てこないだろう。


 部屋に入ると、みんなキョロキョロ室内を見渡していた。



「一人800円ね。フリードリンク付きだから、外のヤツで注いできて。セルフね」



 ラムが料金を回収し始めた。

 この辺り慣れてるなぁと思う。

 平日で学割が利くと本当に安い。

 ドリンク飲み放題付きで30分200円しない。

 2時間いても一人1000円にならないので、みんなお小遣いで十分対応できる金額だろう。


 ちなみに、学食の定食が500円なので、今日のカラオケは昼食2日分という感じ。



 一人がジュースを注ぎに行ったら、ぞろぞろと半分以上がついて行ってしまった。

 一方、ラムは端末を操作して曲を入れ始めた。

 ホント、この子カラオケ好きなんだなぁ。



 入力が終わると、マイクを俺に手渡して言った。



「途中人が入ってきても歌は止めずに歌いきって」


「え?」



 1曲目はラムが歌うとばかり思っていた。


 俺が聞き返した時には、既に「前前前世」のイントロがスタートしていた。

 ラムの予想通り(?)俺が歌っている最中にパラパラと人が戻ってくる。

 そこでもラムは手拍子を入れてくれたりしていたので、歌いやすかった。


 他のメンバーは、横のヤツと話していたり、曲を選んでいたりしている人もいた。

 もちろん、俺の歌を聞いてくれている人もいたし、手拍子してくれている人もいた。



 なぜ、ラムはフライング気味に歌をスタートさせたのか。

 なぜ、途中で止めずに歌い続けるように言ったのか。



 いまいち腑に落ちないでいた。

 ただ思うことは、手拍子してくれると嬉しいな、という事。

 そうか。逆に俺が聞く立場の時は、手拍子しながら聞いていたほうがいいのか。


 そのうち、ラムはふらりと退室した。

 ジュースでも取りに行ったのかもしれない。

 それを見てか分からないけれど、俺の横に女子が座った。



「ヒロくん慣れてるんだね」


「え?俺?いやいや、ラムの手柄だよ」


「へー」



 彼女がニマニマしている。

 俺は変なことを言ってしまったのだろうか。

 俺はこの日、ラムによって「答え合わせ」してもらうことになる。

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