第16話 魔王軍との戦争
「というわけで街にやってきたわけだよリンデ君。しかし、ん~のどかだねぇ」
「あの、それはいいんですが……」
「なんだい?」
「どうして、そのお姿に?」
「あぁこれ? ヘンダルフ君の仲間だよ。知っているだろう?」
「それは知っていますが、なぜその姿。というかいつその人を……」
「いやぁ、バレそうになってねぇ。そのときササッと取り込んだのさ。あ、名前はイデアと言うらしい」
クラウディアの父親を演じていたときに執務室にやってきた女魔術師の姿だ。
ヘンダルフが最も信頼していたパーティーメンバーであり。
「この娘も面白いよ? なんてったって、実はヘンダルフ君のことが好きだったらしいからねぇ。でも、クラウディア君との関係もあってずっと気持ちを押さえ込んでしまったようだ。なんと健気な娘だ。ワタシは心打たれてしまったよ」
ヘンダルフを仲間としても、異性としても気にしていたという、心はどこにでもいそうな女の子だった。
「お、あそこのカフェが空いているようだね。少し休憩していこうじゃあないか」
「休憩ですか。でしたら私はいないほうがいいかと思われます」
「君が? あ~、ダークエルフだからか。人間はメンドクサイねぇ。君も気にしなくていいのに」
「いえ、私は別にいいのです。ただ、黒竜様がご休憩なさりたいのに私のせいで荒事に巻き込まれ、それで変に騒ぎになれば黒竜様の目的も……」
「ハッハッハッハッ! 気にかけてくれるとは、リンデ君は優しい子だ。よしよし」
年ごろの女の子の姿をした黒竜に撫でられるジークリンデ。
どこか恥ずかしそうに視線を動かしたあと、咳払いをする。
「私は情報を集めてまいりますので、黒竜様はおくつろぎください」
「そうか、なら折角だし頼んでおこうかな」
ジークリンデはフードをより深くかぶり、まだ日の照る街の影の中を忍びながら疾走した。
温かく見守ったあと黒竜はカフェでのっそりとくつろぐ。
「ふぅ、美しい街だ。この街に一体どれだけの愛が根付いているのか。想像するだけでもワクワクするよ」
より強い愛の持ち主はいないか。
密かに獲物を狙うような目つきで周囲を一瞥する。
冒険者や正規兵の数は多い。
荒れくれ者が捕えられ、外へ護送されるのも見えた。
街角の奥に人の波が集中している。
聞き耳を立てると、どうやら罪人の絞首刑が始まるらしい。
生前のイデアの好物だったコーヒーをすすりながら黙考。
今度は反対側の光景を見てみる。
「広大なるかな、街の河」
河川敷に見事に組み込まれた石畳の道。
一定の感覚で植えられた樹木には赤と黄色の花が咲く。
この位置からでも鼻腔と聴覚をくすぐる景観。
これが壊れる様は一体どれほどのものなのだろうか。
「人も景色も美しい。まさしく愛の成せる技だ」
「ご機嫌ですね黒竜様」
「おぉ、お帰り。なにかわかったかい?」
「はい、軍の情報を掴んでまいりました」
「ほう! それはまた頑張ったねぇ」
「魔王軍がこの街を攻めてくるそうなのです。もうすでに向かっているとのことです」
「魔王軍が? ……なるほどなるほど。確かにそれは貴重なものだ」
「ですが、問題はここからなのです」
ジークリンデはそっと耳打ちする。
「魔王軍侵攻に際して、六姉将がこの街に向かってきているとのことなのです」
「六姉将……この肉体からの情報によれば、あぁ、ミレー君とは比べ物にならないくらい強い戦乙女集団だね。へぇいずれ出会うとは思っていたが、もうこんなにも早くに。これは好都合だ」
「お待ちください黒竜様。その、黒竜様がお強いのはよくわかっています。ですが、今回ばかりは様子を見るべきかと」
「……理由を聞かせてもらっても?」
「六姉将は初代戦乙女に近しい存在、ひとりひとりの戦闘能力は桁違いです。ミレーやヘルダルフのときとはわけが違います。黒竜様は万全ではありません。ここはひとつ様子を見るか、すぐさまこの街を離れて力を蓄えることに専念したほうがよろしいかと」
「ふぅむ」
しばらくの沈黙のあと黒竜フェブリスはにこやかに答えを出す。
「なるほどなるほど。あくまで穏便に、か。ま、努力はしてみよう」
「黒竜様……」
「あらら、不安そう」
数日後、街に厳戒態勢が敷かれることとなる。
住民の避難、戦闘要員の収集が執り行われる中。
「これが努力の成果ですか? いや、だからって戦線に参列しますか普通?」
「どうせ魔王領に用があったんだ。ちょっとばかし顔を見ておくのも悪くない。ワタシ幹部殺しちゃったしねぇ」
「はぁ」
今後もこれ以上に振り回されるのかと思うと気苦労は絶えない。
そんなことを考えていたときだった。
ジークリンデを見てコソコソと悪口を垂れる正規兵や冒険者の姿が見られた。
「黒竜様」
「なんだい」
「黒竜様的にフレンドリーファイアってどう思われますか?」
「ん~ちょっとなら誤差じゃあないかな?」
「そうですか。そうですよね。乱戦になりますもんね」
「仕方ないね」
「はい、仕方ないです」
おぞましいことを考えているうちに時間は過ぎていく。
星雲の戦乙女はまだ来ない。
その間にも魔王軍は着々と進軍していた。
その日の夕方には、街の遥か向こう側の丘に陣を敷く。
「強そうな面構えだねぇ魔物たちは」
「この位置から見えるんですね」
「いや、そうだったらいいなぁって」
「……」
「ちょ、ただのジョークじゃないかぁ~。……それにしても、戦乙女、来ないね」
「遅れているようですね。来る前に火蓋は切られそうですが」
ポツ、ポツ、と雨が降ってくる。
心なしか空気が冷え込んできた。
どんよりとした空模様。
誰もが緊張の面持ちをする中で、黒竜フェブリスのみ太陽のような笑みをたたえていた。
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