第4話:白ギャルの手ほどき

 入学式の日の放課後、はラムに誘われて自転車で駅前まで来ていた。



「カラオケ?」



 カラオケに行こうってことか?

 そっちが好きなとこに連れて行くった言ったのに、僕に聞くの!?



「じゃあ、カラオケで」



 得意じゃないけど、何か考えがあるのかもしれない。

 どうせ行くしかない。

 チャリをカラオケ屋の真ん前に停めて鍵をかける。



 ***



 雑居ビルの5階にあるカラオケの受付には人はおらず、タッチパネルで全てが操作できた。

 壁の宣伝広告を見るとスマホからも予約ができるらしい。

 ラムは慣れた手つきでタッチパネルを操作して予約手続きをしてくれているみたい。



「時間は? 2時間?」



 普通二人でカラオケとか、何時間歌うものなのか。

 僕はそれまでカラオケに行ったことがなかったので、分からなかった。

 子供だけでカラオケ。

 なんだかこの世で最も悪いことをしているようなワクワク感があった。



「あ、うん」



 受付のレシートを持って僕たちは部屋に入った。


 考えてみれば、さっきの会ったばかりの白ギャルと二人だけでカラオケとか、僕の考える「リア充」ではないだろうか。

 少し顔がニヤける。


 一緒にいるのは、白ギャル。

 このシチュエーションがエロ過ぎる。

 誰かに見つかったら逮捕されないだろうか。



「ウチから行くね」



 端末を操作しながら、こっちも見ずに入力していく。

 どうせ僕はあんまり歌うのが好きじゃない。

 どうせなら、全部彼女が歌ってくれれば助かる。


 イントロが始まると彼女は立ち上がって、モニターのすぐ横に移動した。


 彼女が1曲目に選んだのはアニソンだった。

 しかも、「ラムのラブソング」。

 自分の名前からそれを選曲したのだろう。

 昭和のアニメのテーマソングらしく、画面には当時の映像が流れている。


 古いアニメなので、その存在は知っていたけど、中身は見たことがなかった。

 オープニングもなんとなく見たことあったけど、歌詞までは見たことがなかった。


 問題なのは、その歌詞。

 ノリのいい曲に合わせた歌詞は、ストレートに「あなたが好き」って内容だ。

 表情もめちゃくちゃ可愛い。

 動きもキュート。

 両拳をあご下に構える所謂ぶりっ子のポーズのまま肩を揺らすところなんか、僕の心をがっさり攫って行く感じだった。


 画面のすぐ横で、画面に流れるアニメのキャラとところどころ同じ動きをするところなんて、この曲の「達人」なのだろう。


 この曲は、目の前のラムのための曲ではないかと思ったほどだ。


 男としては、こんな可愛いものを見せられて、「あなたが好き」という内容の歌詞だったら、絶対勘違いするし、好きになるだろう。

 実際 僕は、ラムのことが好きになっていた。

 少なくとも好感度はカンストしていた。



「ふー、どう? 惚れた?」



 ラムが歌い終わると、マイクをテーブルの上に置いて戻ってきて僕のすぐ横に座った。

 自分が見透かされたみたいで恥ずかしかった。

 膝に端末を載せたまま下を向いてしまった。



「この曲はねぇ、10人に聞かせたら15人は落ちるね。アタシのツカミの曲」



 100%超えてるし!すげえ破壊力だよ。



「はい、次ヒロ。入れた?」


「いや、まだ……」


「なんか歌ってよー」



 そう言われても、最近の曲なんて知らん。



「じゃあ、これは?」なんていくつか提案してくる。僕は早く決めないとと気持ちばかりが焦っていた。


 苦し紛れに僕が入れたのは「前前前世」。

 有名アニメのテーマになったから、歌詞くらいはなんとなく覚えているし、歌えると思う。



「あ!これ知ってる!いーねいーね!」



 イントロが始まるとソファの上でラムが画面を見ながら騒いでいた。あんまり期待するなよ。僕は、歌あんまうまくないし。


 とりあえず、歌ってみた。

 頑張って歌ってみた。

 音も多少外れてると思うけど、あんまり歌ったことない曲だし、精いっぱい歌った。



「わー(パチパチパチ)」



 意外にもラムは僕が歌っている間、曲を聞いてくれていて僕の調子はずれの歌をバカにしなかった。



「あの……、なんで僕に声かけてくれたの?」


「『あの』じゃなくて、ラム」


「え?」



 なんか急にご機嫌ななめになった。



「名前、ラ・ム!」



 どうやら名前で呼べという事らしい。

 困った。

 苗字はとっくに忘れている。



「あ、ラムさん……」


「ラム!」



 敬称は要らなかったらしい。

 非リアの僕に下の名前呼びの呼び捨てはハードルが高い。



「ラム」


「そ」



 なんだかラムは満足げだ。

 そのドヤ顔は誰に向けたものなのか。



「教室でウチらだけやったよね?」


「え?」



 僕の質問に対する答えだろうか?非リアの僕とどう見たってリア充の彼女の共通点なんてないと思えた。



「今日、入学式やん?みんな親来とったやん?ウチらだけ一人やったやん?」



 そういう事か。

 彼女の制服も僕の制服もおろしたてで、折り目にプレスがかかっている真新しい感じ。


 人によっては両親とも来ていて、校門の看板のところで写真を撮っていた。

 父親の仕事が忙しい家は、母親だけ来ている家も多かった。


 そんな中、僕とラムだけは自分一人だけで入学式に臨んでいた。



「もうウチら仲間やない?」



 なるほど。理解できる。納得した。



「じゃー、次。ウチ」



 次はラムのターンで、質問させろってことか。



「ヒロはなんでそんなにチグハグなん?」


「チグハグ?」


「見た目カッコイイのに、なんかそれに慣れてないっていうか、キョドってるっていうか」



 あんなに姿勢を伸ばす特訓したのに活かされてなかったな。

 忘れていた訳じゃない。余裕がなかっただけだ。

 言われてから背筋を伸ばし、余裕のあるポーズをとってみた。



「いまさら?」


「僕、今日が高校デビューだから……」


「じゃさじゃさ、明日からウチがサポしてあげるから、イケるとこまでそのキャラ通してみたら?」



 それは、もはや罰ゲーム。



「ホントに?途中で『やっぱやーめた』ってなんない?」


「なんない なんない」



 人は二度言われると急に信じられなくなるのは何故だろう。



「あと、女の子慣れしとった方がいーっちゃない?」



 そりゃあ、慣れることができるものなら慣れておきたいさ!

 それができないから、キョドる訳じゃないか!


 そう言うと、ラムが座っている僕の横で膝が触れるくらい近づいてきて、僕の手に彼女の手を重ねてきた。



「どう? どう? 女の子の手は?」


「やわっかい」



 今度は、両掌で挟むように僕の掌を持ち上げた。



「そこで、『可愛いよラム』って言ってみて」


「かっ、可愛いよラム?」


「もー!こっち見て! もっと気持ちを込めて!」



 僕は少し表情を作って、ラムの目を見ていってみた。



「可愛いよラム」


「きゃーーー!(バンバンバン!)」



 ラムが急にソファをバンバン叩いて興奮し始めた。

 どうしたどうした。

 急にバグり始めたのか?



「ヒロ、見た目はイケメンで、声もイイ感じ。所謂『イケボ』って言うほど低音じゃないけどい、子宮に響く系の好きな声!」



 なんか変な単語が入ってはいたけど、褒めてくれているっぽい。



「じゃあ、立って立って」



 とりあえず、立ってみる。

 すると、目の前にラムが向かい合わせて立った。

 ラムは背が低めなので、僕の胸の辺りに顔が来る。


 徐にラムが僕の腰のあたりに手を回してくる。

 途端に「ビキッ」と聞こえるほど僕が直立不動で石化する。



「ほら、リラックスリラックス。女の子に迫られてもキョドらない。ヒロも私の腰にも手をまわしてみて」



 ハッ、ハードルが高すぎる。

 ラムのいいにおいがダイレクトに届く。

 香水とか人工的なニオイじゃなくて、ラムの自然なニオイなのか。

 僕は頭頂部から汗が噴き出してきたんだけど、大丈夫これ!?


 ラムが見上げるようにして上目遣いで見てくるので、言われるがままに彼女の背中の辺りに手を回す。



「いーねいーね。そこで もうちょっと力を入れてみて」



 少し自棄になって抱き寄せるように力を入れると、もう抱きしめてる。

 完全に抱きしめてるよこれ。

 僕の心臓のドキドキ音は絶対ラムに届いてる。

 こんなに心臓って速く打って壊れないの!?

 僕の身体大丈夫!?


 そのうち、ラムがそっと目を閉じた。


 どういうことーー!?



「ほら、ヒロ、チャンスだよ!」



 リア充か、白ギャルはこんな簡単にキスするもの!?

 僕の何かが危機だ!

 ヤバい!もう二度と後戻りできないところに行ってしまう気がする!!


 そう思った次の瞬間、するっと僕の腕の中からラムがすり抜けた。



「残念ー!せっかくウチのファーストキスのチャンスやったのにぃー」



 あ、ダメって言われると急に残念になるから不思議。

 しかも、ファーストキスって!

 僕と一緒!?

 もしかして、僕って失敗した!?

 セーブポイントまで戻るべき!?



「まぁ、こんな感じで明日からやってみよ?」



 ラムがソファに座ってジュースをストローで飲んだ。

 どんな感じなのか誰か言葉で説明してほしい。


 ラムにはやっぱり揶揄われたのではないだろうか。

 リア充怖い。白ギャル怖い。

 彼女にとって僕は面白いおもちゃを見つけたってところだろうか。



「歌はホントはどんなの好きとー?」



 さっきのが本当に好きな曲って訳じゃないのはバレてるらしい。

 僕は、いくつかアニソンとかボーカロイド曲を挙げてみた。



「じゃあ、次それ歌ってー」



 不思議なもので、緊張でガチガチだった最初と違って、(揶揄われたとしても)抱き合った後は少し余裕がある。

 オタクであることも、暴露済み。

 隠す必要などない時とはこんなに捨て身になれるのか。


 俺はラムに一番かっこ悪いところを見せようと、一番好きな曲をいくつか連続で歌った。



「おー(パチパチパチ)」



 また褒めてくれた。



「そっちの方が上手い!いっぱい歌ったっちゃない?」



 確かに、鼻歌とか、風呂場とかで歌ったりとか、登下校の自転車を漕いでるときとか。

 結構歌ってるかも。



「つまり、つまりね」



 またラムが俺のピタリ横に座った。

 腕同士が触れるくらいの距離。

 俺は女子に免疫がないから緊張するんだって。



「1曲ツカミの定番曲をマスターしたらいーっちゃない?」


「ツカミ?」


「そ、2曲目以降はノリを見ながらアニソンでいーと思うし、最初に定番を押さえると!」



 もしかして、俺のためにアドバイスをしてくれている!?

 次、またカラオケに行くときのために!?



 ラムのアドバイスで、


 Lemon.( 米津玄師)

 白日 (King Gnu.)

 前前前世 (RADWIMPS.)

 Pretender. (Official髭男dism.)

 まちがいさがし (菅田将暉)

 シュガーソングとビターステップ (UNISON SQUARE GARDEN.)


 辺りから1曲マスターすることになった。


 前前前世、シュガーソングとビターステップはアニソンだと伝えると、ラムは驚いていた。

 知らなかったらしい。

 他も映画やドラマのタイアップ曲。

 結局、よくテレビやラジオで流れている曲が「定番」という事で理解した。



「『シュガーソングとビターステップ』とかメチャクチャ難しいけどアリ?」


「ノリでわざと音を外すのはアリだけど、『定番』に入れたらダメっちゃない?」


「なるほど。『Lemon.』とかもうちょっと聞き飽きた感はあると思うけどアリ?」


「それ!新しいとか古いとかじゃなくて、一緒に来た人が聞いて知っていることが大事!それを考えとーけん考えてるから、いーっちゃない?」



 なるほど。聞いてる人が分かる曲。

 ……歌いたい曲があるなら一人でカラオケに来たらいいってことか。


 ノリの良さで1曲目に選んでも失敗がなさそうという理由で僕は「前前前世 」を僕の定番に選んだ。

 それからは、ラムのアドバイスでひたすら「前前前世 」を何度も何度も歌って練習した。

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